第六話「皮の下の正体」-1
「で、これからどうするんだよ。何かわかったのか?」
猟師の家を辞した後、最初に口を開いたのは、焦れた様子のイアンだった。
日がだんだんと傾き始めている。【イットウ】に居れば、オレリアがおやつを持ってきてくれるかもしれない時間帯だ。
暗くなれば、捜査は困難を極めるだろう。今すぐに次の被害者が出てもおかしくないような状況だ。となると、彼の焦りにも頷ける。
早い話が、日没までになんらかの手がかりの一つでも提示してほしいということだろう。
もっとも。
手がかりどころか、この真っ赤な万能はもしかすると、もう答えに辿り着いているのかもしれないが――なんて、僕は悠長に考えていた。
しかし、リタは首を横に振った。
「……いえ、まだ、確かなことはわからない。もう少し、情報を集める必要があるわ」
僕は内心、驚いていた。
さっきの自信ありげな口ぶりとは正反対だ。
まさか、僕に対して見栄を張った――いや、そんなことはあるまい。どうあれ、彼女の意図が、僕には掴めなかった。
「とりあえず、私たちは一度、村長の所に報告に戻るわ。案内、ご苦労様だったわね」
リタはそう言うと、そのまま立ち去ろうとした。ひらひらと手を振って、イアンに別れを告げている。
だが、何故か彼は、その背中を呼び留めた。
「おい、待ちな。何、俺を置いていこうとしてるんだよ。村長の所なら、俺も行くぜ」
「なんでついてくるのよ。私は村長に用があるの、案内はもう結構よ」
「おいおい、そんなこと言って、本当は何をするつもりなんだよ。俺は今もお前らのことなんて、全く信じてねえんだからな」
「……そんなこと言って、さっきは【赤翼】が来たから安心だとかどうとか言ってたじゃないか」
僕は思わず口を挟んでしまった。
しまった、と、思うより早く、「あんなのはあいつを安心させるための方便に決まってんだろ!」と、割れた怒号が飛来した。
「とにかくだ」イアンは僕らの道を阻むように立ちふさがった。
「俺もつれていけよ。村長に会うだけなら、何も不都合はないだろう?」
どうして、彼はここまで執拗に同行を望むのだろうか。
そりゃあ、僕らに対した損はない。強いて言うなら、またあの自慢だか自虐だかわからない長話をされるのかと思うと気は重いが、逆に言えばその程度だ。
しかし――明らかに、今の彼は不自然に見える。僕らはそれほどまでに、彼から不信感を抱かれていたのだろうか。
それとも。
彼にも何か、理由があるのか。
「……鬱陶しいわね」リタが苛立った様子で言う。
「何でそこまでしてついて来たがるのよ。私たちは途中経過の報告に行くだけよ。それとも――」
リタは道を阻むイアンに、ぐっと顔を寄せると、そのまま、凄みのある声で言った。
「――私たちから目を離すと、マズいことでもあるの?」
下から突き上げるようにして睨む彼女の視線は、射抜くように、イアンの眼窩を抉っている。
彼はその鋭い眼差しに、思わず顔を背けた。そして渋々、といった様子で身を引いて、道を開けながら、ぼやいたのだった。
「……チッ。まあ、いいさ。くれぐれも、妙な真似だけはすんじゃねえぞ」
そのまま、彼は広場の方に消えていった。また見回りにでも戻るのかもしれない。
或いは、彼の家はあっちの方にあるのかも。土地勘もなければ地理もまともに把握していない僕らは、当然、それすらもわかるはずがないのだが。
「……よかったのか?」
「何がよ?」リタは不機嫌そうに腕を組んだ。
「案内役、いなくなっちまったぞ。僕らじゃあロクに村のことわからないだろ? もう少し、イアンに頼んどいたほうがよかったんじゃないか?」
僕らが今までに行ったのは、衛兵の詰め所、村長の家、集会所、広場、そして、猟師の家の五か所だ。
犯人がどこに潜んでいるかわからない以上、怪しいところは全部調べなければならないだろうし、もしかすると第一の現場である森も探索の必要があるかもしれない。
今、無理矢理イアンと別れる必要はなかったのではないだろうか。
問いかける僕に、意外にも、リタはあっけらかんとした様子で返した。
「ああ、それならもう大丈夫よ。もう他の所を調べる必要なんて、ないわ」
「……は?」僕の口から、思わず間の抜けた声が転げ出る。
「だから、もう犯人は特定できたのよ。あとは手抜かりなく外堀を埋めるだけよ」
リタは、まるで今朝の朝食を聞かれたかのように、あっさりと答えた。
やっぱり、もう彼女は真相に辿り着いていたのだ。
「ちょっと待て、全然話が読めないぞ。いつ、どうやってその犯人とやらを見つけたんだ?」
「いいじゃない、そんなの。とにかく、あんたも手伝いなさいよ」
そう言うと、彼女はローブの内側から黒い板のようなものを取り出した。
「ん、それ、もしかして魔信機か?」
魔信機。
簡単に言ってしまえば、特殊な金属に通信用の魔術の紋様を刻んだだけの簡素な道具だ。
一対になっていて、片方を据え置き型の親機に刻まれた紋様と反応させることで、もう片方と音声による通信を行うことができる。
ちなみに、とんでもなく高価なものだ。
間違いなく個人が所有していていいものではないし、この村にだって一つ設置されているかいないかといったところだろう。
そんなものをほいほい持ち歩くなよ……と、またこれも飲み込んだ。
「そうよ、で、これは【イットウ】に繋がってるわ。これでオレリアに『キジバトの群れが通る』って伝えてきてほしいの」
「はあ? なんだそりゃ……。というか、僕はこれでも依頼人なんだぞ! こき使おうとするんじゃねえよ!」
「少しくらいケチケチしないの。それにほら、心配なら、これを渡すから」
リタは魔信機の上に、どこからともなく取り出した羽根を一枚置いた。
透き通った白。どの鳥とも違う大きなその羽根に、僕は見覚えがあった。