第四話「【凪の村】」-2
ここ、【凪の村】は、彼女の言う通り決して大きな村ではない。畑が占める面積はなかなかのものだが、住居の並んでいる場所は、【夕暮れの街】のひと区画分よりはるかに狭いはずだ。
こんなところによそ者が現れ、悪事を働いていれば、すぐに見つかってしまうだろう。
「そうね、だから、考えられる可能性は主に三つよ」
そう言って、彼女は三本指を立てた。
「一つ目、犯人は変装して忍び込んでいる」
薬指を折る。
「二つ目、村人の中に犯人がいる」
中指を折る。
「そして三つ目。犯人は――私たちの目には見えなくなっている」
そして、最後に残った人差し指を、静かに僕に突き付けた。
「僕らの目に――見えない? 透明人間とか、そういう話か?」
「当たらずとも遠からずね。透明化や視覚疎外の魔術が挙げられるけど、あんたなら、他にも思い当たるものがあるんじゃないの?」
「……僕なら、だって?」
と、考えるまでもなく、そこに思い至る。
僕は死霊術師だ。大気に流れる魔力の代わりに、残留する人の霊魂と契約し、超常の力を行使する。
そしてなにより、霊魂は目に見えない。僕らは特殊な術式をもって死者と対話することはあるが、常に肉眼で視認することは不可能だ。
そして、今の僕には一つだけ、思い当たる節がある。死霊術を使った悪事。それを働きかねない連中に、心当たりがあるのだ。
「……まさか、リトラ神父が、ここに?」
僕の命を狙う、死霊術師。
僕の家族の命を奪った男。
それがこの、一見何の変哲もない村のどこかに潜んでいるというのだろうか?
「……いや、どうなんだ? 確かに死霊術の研究には人間の死体が必要な場合があって、うちの実家でもよく刑死者や自殺者の遺体を取り寄せていたけど、こんな回りくどい方法をとらなくても、必要なら連中は墓を暴いたりすると思うぜ。わざわざリスクを冒すこともないだろ」
あるいは。
こうしてこの村まで僕らを引き寄せることが、目的なのかもしれないが。
もしそうなら、僕らはもう既に術中にはまっていることになる。
「ええ、確かにそれはそうね。でも、健康な生きた子供の体なんて、いくらでも利用価値があるでしょ。それについては考えたくないけど、この場合で重要なのは、不可視の手段が用いられた可能性がある、ってことじゃないかしら」
「なんだか、釈然としないな……。っていうかお前、もしかしてそれが理由でこの依頼を受けたんじゃないだろうな」
「何よ、わかってるんじゃない。多少のリスクはあるけれど、できるだけ相手の動きには気を付けていたいのよ。それが万全を期す、ってことでしょ」
「何が『でしょ』だ。そのリスクを引き受けるのは僕なんだが?」
「些末な問題じゃないかしら。それに、私なら何が起きても対応できるわ。それだけの自信がなきゃ、あんたを連れ出したりしないわよ」
まあ、そうでなくては困るのだが。
もう話は終わったとばかりに、リタは歩き出す。僕はその後ろい黙って続きながら、なんとなく、もやもやとした気分を持て余していた。
彼女に考えがあるのはわかった。同時に、もしかするとこの村に、僕を狙うものがいる可能性があるということも。
ただ、素直に頷いてやるのは、なんとなく癪だった。
たぶん、先ほどの飛行酔いがまだ抜けてなかったのもあるのだろう。ほんの少しだけ、ストッパーが緩んでいた。
だから、普段は口に出せずに呑み込めていたはずの皮肉が、思わず、口を突いてしまった。
「へいへい、わかりましたよ。そんなことを言ってて、子供に間違われて攫われたりしないでくれよ――」
と。
何気なく口にして。
「……あんた」
刹那、空気が凍り付いた。