第三十三話「骸の王」-5
リトラの表情が苛虐の色を帯びる。古今東西、勝者が浮かべる顔など、似たようなものなのだろう。
勝利は快感だ、解放であり、そして、慢心でもある。
――だから、僕はその瞬間を待っていた。
「――突き刺せ、大剣使い」
その一言を合図に、リトラの胸を凶刃が貫いた。
彼の視線が驚愕に見開かれ、ゆっくりとこちらに向けられる。背後に立つ、僕に。
「ぐ、かっ……!? ば、馬鹿な……!」
「馬鹿はお前だぜ、リトラ。まったく、目の前のド派手なやりとりにばっか、集中しやがってよ」
「な、何故だ、何故、骸の王の自動迎撃が作用していない!」
その答えとして、僕は首元を指差した。
そこには――そう、【夕暮れの街】で、マキナから受け取った青い宝石のペンダントがあった。
「こいつには、僕の認識を限界まで遅らせる結界魔術が刻まれてるって話でさ。とはいえ、効くかどうかは賭けだったけどな」
それに、いくら遅らせても『認識される』という結果に辿り着く以上、普通に撃たれる可能性もある。
だが、僕には自信があった。認識阻害に近い術式ならば、初撃に限って、格上にも通用する。それは、かつて平和な村を脅かしたある魔術師との戦いで、前例を目にしているからだ。
とはいえ、そこも見込んで、見込みは二割と言っていたのだが――リタの見立てのほうが正しかったようだ。
「とにかく、年貢の納め時だぜ。リトラ……!」
そう言い放ち、剣を引き抜けば、力無く、リトラがその場に倒れ伏す。
それと同時に、彼が操っていた魂の群れ――骸の王が形を保てずに霧散していく。
広がる血溜まり、リッチから伝わる、人の骨肉を貫いた感触。
じわり、じわりと、骨の髄まで染みていく。
「く、まさか、【赤翼】ではなく、君に阻まれるとはな。坊ちゃん……いや、ジェイ……」
絶え絶えの息で口にする言葉から、体温が失われていく。
ああ、ついに終わったのだ、終わるのだと、実感が追いついてくる。
「……馬鹿言え。僕一人でどうこう出来るわけないだろ。お前を追い込んだのは、僕だけじゃない」
【凪の村】での戦い。
【壁の街】での出会い。
【病の街】での苦悩。
そして、【夕暮れの街】で繋いだ絆。
ここまでの軌跡が、僕をこの結末まで連れてきてくれた。たった一つ欠けただけで、恐らく僕は、物言わぬ骸と果てていただろう。
ここまでの日々に抱いた思い。それらの全てを一度、胸の奥に押し込んで、僕は一言、彼に告げるのだった。
「……あの世で親父に謝れよ、リトラ。馬鹿みたいな、兄弟子がよ……!」
そうして、視線を外す。
同時に、微かに続いていた息が途絶えるのがわかった。緩やかな胸の上下が、錯覚ではなく確かに止まる。
初めて人を殺したという実感――それが足を止めるよりも早く、僕は周囲に視線を巡らせた。
僕の復讐は、或いは、死霊術師としての因縁を断ち切るための戦いは終わった。
終わらせることができたのも――彼女がいたからだ。
「……リタ、おい、どこだ!」
そうだ、リタ。リタはどこにいるのか。先ほど、随分と派手に吹き飛ばされていたが、まさか死んでいるということはないだろう。
まずは彼女の無事をと、僕は辺りを確認した。
そして、壁に凭れるようにして倒れ込む、小さな姿を発見する。
駆け寄れば、リタは気を失っているようだった。度重なる霊撃により、いつも纏っている赤いローブはズタズタであり、その下にある皮膚も、悪霊の熱量により爛れているのが見えた。
「リタ、リタ! ちくしょう、早く医者に診せないと……!」
容態を確認しながら、必死に頭を回す。今から地上に戻ったとして、【夕暮れの街】まで戻るのにどのくらいの時間がかかるだろうか。
或いは、マキナの迎えを待つという手もあるが、僕がこの埋葬棟に足を踏み入れてから、どれだけの時間が経ったのか、把握しきれていない。
リタの傷は決して浅くない。悠長に、考えている時間もないだろう――。
――そう、焦れる僕の背を、誰かが掴む。
驚愕と共に振り返る。ここには、僕ら以外もう、誰もいないはずだ。【愛奴】は砕け、リトラは斃れた。
ならば、一体この手は誰の――そう、指揮するよりも、答え合わせの方が早かった。
「――なっ!?」
そこに立っていたのは、先ほど僕が胸を貫いたはずの男。
胸元を鮮血で染め上げた、リトラ・カンバールが、そこにいた――。