第十話「大陸間横断鉄道」-1
「それで? あんた、『呪い』についてはどこまで知ってるんだっけ?」
向かいの席で、リタが頬杖をつきながらそう訊ねてきた。
ここは列車の中。【夕暮れの街】十一時二十四分発、大陸間横断鉄道。その二両目のボックス席に、僕らは腰かけている。
これまでの移動に、リタが公共の交通機関を利用したことは無かった。ほとんどが彼女の翼による空路であったため、今回駅に向かって歩き出した時には随分と驚いたものだ。
それだけ遠くに行くということなのだろうか。【凪の村】くらいまでなら軽々と飛んで見せた彼女が列車を選んだのだから、そう考えるのが自然なのだろうが、それにしては、今回の行き先は随分と急に決まったようにも見えた。
「いや」僕はかぶりを振った。「学校で少し習ったくらいかな。『冒涜戦争』の前後から、そういう現象が各地で起こり始めたって」
この世界は、呪われている。
【夕暮れの街】がいい例だろうか。あの町が夕暮れ以外の時間を持たないのと同じように、様々な異常現象がこの大陸の町や村には起こり続けている。
むしろ【凪の村】のように異常が無い村の方が珍しいとも言えるだろう。
街そのものが異常発育する植物に覆われてしまった街。
日中であってもどこか薄暗く、ジメジメと陰鬱な靄に包まれた街。
消えない炎によって焼かれ続ける村。
そういった土地が、各地にごまんと存在するのだ。
「そうなの、じゃあ【壁の街】のことも知らない?」
「【壁の街】か、名前くらいしか知らないな。どのあたりにあるんだ?」
僕の言葉に応えるように、彼女は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。広げられたその表面に踊るのは、どうやら大陸の地図のようだった。
「【夕暮れの街】から、列車で五時間くらいね。大陸の西部に入ったくらいのところに位置する、大きな街よ。鉄鋼業が盛んでね、街の名前の由来にもなってる、四方を囲う巨大な壁の内側に、いくつも工場があるのよ」
「随分詳しいじゃないか、行ったことがあるのか?」
僕は訪ねてから、すぐに「しまった」と思った。
リタは仕事で各地を飛び回っているのだ。ここまで詳細まで知っているのなら、足くらいは運んだことがあるだろう。聞くまでもないことだ。
また呆れられてしまうな、と身構えた僕に、彼女は。
「……あるわよ、何年か前に。一度だけね」
そうとだけ言って、車窓に視線を移した。そして流れる景色を何度か見送った後に、再び僕の方に向き直った。
けれど、決して僕のことを見ているわけではない。彼女はどこか遠い目をして、何かに思いを馳せているように見えた。
そうしている彼女の瞳が、やけに寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「……それで、【壁の街】が『呪い』とどんな関係があるんだ?」
沈黙に耐えかねて、僕はそう口にした。
なんだかわからないが、今日のリタと話していると調子が狂う。出来るだけ早く本題に入ってほしかった。
「……そうだったわね。【壁の街】の『呪い』は、特に厄介なものなのよ」
「厄介?」僕は首を捻る。
「ええ。あの街に大きな壁が建設されたのも、それが理由なの」
彼女はそこで、丁度通りかかった車内販売を引き留めた。そして二つのコーヒー・ヌガーと紅茶を一杯購入すると、ヌガーを一つ、僕に投げ渡した。
茶色の粒を頬張った彼女は、包み紙を弄びながら、何かを考えこむような様子で続けた。
「あんた、死霊術師なんだから『魔物』については知ってるわよね」
「もちろん、知ってるさ。残念ながら、僕らにとっては馴染み深いもんだからな」
僕はそうして肩を竦めた。
『魔物』。
そう言えば仰々しく聞こえるものの、その実態は、ただの魔力の影響を受けた動物だ。
強い魔力を帯びた鉱石が多く眠る鉱山や、神秘の力を帯びた泉。そういった場所にて魔力に当てられてしまった獣たちは、凶暴に変質し、時には人を襲うこともある。
そして、それは人間であっても例外ではない。人の死体も魔力の影響によって、意志を持たぬ怪物となってしまうことがあるのだ。屍者やスケルトン、悪霊などがその代表例だろう。
僕も家柄が家柄故に、何度もそういったものを見たことがある。未熟な術師が魂を扱い損ねて作ってしまった屍者のせいで、死体袋が増えるようなことになることも少なくはない。