第三十三話「骸の王」-3
「……『臨死の眼光』!」
「そう、正解だ。ちゃんと勉強は続けていたようで何より」
勉強もなにも、実力差のある僕がエリゴールに立ち向かうために選んだ手段だ。知らないはずがない。
あの時に僕がしたことを、今はリトラにされているわけか――しかし。
「待てよ、そもそも、見ることもできない超速度なら、『臨死の眼光』でも捉えられないはずだ!」
だからこそ、『愛奴雷躯』を防ぐことができなかった。
僕の魔弾は、【愛奴】ほどではないにしても、十分に視認が困難な速度ではあったはずだ。それなのに、どうして。
「答え合わせが必要かい、坊ちゃん。何ということはない、君が展開できた眼は、いくつだった?」
十か、二十か。霊符を用いて簡易契約しておくには、その程度が限界だった。
しかし、リトラは違う。いかなる方法か、彼が操る魂の数は――。
「私には、万の瞳がある。いかなる速度の技であれ、裏の裏まで見通してみせよう」
そう、彼は不敵に、勝利を確信したように笑う。
骸の王を操る戦闘力。
そして、『臨死の眼光』によって、有効打を与えることは困難。
確かに、今の僕にはどうしようもない難敵だ。今までに戦った相手、偽イアン、【骸使い】、【愛奴】。その誰と比較しても、絶望的な状況なのかもしれない。
屍竜と向き合った時を思い出すような、背筋が震えるような感覚があったが――その時とは違い、一つだけ、僕には現状を打開する手段があった。
「……あんた、ペラペラうっさいのよ、さっきから……!」
視界の端で、リタが立ち上がる。ダメージは、決して小さくはないようだった。
しかし、鋼の翼による防御が間に合ったのか、致命傷は避けられていた。よろよろと、力無く彼女は立ち上がる。
そう、僕の持っている手段とは他でもない――リタの内包する『炎』だ。
あの力の正体はわからない。以前見たときも、コントロールできているようには見えなかった。
だが、竜麟すらも焼き払うあの力ならば、避けるも防ぐも迎え撃つも関係なく、何もかもを焼却できるに違いないと、そう確信している――しかし。
「……リタ! まだ、動けそうか?」
僕は彼女に問いかける。『炎』の担い手としてではなく、正気のリタ・ランプシェ―ドに問いかける。
『炎』は可能な限り、使わせたくはない。
あの力は底が知れない。それこそ、リタがリタで無くなってしまうような、そんな恐ろしさすら感じるほどだ。
だから、あれに頼ること無く、この場を切り抜けたい。
「ええ、勿論よ。あんた、私を誰だと思ってるのよ」
「そうだったな、【赤翼】サマ。ちなみに、その慧眼で何か、いい案が浮かんだりはしないか?」
「全く、あんな化け物とやり合うの、屍竜の時でお腹いっぱいよ。それこそ、骸の王、あんたの領分じゃない」
確かに、彼女の言うことには一理あった。
骸の王――とはいっても、人工的に再現されたものだ、自然発生したものとは違うだろう。
となれば、どこかに綻びが見つかるかもしれない。というよりも、見つけなければ、こちらの負けだ。
あの怪物は、リトラによって縛り付けられた魂が撚り合わせられて成ったものだ。となれば、自然、彼を倒せば霧散する可能性は高い。
「でも、どうするのよ。あいつの体は、まさにあの魂の嵐の内側にあるのよ。近付こうったって、一朝石にはいかないわ」
近付けば、待っているのは無数のウィスプによる迎撃だ。
それこそ、接近するためには、透明人間にでもなるしかない――。
「――どうした、それで終わりか!?」
嘲るような声が響き、僕たちが一秒前まで立っていた位置が吹き飛ばされる。
相変わらず出鱈目な火力。リタに引っ張られて、どうにかそれを回避することができた僕は、懐に手を差し入れ、霊符を探す。
エリゴールとの戦いで『眼光』を使った際に、余った魂とは再契約をしておいた。今なら四、五体分くらいは展開できるだろう。
向こうも『眼光』を使うのだ、こちらも使用しなければ。デカさの割に俊敏なあいつの攻撃を避け続けるのは、僕には難しい――。
――そこで指先に、何かが触れた。
これは、と停止した僕の前に、リタが飛び出す。彼女の手には羽剣が握られており、ただ真っ直ぐ、その切っ先をリトラに向けている。
「『鉄の翼――大翼剣!』」
叫ぶと同時、彼女の手にした羽剣が巨大化する。身の丈を超え、金属質な輝きが閃いた。
リトラはそれを、王の腕で迎え撃つ。剛剣は受け止められ、先ほどと同じように、吹き出した悪霊が巻き付いて――。
「――そうは、いかないわよ」
――ゆく前に、彼女は剣を放棄する。
そのまま、羽ばたきの勢いで後方に距離を取りつつ、羽弾を連射。完全に虚を突いたこの一撃も、全てが撃ち落とされ、はらはらと地に堕ちる。
「……っ! これでも!?」
焦れるように眉を寄せたリタの下に、僕は駆け寄った。