第三十三話「骸の王」-2
僕は無事に避けることができたが、二体のリッチはそうはいかなかった。直撃こそ避けられたものの、不格好に転がり、僕の指先から、魂のリンクが剥がれていく。
「――くそっ!」
悪態を吐きつつ、すぐに立ち上がる。
あの巨体が、リトラの動きにリンクして襲いかかってくる。それはつまり、奴は天災の如きあの霊魂の嵐を、自在に操れているということだ。
最大出力では、どうあっても敵わない。
そう思考する僕を、急加速したリタが追い抜いていく。振り向き様のアイコンタクトが、転がるリッチたちを指した。
彼女が仕掛けている間に、二体とのリンクを復旧しろということだろう。僕はそう読み取って、横合いに飛び退く。
一方、鋼鉄の翼を振り上げたリタは、助走の勢いもそのままに、魂の嵐へと向かっていく。
「この大きさなら、手加減は要らなさそうね! いくわよ、『鉄の――』」
と、思い切り振り抜こうとした所で。
嫌な時だけ冴え渡る僕の勘が警鐘を鳴らした。
リタの『鉄の翼』なら、骸の王に対しても有効打となりうるだろう。いくら凄まじい力を持っているとはいえ、竜種のような、規格外の龍鱗に覆われているわけではない。
なのに、リトラはどうして、その一撃を防ごうともしない――?
「――駄目だリタ、打つな!」
静止するも、既に遅し。
剛翼が、渦巻く魂の表面に接触する。それと同時に、埃まみれの布団を叩いたときのように、無数の悪霊が舞い上がるのが見えた。
それらは、リタの翼に巻き付くと、そのまま力を奪っていく。先ほど、僕の脚にそうしたように。
「……!? なによ、これ――!」
突然の脱力に驚愕したのか、彼女はそのまま、緩やかに墜落していった。それを追い打つように、骸の王の表皮からは無数のウィスプが放たれる。
空中では避けることもできず――その全てが、リタの矮躯に着弾した。
「ふ、ははははは! 浅慮だな、【赤翼】! 悪霊の塊を殴って、無事でいられるとでも思ったか!」
リトラの不快な哄笑をバックに、リタは受け身も取れずに地に堕ちた。
それを助けに行くこともできず、僕は一刻も早く、リッチのコントロールを取り戻すことに努めた。
しかし、指先の痺れが、先ほどよりも酷くなってきている。もしかするとこの二体も、活動限界が近いのかもしれない。
それでも、ここで手を緩めるわけにはいかなかった。無理やりに魂を繋ぎ、僕は二体を起き上がらせる。メアリーの杖が、僅かに軋む音がした。
「無駄な抵抗は止めたまえ、坊ちゃん」
リトラがため息混じりに口にする。
「骸の王に死角はない。近付くものは全て迎撃し、抗うものは全て打ち据える。私の反応速度すら超えてね。【赤翼】がどれだけ速かろうと、関係はない」
「……随分な誇大広告だな。勝鬨を上げるにゃ、まだ少し早いと思うぜ」
僕は魔弾を装填する。もう、出し惜しみをしても仕方がない。
奴の自動迎撃を遥かに超える速度で。認識も、音も、何もかもを置き去りにできるほどの最速。その一撃で、勝負を決める。
魔弾のスリングショットが引き絞られるのに連動するように、腕の腱が悲鳴を上げた。込められた魔力が、僕の方まで逆流してきているようだった。
渾身の一撃を、リトラは不快な笑顔で待ち受けている。これでは斃されぬ、という自信があるのだろう。
ならば、それを真っ向から撃ち抜いてやる。その覚悟で、僕は引き金を引く――。
「――喰らえ、魔弾、最高出力!」
音を超えた証左として、聴覚を危ぶませるほどの破裂音が弾ける。
もはや視認すらも不可能な、最速の射撃。同時に、魔弾使いの魔法陣が、音を起てて砕けた。
刻印を刻んだスリングショットに限界が来たのだろう。そのまま、力無く項垂れる。完全に活動限界を迎えたようだ。
そんな、僕の決死の一撃は、流星の如き軌跡を描いて、リトラの胸に突き刺さる――。
――その手前で、悪霊の火花に押し留められた。
「――っ!」
目を剥く僕に、リトラはひとつ息を吐いた。嘲る表情に、いくらか落胆を混ぜ、さらに挑発するように。
「見えないほどの、最速の射撃、か。ふむ、今の坊ちゃんが持つ手札の中では、最良のものだろうね」
「にしては、随分簡単に受け止めてくれるじゃないかよ」
「当たり前だ。この二つの目玉で見えていなくても――幾千の瞳であれば、捉えることはできる」
幾千の瞳。それを聞いて、僕はすぐにピンときた。