第三十五話「万能少女と死霊術師」-3
「……はっ、あれだけリトラの奴に文句言っといて、これじゃ、世話ないよな」
僕は自嘲気味に吐き捨てた。
自らのエゴのために他人を切り捨てるリトラを、あれだけ糾弾したというのに。結局のところは、僕も彼のことを犠牲にしようとしたのだ。
だって、『現人帰し』が本当に使える術式だったのなら――いつか、親父や家族たちとも、また会えるかもしれないのだから。
「……あんたの自嘲に付き合うつもりはないわ。別に、死んだ人にまた会いたいと思ってしまうのは、悪いことではないもの」
リタの声には、悲壮感が滲んでいた。
彼女は【燃える街】で拾われた。そして、恐らく、その火災は彼女自身が――正確には、彼女の中の『天使』が起こしたものだ。
ならば、彼女の家族は今、どうしているのだろうか? 年端もいかない少女が一人、万能屋なんて因果な仕事をしていることが、全ての答えであるような気がした。
だからきっと――彼女にも会いたい誰かがいるのだろう。
リトラだって、そうだった。死した妻ともう一度。それは決して、異常な願望ではない。
ただ、手段を間違えてしまっただけだ。筋道さえ正しかったなら、誰もが彼の背を押していただろう。
そんなやり取りの末に、リタは一度、区切りをつけるように手を叩いた。
「はい、はい! ちょっと脱線したけど、本題に入りましょう、私が今日ここに来たのは、こんな与太話をするためじゃないのよ」
そして、ローブの内側から、何か紙のようなものを取り出す。広げてみれば、それは何かの契約書類のようなものだった。
「……リタ、これは?」
「依頼の満了証明書よ。ほら、明日で陸の月が終わるでしょ? ちゃんとひと月、あんたを守りましたよ、って、署名をもらいに来たのよ」
ああ、と僕は気の抜けた返事をした。
そうか、僕の依頼は、陸の月いっぱい守ってくれ、というものだった。
つまり、月が変わり、陸の月が終われば――僕たちの関係も、そこまでということになる。
「……ああ、そうだな」
僕は、ペンを手に取る。
止まない雨も、明けない夜もない。
何もかもに終わりがある。日々にも、命にも、或いは、何かを生み出せていたかもしれない、曖昧な関係にも。
それもまた、僕がこのひと月で学んだことの一つだ。永遠を望むことが、如何なる結果を生み出すことになるのか。兄弟子の散り様を、教訓としなければならない。
そうして、手癖交じりの署名をしようと、ペンが紙面に触れる――。
「――ちょっと、待ちなさい」
――その刹那、凛とした声が割り込んだ。
顔を上げれば、リタがこちらを真っ直ぐに見つめている。どこか、覚悟を決めたような、険しい表情だった。
「あんた、これからどうするか決まってるの?」
それは先程、エイヴァにされたのと同じ問い。お前も同じことを訊くのかよ、とでも返そうかと思ったが、不機嫌になるのが目に見えていたので、ぐっと堪える。
「……さあ、まだ決めてないよ。とりあえず、お前に報酬を払ってもまだ、スペクター家の遺産は残ってるからな。しばらくは、根無し草でいようと思ってる」
先日の戦いで、僕はスペクターの当主を名乗った。
だから、いずれはスペクター家を建て直したいし、そうするべきだとも思っている。そう考えれば、本格的に着手する前の今の時期というのは、ある種貴重な自由時間とも言えるのかもしれない。
何にも縛られず、のびのびと。
やりたいことをやることができる、そんな時間なのかもしれない――。
「――決まってないのなら、私から一つ、提案があるんだけど」
「……提案?」僕は眉を顰めた。
「そうよ。本当はもっと早く、あの【病の街】にいた時にでも、伝えようと思ってたんだけど……」
そこでふと、僕の記憶は第一医療棟を出立する直前まで遡る。
彼女はあの時、何かを言いかけていた。一体、何を言うつもりだったのか、そういえば追及する機会を失ってしまっていた。
それが僕への――提案というのだろうか?
再び、リタが口をもごもごとさせる。また何か、言いづらいことでもあるのだろう。急かしても仕方がないと、僕は彼女の言葉をゆっくりと待つことにした。
だって、たぶん、その言葉は。
彼女から聞かなければ、意味がないのだから。
待つこと、十数秒。やっと、といった様子で、彼女はそれを口にした。
「……あんた、私の助手、やってみない?」
意外な提案に、思わず驚愕する。
僕が、リタの助手?