第六話「皮の下の正体」-3
「それで? なんなんです、あなた。ついさっき来たばっかりじゃないですか」
刺々しい口調と不審そうな顔で、彼は僕にそう言い放った。
僕は、先ほど立ち去ったばかりの猟師の家に足を運んでいた。
たった十分を空けての再訪に、彼は目を丸くしていたが、「聞き忘れたことがあったので、聞いてくるようにと【赤翼】から言われてきた」と伝えると、疑うような目を向けられながらも、何とか奥に通してもらうことができた。
主人と向かい合った僕は、さて、と、一つ息を吐いた。
ストレートに疑問をぶつけても、答えてはもらえないだろう。
それっぽい理由をでっち上げて、遠回しにその情報を聞き出す必要があった。
「いやあ、それがですね。もしかすると、被害者にはなにか共通点があったんじゃないか、ってことで。ちょっと色々お聞かせ願えないかなーと、思いまして」
「色々、とは?」主人は目を細めながらそう返してくる。
ほんの少しだけ迷いはあれど、最初にするべき質問は、ある程度僕の中で固まっていた。
「……この村でどんな暮らしをしてたか、とか、交友関係とか、ですかね」
と、僕はその辺りから始めることにした。本題からはだいぶ遠いが、まあ、この辺りが落としどころだろう。
主人はそんなことを聞いてどうなるのかという顔をしながらも、「まあ、いいですよ」と答えた後に、「……まあ、お話しできることなどそんなにありませんが」と続けた。
「いいんですよ。もしかすると何気ないところに手がかりがあるかもしれません。例えば、そうですね、この村に住んで、どのくらいになるんですか?」
「……私も家内も元々この村の生まれですから、もう、ずっとですね。数年前に一度だけ村を出たことがありましたが、逆に言えば離れていたのは、その間だけですね」
「そうですか、ちなみに、離れていたのはどのくらいに……」
「ほんの数年間です。【夕暮れの街】で事業を興そうとしたのですが、失敗してしまって……。最近はあの町で暮らすのもお金がかかりますし、税の安さに惹かれるように、ここに戻ってきたのです」
そう話す彼の目が、微かに泳いでいるのが分かった。
何かを隠している、だとか、そういう話ではない。そもそも、僕が今聞こうとしているのは、他人に話すようなことじゃあないかもしれないのだ。
だから僕は――追及も、しない。
「……それで、今は猟師をして生計を立てているんですね。でも、この村では農業が盛んみたいですが……」
「ははは……それが、私の家には畑がないもので。村を出るときに、売り払ってしまったのですよ。【夕暮れの街】への移住資金に充てたのです」
もっとも、それも無駄になってしまいましたが、と、彼は力なく笑った。
「イアンがいなければ、私はこの村には戻ってこられていませんよ。彼の口利きがあって、何とか村八分になっていないようなものですから」
「イアンが、ですか」深く考えずに繰り返す。
「街ではともかく、ここみたいな小さな村では人と人との繋がりがとても深いのです。故に、一度村を捨てた私は、村八分にされてもおかしくはなかったのです」
「随分、彼を信頼しているんですね」
イアン、という男に対して、僕は決していい印象を抱いていない。
ファーストコンタクトが良くなかったのもあるだろうが、それだけではない。ずっと何かが引っ掛かっているのだ。
それは、あるいは、もしかすると。
「ええ、私は彼を信頼してますよ。一人目の子がいなくなった時も、あいつは真っ先に森に飛び込んでいって、誰よりも遅くまで探していたそうです」
「……森に?」
「はい、流石にあいつも疲弊したみたいで、帰ってきてからしばらくは口数も減ってしまっていたのですが……そういう、無鉄砲なところがあるんです、あいつは」
森。
僕らはそう言えばまだ、調べていなかった。
手がかりが見つかりにくそうなのが一番の理由だったが、この話が正しければ、イアンに道案内でも頼んで調べに行くことができるのではないだろうか。
やはり、彼と別れたのは早計だったように思える。一体リタは、何を考えているのか――。
「……こんなところでしょうか。すみません、元来内気な性格なもので、友人と呼べるのも、彼くらいしかいないんですよ」
「いやいや、貴重な情報です。ふむ……」
リタは、もう犯人が分かっていると言っていた。
つまり、僕とこの『凪の村』に来てから見聞きしたもので、情報は揃っているということになるのだ。だが、僕には皆目見当もつかない。
一度、情報を整理する必要があるのかもしれないな、と、なんとなく、村に来てからのことを思い返していた――。
――そんな僕の頭に、一つ、閃きのようなものがあった。