第五話「霧の中の敵」-4
イアンという男は、武骨な見た目に似合わず口数の多い男だった。
それはこの村は不便だがどうのこうのという自慢だか自虐だか区別のつかないような話から始まり、田舎だが税は安いだの、村長は人使いが荒いだのと喋り続け、道中の話題が尽きることはなかった。
その末尾には必ず「お前らみたいな都会もんにはわからない」だの、「余所者に言っても仕方ないか」だのと、刺々しい言葉が続いており、耐えることのないトークに、僕もリタもそろそろうんざりし始めた頃になってようやく、彼は足を止めた。
「着いたぜ、ここだ」彼はその丸太のような腕を持ち上げて、目の前の家を指した。
何の変哲もない一軒家。周りの家と違うところといえば、外に獣の毛皮が干してあることくらいだろうか。
そう言えば事件当時、いなくなった子供の父親は銃の手入れをしていたと言っていた。ということはつまり、ここは猟師の家なのだろう。
イアンはのそのそと玄関に近寄ると、乱暴に扉を叩き始めた。
「おーい、お前さん、いるんだろ。俺だ、イアンだよ」
荒っぽいノックは四度ほど続き、それが止むと同時に中から足音が聞こえた。
ギイィと、軋む音を引きつれて中から出てきたのは、長い髪を後ろでひとまとめにした、三十代くらいの女性だった。
顔立ちからすればもっと若いような気もするが、少なくとも今はそれくらいに見える。
目の下の大きなクマか、或いは、荒れた肌がそうさせるのかはわからないが。
「ああ、イアン。そんなに乱暴に扉を叩かないで頂戴」
女性はほんの少しだけヒステリックな様子で言った。
「ああ、すまねえな。ちょっと人が来ててよ。あいつは奥にいるかい」
「リビングにいるけど……あなた、どうしたのよその顔。それに、後ろの方は?」
「ちょっとな」と、誤魔化すように腫れた目を覆いながら彼は僕らの方に向き直った。紹介でもしようとしたのかもしれないが、それよりも早く、リタは前に進み出ていた。
「私は【赤翼】という者よ。一応、万能屋をやってるわ。こっちはお供のジェイ」
彼女は半身になって、僕の方を指しながらそう言った。
だんだん僕の扱いが雑になっているような気がしたが、気のせいだろうか。
「【赤翼】……って、あの? どうしてわざわざ、こんな辺鄙な村に……?」
「依頼を受けたのよ。子供の不可解な連続失踪事件――それを、解決してくれってね」
リタが言うと、女性は目を見開いた。
それがどういう感情によるものなのかは、いまいち判然としなかった。困惑しているようにも、安堵しているようにも見えた。
「……入って。主人なら、リビングにいるわ」
そう言って、彼女は家の中に消えていった。僕らもイアンを先頭にして、その後を追う。
玄関は明かりもついておらず、窓の少ない室内はほんの少しだけ薄暗かった。廊下には物が散乱していて、うっかりすると踏みつけてしまいそうだ。
そのまま、僕らが通されたのは奥の方にある部屋だった。僕が泊まっている【イットウ】の客室よりも一回りは広く見える。
その中央付近に置かれた一対のソファの上に、何やら人影が見えた。うなだれるようにして腰かけたそれは、細身の男性のように見えた。
しかし、寄って見てみると、その容貌にはただならぬものがあった。頬はこけ、目は血走り、乾いた唇はあちこちが割れていた。もとはブロンドだったのだろうが、油のせいだろうか、髪色はひどくくすみ、あちこちが跳ねていた。
その様に、僕は思わずギョッとしてしまう。
「おい、お前さん、大丈夫か」
イアンが男の肩を揺する。すると、焦点の合わなかった男の瞳に意識の光が戻ってきた。
男は、少しだけ首を動かしてイアンの方を向くと、唇をほとんど動かさないまま言った。
「あ、あああ。イアンか。今日はどうしたんだ。あの子は、あの子は見つかったのか」
それは干からびたような、酷く嗄れた声だった。
しかし、その口ぶりから察するに、どうやら被害にあった子供の父親のようだ。我が子の身を案じているようだが、ひどく憔悴しているように見える。
まともに寝てもいなければ食べてもいないのではないだろうか。