第三十三話「骸の王」-4
「リタ、聞いてくれ。もしかすると、一個だけあいつに近づく方法があるかもしれない」
「……なによあんた、まだ策を隠してたの?」
「だったらよかったんだけどな」僕はおどけるように肩を竦めて。
「残念ながら、思い付きだ」
「成功率はどのくらい?」
「そうさな……二割、あればいい方か」
十分ね、と顔を寄せてきたリタの耳元に、僕は顔を寄せる。そして、一度納得したような頷きを挟んでから、彼女の指先が、固く握り込んだ僕の手に触れる。
それもほんの一瞬。すぐに離れた温もりは、間髪入れずに、翼から羽剣を抜き取った。
「あんたにしては、考えたじゃない。二割とは、随分低く見積もったものね」
「そうか、そりゃ、恐縮だぜ」
そんなやり取りを交わしつつ、僕たちは息を整える。
僕の作戦がうまくいかなければ、恐らく、このまま有効打を与えられずに、僕たちは削り殺されるだろう。
或いは、一か八かで『炎』に賭ける羽目になるかもしれない。そういった意味で、ここは重要な局面――ある意味で、極点とも呼べる状況だったと思う。
状況を決め得る、最後の交差。口火を切ったのは、やはりリタだった。
羽剣を手に駆ける彼女は、迎え撃つウィスプを次々と斬り伏せていく。
「馬鹿め、何度来ようと、骸の王の前には無力だと言っているだろう!」
「その台詞、吐いたやつは例外無く、みんな負けてるわよ!」
リタの周囲を覆うように、ウィスプの雨が降り注ぐ。
しかし、彼女は止まらない。大きく翼を羽ばたかせれば、そこから無数の羽剣が飛び出した。
それは彼女の周りを車輪のように高速で旋回しつつ、火の玉を次々と両断していく。
「『鉄の翼――羽旋回剣』!」
次々と飛来する霊撃を切り裂いたリタに、骸の王がその手を伸ばす。触れるもの皆呪う、悪霊の腕が、再び彼女に飛来する。
振り抜かれた右腕は、リタの周囲を回る剣を半分ほど毟り取る。しかし、彼女自身を捕まえることはできず、赤い閃光は一直線に、リトラの元へ向かっていく。
「くっ、鬱陶しい奴だ……なら、こいつはどうかな!」
骸の王が、雄叫びを上げる。それと同時に、再び周囲から、骸骨が立ち上がるのが見えた。
『贖う者の群れ』。規模こそ先ほどよりも小さいようだったが、それでも、駆けるリタの脚を緩めさせるには十分だった。
「こいつら、邪魔っ! いくらいたって一緒よ!」
焦れたリタは、翼を振り上げる。骸骨たち程度であれば、一振りで一掃できることは、先ほどの一合でよくわかっているからだ。
足止めとしても、大した効果は期待できるまい。
しかし、リトラが狙っていたのは――そこではなかった。
「――かかったな」
翼での一薙を放とうと構えたところで、リタの表情が引き攣る。
彼女も気付いたのだ。自身が、周囲を無数のウィスプによって囲まれていることを。
「……っ!」紅蓮の瞳が、目まぐるしく動く。
四方八方。正しく逃げ場も、死角もない包囲網。彼女の速度をもってしても、もう、逃れることはできないだろう。
「『鉄の翼――羽球体』!」
リタは咄嗟に、巨大化させた鋼の翼で自身を包み込んだ。継ぎ目のない鉄球を思わせるそれは、周囲からの攻撃を防ぎ切る、鉄壁の防御型。
その強度を試すように、ウィスプの雨が放たれる。一波、二波、一度放たれた悪霊も、再び王の元に戻り、再び爆撃に参加する。
「ふははは、そのチンケな翼でいつまで耐えられるかな!」
リトラの哄笑を挟み、攻撃は続く、一秒、五秒、十秒。それでも、翼の盾は霊撃を受け止め続ける。
均衡が崩れたのは、その直後だった。骸の王が、その拳を振り上げる。連打に足を止めた彼女は格好の的。
「終わりだ、リタ・ランプシェード。これ以上、手間をかけさせるな――!」
王の拳はリタに直撃し、そのまま派手に殴り飛ばした。まるで子供のボール遊びのように、二度程バウンドしたリタは、そこでようやく止まり、鋼の翼がふわりと解ける。
再び露わになった彼女の表情は――明らかに、消耗していた。
「……っ、ま、まだよ……!」
すぐに立ち上がったリタは、再び翼を構えようとして――異変に気がつく。
そう、悪霊が纏わりついた翼は、その重さを増し、彼女を地面に縫い止めていたのだ。
その、たった一瞬の間隙。それが、致命的だった。
「――詰み、だな」
リトラの声が静かに響く。そこから間を空けず、数十発のウィスプがリタに直撃した。一発一発が小規模な爆弾にも匹敵する威力のそれは、彼女の矮躯を布のように吹き飛ばした。
赤いローブがバラバラに裂けては、火の玉に焦がされ、転がっていく。そのまま彼女は、地面に倒れ伏し――動かなくなった。
物量の差。熱量の差。どれだけの実力があれど、それはひっくり返せない。
故に、リタ・ランプシェードでは、骸の王を倒すことはできない。屍竜との戦いで予習した通りに、それは最初から、分かりきっていたことなのかもしれない。