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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
二章『【凪の村】』編
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第六話「皮の下の正体」-2


「……これ、お前の羽根だろ」


「ええ、そうよ。魔力を流してくれれば、すぐに駆け付けるから。とりあえずあんたは集会所に行きなさい。確かあそこには、親機があったはずよ」


「そういうお前はどうするんだ? 別行動ってことは、犯人の身柄でも抑えに行くのか?」


「それでもいいんだけどね。ちょっと気になることがあるから、調べに行ってくるのよ。終わったら、広場の方で待ち合わせにしましょう」



 バサリ。リタの翼が空気を割く音。

 そのまま羽ばたき、勢いよく飛び上がる。そして、僕がそれ以上の抗議の言葉を口にする前に、どこかに飛び去ってしまった。


 護衛されているはずなのに。

 なぜか僕は放置されて、挙句、お使いを頼まれる始末だった。


 これは完全な職務放棄だし、何より僕がここについてきた意味がないんじゃないだろうか――なんて。

 ぼやいていても、時間が過ぎるばかりだ。


 僕は額に手を当てて、とりあえず不満とやるせなさを押し込めた。

 ともかく、また癇癪を起されたくなければ、とっとと集会所に向かわなければなるまい。


 確か、『キジバトの群れが通る』だったっけか。何のことだかさっぱりわからないが、リタの指示ということは、何か意味があるのだろう。


 さて集会所はどっちだったか、と、踵を返した、その時だった。


「……兄ちゃん」


 突然、虚空から響いてきた声。驚きに体を震わせた僕は、跳ねた腕でそのまま首元のロザリオを掴んだ。

 そして視線を落とす。すると、そこにはあの黒髪の少年がいた。


「おお、なんだ、君かよ。ビックリさせないでくれ」


 僕は驚いてしまったのがなんとなく気恥ずかしくて、誤魔化すようにそう言った。

 少年は不思議そうな顔をして、僕の顔を見上げていた。大きな目はほんの少しだけ潤んでいて、曇りがない。


 そして、首を傾げながら聞いてきた。



「兄ちゃん、さっきまでどこにいたの?」


「ちょっと、村の外れにな。例の事件の被害者の家に行ってたんだ」



 行っていたというか。

 連れていかれたというか。


 その辺りはちょっと怪しいが、それを彼に言っても仕方がないだろう。


 少年は「ふーん」と、興味があるんだかないんだかわからない返事をすると、そのままさらに一歩を詰めた。


 そして、僕の服を嗅ぐような感じで、鼻をひくひくとさせる。


「……何だ?」僕は思わず、後ずさりをしてしまう。


 服が臭ったのだろうか。いや、これでも身の回りは清潔に保っているつもりだ。

 まさか、と、僕も袖口を鼻に近づけようとして。


「……なんか、兄ちゃん、懐かしい臭いすんね」


 少年はぽつりと言った。それはなんだか、寂しそうにも聞こえるような声色だった。


「懐かしいって、どういうことだ?」


 僕はほとんど反射的に聞き返した。彼の外見を見る限り、まだ懐かしい、なんて感想が出てくるほど生きているとは思えない。


 まあ、もちろん。

 何事も見た目通りではないのだろうけど。



「ずっと昔にさ、嗅いだことがある気がするんだよ。いつ、どこでかはわかんないけどさ」


「なるほどな、君はもしかして……」


「うん、おいら、もうほとんど自分のこと覚えてないんだ。長い間、だったからさ」


「……でもさっきは、外れの畑の家の子って言ってたじゃないか」


「言ったよ。でも。それももうすっごくおぼろげでさ。たぶんおいらが持ってるおいらの、最後の思い出……その、残り滓みたいなものなんだ」



 最後の思い出。

 まるで遠いところに行ってしまった親友を想うような口ぶりで、彼は言う。


 僕はそれを聞きながら、あらためて実感した。

 やっぱり、この子は――。


「……ん?」


 と、最初は漠然とした既視感だった。

 しかし、それはすぐに膨らんで、僕の胸をいくつもの「もしかして」が満たした。


 そして、もし「そう」であるのなら。

 僕は僕として、やらなければならないことがあった。

 スペクター家の者として、やらなければならないことがあった。


 手元の魔信機に目を落とす。

 僕はこれを使って、オレリアに連絡しなければならない。僕がそうすることで何がどうなるのかはわからないが、世界最高の万能屋の言いつけだ。守らなければ、状況はよくない方向に向かってしまうのだろう。


 だけど、僕はこの感情には逆らえない。

 僕が真に誠実に向き合うべきものからは、逃げられない――。


「――どうしたの兄ちゃん、急に、怖い顔して」


 はっ、と、僕はそこでようやく我に返った。

 少年が、見上げるようにして僕の顔を覗き込んでいた。


 その目には透き通っている。俗世と切り離されたが故の純粋だ。

 僕は気づいてしまったのだ。だからもう、誤魔化しようがない。

 その透明な視線を有耶無耶にすることなんて、できない。


「……ちょっとな。ごめん、兄ちゃん、用事ができちゃったんだ。話ならまた後でしてやるからさ」


 言って、僕は踵を返した。

 キョトンとする少年を置いたまま、大股で歩いていく。


 大丈夫。

 そんなに長い寄り道にはならないはずだ。


 ちゃんと、リタのお使いだって果たす。ただこれは、その前にどうしても片付けておかなければならない懸案だ。


 いくら物語の本筋から外れていたって、そうでなければ、僕は納得できない。

 だから、僕は歩く。離れる。


 結局は個人的な理由で、あくまでも僕の感情的な問題だ。わかっているからこそ、足に絡みつく言い訳の残滓は、繰り返すほどに重くなっていった。


 そして、それを振り切るように歩く先は――集会所とはまるっきり反対の方向だった。




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