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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
二章『【凪の村】』編
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第七話「万能の翼、揺らぎの向こう」-4

「まったく……いつになっても集合場所に来ないから、どこで油を売ってるのかと思えば……」


 パキパキと、翼から鈍色の被膜が剥がれる音がする。


 あの大男の突進を受け止めたのにもかかわらず、彼女は平然とした様子でそこにいた。フードを外し、赤い髪を風にたなびかせる姿にはまだまだ幼さが残るが、纏う気迫は、やはり本物の風格を感じさせる。


 【赤翼】。

 世界最強の万能屋。


 ここぞという場合を見逃さずに現れたのは、流石というべきだろうか。欲を言えばもっと早く来てほしかったが、それも仕方あるまい。



「ああ……すまん。ちょっと、マズったんだ」


「何がマズったよ。あんた、【イットウ】に連絡はしたんでしょうね?」


「すまん、できてない……ちょっと気になることがあって、調べてたらこの様だ」


「はぁ? あんな簡単なお使いもできなかった挙句に、私が必死になって外堀を埋めてた犯人に喧嘩売って……何がしたいのよ、あんた」



 そこで彼女は深く息を吐いた。西方の国にあるという大渓谷よりも深いため息だ。


 失望か、呆れか。彼女の嘆息は聞き飽きたが、今回ばかりは僕も非を認めざるを得ない。いつものように口だけ謝って腹の中で舌を出す、なんてことはできない。


 だって、これは僕の独断専行が招いた結果だ。

 何を言われても、されても仕方がない。

 そう、覚悟していた。


「――でもまあ、あんたにしては上出来なんじゃない?」


 しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。

 嫌味でも罵倒でもない。その予想外の一言に、僕の思考はフリーズした。


「元々、日没までにはケリをつけるつもりだったしね。まあ、いいわ。ここからは――私の仕事よ」


 リタは不敵に笑うと、バサリと翼をはためかせる。生まれる風。宙を舞う羽根。しなやかに跳ねる純白が、僕を戦場から切り離した。


 そんな中で固まっているのは僕だけだ、世界は恙なく回っている。だから、硬直する僕を置き去りにしたままで、舞台は進んでいく。


「と、まあ、大体はうちの付き人が言ったんじゃないかと思うけど。もう弁解の余地はないわよね。偽物さん?」


 彼女は言いながら、懐から紙束のようなものを取り出した。僕の位置からはよく見えないが、質の悪い紙に、何やら汚い字で殴り書きされている。

 偽イアンは、それを見て唇を噛んでいた。僕を痛めつけていた時のあの余裕は、もう残っていない。



「……そいつをどこで見つけてきやがった」


「あんたの家よ。いくらなんでも、鍵もかかってない戸棚にしまっとくのは不用心なんじゃないの?」


「……へっ、漁りやがったってことかよ。手段を選ばないってのは結構だが、それじゃあ泥棒と変わんねえぜ、【赤翼】」


「泥棒でもなんでも、好きに呼ぶといいわ。私は『手段を選ばないことを選んでる』だけだし。それに――」



 後ろ手に、彼女は僕に紙束を渡してきた。

 読め、ということだろうか。僕はとりあえずなすがままにそれを受け取って、目を通す。


 そこに、書いてあったのは。


「――人身売買よりはよっぽど、マシだと思うけど?」


 注文書。

 紙の一番上には、そう書いてあった。そして、その下に続いているのは年齢、性別、髪の色。そして、日付。


 鈍感な僕にでもわかる。つまりこれは――人さらいの計画書だ。


 期日までに、この紙に書いてある通りの見た目や性別、年齢の子供を捕まえろということだろう。現に、リストの上から三つまでは赤いバツ印がつけられている。


 リタはこれを探しに行っていたのだ。今回の事件、下手に偽イアンが言い逃れしたり、話がこじれて変な反感を買ったりしないように、彼女は確たる証拠を探していたのだ。


 ()しくも、この村に来る前のリタとの会話が頭を過る。健康な子供の体など、いくらでも使い道があるのだろう。労働力としてか、好き者に売り払うのかはわからないが、どうあれ、下卑た商売だ。


 腐っている。こんなことのために――この村は。あの一家は。

 静かに憤る僕をよそに、リタはあくまでも冷静だった。淡々と、偽イアンを追い詰めていく。


「あとは、あんたの身柄とこれを衛兵たちに受け渡すだけね。私としては大人しく投降してもらえると楽なんだけど、どうする?」


 それは答えが一つしかない問いだった。偽イアンには選択の余地などない。

 彼がどんな言葉を弄したとしても、リタは容赦なく捕らえるだろう。世界最強の万能屋に、命乞いが通じるはずもない。


 だから、もし、彼がこの場を切り抜けようとするのなら。


「どうするもこうするも、一つしかねえだろう――」


 可能性がわずかでも残っているのは、これだけだ。


「――お前をぶちのめして、逃げるだけだよ!」

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