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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十話「大陸間横断鉄道」-3

 それは、一見すれば人間の、それも成人女性のように見えるだろう。細い腰と手脚、豊かな胸部に長い髪。けれど、その爪先は猛禽(もうきん)類の如き鈎爪(かぎづめ)となっており、腕の半ばほどからは、同じく鷹や鷲を思わせるような、大きな翼に変わっている。


 酷薄な笑みを浮かべ、まるで品定めでもするかのようにこちらを見つめてくるその生き物に、僕は心当たりがあった。


「ッ、有翼人(ハーピィ)かよっ……!」


 有翼人。

 高い知能と、その大きな翼が特徴的な魔物であり、主に、行倒れた旅人などが変性するという。見た目こそ人間に近いものの、その生態は残酷の一言。子供や若い女性が攫われた、なんて話はよく聞くし、何より極めつけに、こいつらの主食は――。


「――クソっ!」僕は悪態を一つ吐き捨てると、そのまま横合いに飛び退く、ガラスが割れたのは、それと同時の事だった。鋭い爪が透明の帳をぶち破り、ジャケットの端を僅かに掠める。


 頭の中をぐるぐると回り続ける、いつか本で読んだ知識を、一旦頭蓋の奥底に収めて、僕はゆっくりと一つ、息を吐いた。


 見れば、周囲は既に地獄絵図と化していた。窓から強襲してきた鈎爪に捕らえられた者。隣人を連れていかれまいと、その服に必死に縋りつく者。そして、そのまま身動きも取れず、横合いから飛来した牙に喰いつかれる者。


 阿鼻叫喚の車内を嘲るように、僕らの座っていたボックス席にも、一体の有翼人が侵入してくる。


 心拍が上がる、相手は話が通じない化け物だ。それに、今はリタもいない。ここ数週間で幾度目かの命の危機に、思わず心拍が上がる。


 しかし、焦ってはいけない。深呼吸、そして、それと同時に、懐から抜き放った霊符に力を込める。


「――ウィル・オ・ウィスプ!」


 指先から放たれた霊符は火の玉となり、笑う有翼人の顔面に直撃した。一瞬の隙、車内にはもう、逃げ場がないようだった。


 僕は思い切って、窓から身を投げ出した。線路脇の地面まではそれなりの高さがあり、ろくな受け身の取り方も知らない僕は、酷く体を打ち付けたものの、すぐに体を起こし、状況を確認する。


「……なんだよ、これ」

 そして、思わず固まってしまった。


 十二両からなる大陸間横断鉄道、その全ての客車に、およそ十匹ずつ程の有翼人が貼り付いている。その数、延べ百体は下らないだろう。


 思わず、霊符を握る手の力が緩んでしまった。背筋を登ってくる冷たい感触は、屋敷が焼け落ちるのを見ていた時と、よく似ていた。


 が、絶望に膝を着いている暇もなかった。

 窓のすぐ傍に纏わりついていた、何体かの有翼人が振り向いた。獲物が、列車から飛び出してきたことに気が付いたのだ。連中は、僕の目にわずかな怯えがあることを確認するかのように観察したのち、一斉に飛びかかってきた。


 霊符を――いや、仮に手持ちの札をすべて『ウィル・オ・ウィスプ』にして当てたとしても、ろくな時間稼ぎにならないだろう。そう判断した僕は、脇目も振らず駆け出した。


 そして、辺りを見回す。僕の考えが正しければ、『それ』は、遠くから見てもよく目立つはずなのだ。

 探し始めてから、ほんの数秒。見つけた僕は、そちらに全力で駆ける。


 目指すは車両前方。赤い髪を振り回す、鋼の旋風の中心だ。


「……! ちょっと、あんた、何やってるのよ!」


 向こうも僕を視認したのか、リタが驚いたように目を見開いた。そのすぐ側に滑り込んで背中を合わせた僕は、半ばヤケクソな調子で霊符を構えた。


「うるさいな、車内まで連中が入ってきたんだよ! というか、曲がりなりにも護衛なんだから、置いていくなっての!」


 叫びつつ、人魂を放つ。接近してきていた一体の腹部で弾けたそれは、花火程度の威力しかない。


 しかし、一瞬怯ませればそれで十分。リタが翼を閃かせる。飛行に適した有翼人の体は、鋼の翼の打撃を耐えられるようにはなっていないようで、ひしゃげながら転がっていった。


「そ、それはそうだけど、でも、列車がこんなことになっちゃったら、出ていかざるを得ないじゃない!」


 彼女は必死に反論しつつも、戦いの手を緩めない。そのまま、翼を振るった勢いを殺さずに上空から襲い来た個体を蹴り飛ばしていく。


 そして、華麗に着地した彼女は、訝しげに眉を寄せた。



「……それにしても、おかしいわね。なんでこいつら、列車なんか襲いに来てるの?」


「おかしいって、何がだよ。魔物なんだから、人を襲って当然だろ」



 しかし、彼女は首を振る。



「有翼人は、とても高い知能を有しているわ。それこそ、人と遜色(そんしょく)ないほどに。だから、食うに困っても『列車を襲う』なんて不確実で乱暴な方法、滅多に取りはしないわよ」


「って、言ったって、現に僕らは襲われてるじゃないか! その、滅多ってのが今起こってるんだろ!」 


   

 僕は叫びつつ、指先で札の枚数を確かめる。あと、八発。相手の数を考えれば、残弾は圧倒的に不足している。



「……ひとまず、あんたは私のそばを離れないで。それと、霊符は常に撃てるようにしておくこと」


「言われるまでもない、頼むぜ【赤翼】先生。僕は、こんなとこで――」



 と、そこまで口にしたところで、肩に圧迫感を覚えた。

 続いて、感じたのは重さ。見れば、僕の肩口に深く、巨大な鉤爪が食い込んでいた。



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