第六話「皮の下の正体」-5
まだ痛む胸元を押さえながら、僕は黙考する。
緊張感が、頬の内側にヒリヒリとした痺れをもたらしている。
マズい。と、焦りが心中を満たしていく。彼の目は本気だ。まさかこのままこの事件の犯人にでっち上げられるようなことはないだろうが、それ以前にこのままでは、僕の身が危ない。
リタの羽根の存在が頭を過ぎったが、あれを取り出して魔力を込めるなんて不審な行為をする余裕はないだろう。
彼女の言う通りにしなかった罰がこれだというのだろうか。こんなことなら大人しく、集会所に行っておくんだった――。
(……ん?)
そこまで考えて、ふと、疑問が浮かんだ。
どうして彼は、ここまで躍起になって僕を問い詰めるのだろうか。
例えば、僕が他の子供を攫うだとか、他の民家を覗き込むだとか、そういったことに加担するような動きを見せたのなら別だ。
そうなれば僕が完全に悪者であるし、言い逃れのしようもない。
しかし、僕が訪れたのは、先ほども皆で尋ねたばかりの被害者の家だ。
もちろん、僕がそこで悪事を働く可能性はあるが、一方で、単に聞きそびれた話を聞きに来ただけの可能性もあるだろう。
そう考えると、なんとなく彼の口ぶりにも違和感があるような気がする。
何か、あの家に不都合な情報があって。
それを知られるのを恐れているような口ぶりだ。
もしかして、追い込まれているのは僕の方ではないのではないか――。
(――だと、するのなら)
僕が次に打つべき手は何だろうか。
いつの間にか、心拍が落ち着いているのを感じた。呼吸も整って、指先までに力が満ちている。
これなら――なんとか。
「……う」僕は呻くように漏らしながら、鳩尾に当てた手を、こっそりとジャケットの中に滑り込ませる。
「う?」苛立った様子で反芻するイアン。僕は俯いているので、彼の位置から僕の手元は見えない。
一瞬の間。
それは彼の油断によるものであったかもしれないし、明らかに屈したように見えるであろう、僕の咄嗟の芝居が功を奏したのかもしれない。
どうあれ、その間隙は僕に逆転の機会を与えるのに、十分なものであった。
「……ウィル・オ・ウィスプ!」
指先でつまみ上げた霊符を、そのまま彼の顔面に向かって投擲する。
霊符はシュゴゥ! と、勢いよく発火して空中で青白い火の玉に変わる。
そしてそれはそのまま、まるで野生の獣のような速度でイアンの鼻先に衝突し、激しく炸裂した。
「ぐあああっ!」苦悶の声を上げ、顔を覆いながら、彼はその大きな体を大きくのけ反らせた。
その隙に、僕はどうにか起き上がり、彼の方に向き直る。
ウィル・オ・ウィスプにはそこまでの威力がない。
直撃しても、せいぜいがひるませる程度だろう。だが、どうやらこの場合、効果は覿面のようだった。
「あ、あああ……クソが、【赤翼】だけじゃなくて、お前まで魔術師だったのか」
「生憎だが、こりゃあ魔術じゃないさ。もっとも、お前程度じゃ区別なんてできないだろうけどな」
軽い調子で返しながら、僕は懐の霊符を指先で、ひい、ふう、みい。大丈夫。数は十分にある。少なくともこの場を凌ぐことはできそうだ。
「……あーあ、まったくよお、面倒なことになっちまったぜ……」
ゆっくりと、イアンが僕を見据える。取り落とした鋤を拾い、握りなおすその表情には、今までの粗野でありながらもどこか憎めない彼の面影は残っていなかった。
酷薄な笑み。
口ぶりとは裏腹に、ぐにゃりと歪ませた口元から罅割れた声を漏らしながら、彼は笑っていた。
「こうなったらよう、動けねえくらいまでボコボコにしてから、憲兵に突き出してやるよ。それが一番、手っ取り早えよなあ」
「ハッ、笑わせんなよ、イアン。憲兵に突き出されんのはお前の方だろうよ」
一瞬だけ、その続きを口にするかどうか逡巡した。
その先を言えば、もう後には戻れない。僕は傍観者でも【赤翼】の付き人でもない。明確に、彼の敵になってしまう。
逃げるしか能のない僕では、彼にあっさりと殴り倒されるだろう。いや、それでは済まず、もしかしたら命まで取られるかもしれない。
僕にはこんな、言ってしまえば自分に無関係なことに命を懸けるような根性も勇気もない。
だから、きっと。
「お前なんだろ。この事件の、犯人はさ」