第三話「役に立つとは思ってないから」-4
「そりゃあ、私は万能屋だもの。魔術師の代わりにならなきゃいけないこともあるんだから、魔術は一通り学んでるつもりよ」
「一通り、ってレベルじゃないぞ、これ。やっぱり【赤翼】って、この翼の魔術からつけられた名前なのか?」
「うるさいわね。私の羽なんて、あんたが気にしてどうするのよ。だいたい、あんたの『死霊術』のが特殊なんじゃないの?」
「まあ、そう言ってしまえばそうなんだけどさ。ちょっと気になったんだ」
「……いいけど、下らないことばっか言ってて、舌噛んでも知らないわよ」
ぐいん、と、胸部に圧迫感。彼女が高度を上げたのだろう。肌に触れる空気の温度が、一段と低くなったような気さえする。
恐る恐る視線だけを下に向けると、【夕暮れの街】の外周を覆う、砦のような外壁が見えた。ということはそろそろ、僕らは町の外まで出ようとしているということか。
「なあ、これ、どこまで行くつもりなんだ? 西の外れって、あとどれくらいで着くんだよ」
町の外に向かうというのは、もう昨日聞いている。
だからそれはいい。しかし、このまま隣の町――大陸の端に位置する【夕暮れの街】から隣町までは列車でも数時間はかかる――まで飛ぶというのなら、話は別だ。
つまるところ、この不快的極まりない、遊覧飛行から『遊』という一文字を抜いたような空路がいつ終わるのかということが気になったのだ。
もしまだ長続きするようであれば、三半規管の限界に胸の圧迫感も相まって、オレリア特製の麦粥を空に垂れ流すことになりかねない。
端的に言うのなら、「吐きそう、あとどれくらい?」というところだ。
彼女がそれを察してくれたのかはわからないが、返答は早かった。
「あと十分もしないわ。外壁から線路沿いに少し行ったところにある小さな村よ」
「そんなところに、天下の【赤翼】様が何の用なんだよ」
僕は目いっぱいに皮肉を効かせてそう言った。しかし、彼女には通じたのか通じていないのか、さらりと流された様子で。
「何でも、子供が行方不明になって、見つかってないらしいの。それも何人も。最初にいなくなった子に関しては、もう数日になるって」
「……行方不明?」
「ええ。ある子は遊びに行ったまま帰ってこなくて、ある子は寝てる間に影も残さず消えてしまった。手がかりも町の自警団もお手上げってことで、私のところに話が回ってきたの」
リタの声は真剣そのものだった。
わがまま放題に見える彼女も、やはりこういうところはプロなのだなと思う。
「そりゃあ、大変だな。すぐにでも行ってやるべきだ」
「あれ、意外ね。あんたは嫌がるもんかと思ってたけど」
「どうして僕が嫌がるんだよ。困ってる人がいる、ましてやそれが子供だってんなら、急がなきゃダメだろう。僕が言ってるのは、そこに僕を連れていくのはどうかって話でな……」
自慢ではないが、今日までに彼女が僕を連れて行った仕事現場で、僕が何か手伝えたことなど一つもない。
コソ泥を捕まえてきてくれとか。
お高い本の複写を手伝ってくれとか。
書類をどこかに届けてくれだとか、そんな依頼ばかりだったからだというのもあるし、そもそもリタひとりで事足りた、というのもある。
まあ、役に立ちたいという気持ちがあるのかというと、そうでもないのだが。
だからこそというべきか、役立たずの僕など、置いていった方がいいのではないかと思う。
しかし、彼女はうんざりしたように首を振った。
「まったく、何度言わせるのよ。あんたは私に黙って着いて来て、守られてればいいのよ。別に手伝ってほしくて連れてきてるわけじゃないし。というか――」
と、いつの間にか視界からオレンジ色のフィルターが、ぺろりと剥がれ落ちていた。
【夕暮れの街】を出たのだろう。まだたったの四日間しか経っていないのに、身を焼くように眩しい朝日が、とても懐かしく感じる。
ぐっ、と。僕を抱える彼女の腕に、力が籠るのが分かった。憤りか、それとも、口うるさい僕に対しての彼女なりの抗議なのか。圧迫感に少しだけ苦しさを感じながら、僕はそれを聞いていた。
「――そもそも、役に立つとは思ってないから」
僕らは飛ぶ。飛び続ける。
はっきり言わなくてもいいじゃんか、と、ぼやいた言葉はどこにも届くことなく、風にほどけて消えていった。