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第三十二話「地下墓地の底」-6

 視線を巡らせていれば、不意に、奥の方にある祭壇が目に入った。恐らく、彼が生き返らせたいという人間――妻とやらは、あそこにいるのだろう。


 気持ちは、わからないわけじゃない。しかし、僕は、それでも――。


「――待てよ」


 そこで、頭蓋の内側を閃きが過ぎる。

 熟考の余地はない。ある種脊髄的な速さで、リタに呼びかける。



「リタ! 頼みがある、聞いてくれるか!」


「なによ! こっちも、余裕ないんだけど……!」


「お前から見て、右舷四十度の辺り。その辺りを一薙ぎしてくれないか!」



 はあ? と、疑問の声が聞こえる。


 しかし、今は丁寧に理由を説明しているような時間はなかった。狙いが露見すれば、恐らく守りは固められてしまう。


 リタもそれを察してくれたのだろうか。それ以上の追求はなく、ただ、翼が羽ばたく音がする。


「……わかったわよ。なんだか知らないけど、策があるのね!」


 策か、と僕は苦笑する。

 策などとは呼べぬ、乱暴な閃きだったが、それすらも、今は必要だったからだ。


 純白の白翼が、その体積を増していく。

 鋼鉄の皮膜が後を追うように広がっていき、やがて生まれたのは、巨大な断頭刃。


「術式詠唱略、『鉄の翼・巨翼』ッ!」


 矮躯を思い切り回転させながら、巨大な翼を振り抜けば、まるで木っ端のように、骸骨たちが吹き飛ばされていく。


 風圧を頬に感じながら、僕が狙いをつけていたのは、さらにその先。外さぬようにと、しっかり狙いを付ける。


 狙いさえ正確なら、この弾丸は――外れないのだから。


「よくやったぜ、リタ! 食らえ――魔弾!」


 降り注ぐ白骨の雨を切り裂くように、一条の弾丸が走る。


 魔術によって強化された弾速は、音を置き去りにする。威力は無類。【愛奴】にこそ通じなかったが、決定打としては十二分だ。


「――あんた、まさか!」


 一瞬遅れで、リタが気付く。僕らの目の前に最初から晒されていた、リトラの急所に。


 もはや、視認すらも難しい速度で駆ける銃弾。その行く先に、彼の姿はない。


 けれど、僕は確信していた。『あれ』を狙えば、彼は必ず、そこに現れると――。


「――ジェイ、スペクターぁぁあっ……!」


 そして想定通り、青白い炎は明滅した。


 魔弾と『それ』の間に、リトラが割り込む。悪霊の鎧と魔弾がぶつかり合い、激しく火花を散らす。


 僕が狙ったのは――祭壇だった。


 蘇らせたい人間がいて、霊魂もここに集めているのなら、必然、遺体もここにあるはずだ。


 ならば、その破壊を目論めば――否が応でも、あいつはそれを防がなければならない。


「……くっ、人にあれこれと言っていた割に、随分な外道働きじゃないか、坊ちゃん」


 弾丸を弾くも、リトラの体は大きく揺らいでいた。息も荒く、無数の骸骨を操る術は、少なからず彼の体にも負担をかけていたようだ。


「ああ、誰かさんを見習ってな。僕も、手段を選ばないことにしたのさ」


 僕は魔弾使いに、次弾を籠めさせる。こうなれば、完全に攻守は逆転していた。


 今度はこちらが攻める側。あの祭壇を狙い続ければ、リトラは防戦に回るほかない。


 そうなれば、リタがいる以上、攻撃力ではこちらが勝っている。明確に、勝機と言って差し支えないだろう。


 彼の目が、僕を見据える。もはや、そこに先ほどまでの超然とした余裕はない。


 やっとあの、不快な笑みを止めたかと、僕はさらに、追撃の一打を放とうとして――。


「――始まりは、純粋な気持ちだった」


 不意に聞こえてきた言葉に、思わず手が止まる。


 リトラの両手から、青白い炎が消える。身に纏っていた悪霊の鎧も。そして、両手を垂らしたまま、彼は続ける。



「妻は、【蔦の街】出身だった。私がたまたま、出張で出かけた時に出会ってね、その眩しい笑顔と飾らない人柄に、すぐに惹かれたよ」


「……お前、何の話をしてるんだ?」



 この殺伐とした状況に似合わぬほど淡々と、そして穏やかに、彼は語り続ける。


 骸骨たちは動きを止めていた。リタも、僕も。皆が、彼の言葉を傾聴している。


「彼女は花が好きでね、実家の庭先には、それは見事な花壇があったんだ。なのに、私が【昏い街】に赴任すると伝えても、嫌な顔一つしなかったんだ」


 【昏い街】では、花が育たない。


 ジメジメとした多湿の気候と、短い日照時間は植物の成長に適さないのだ。全く育てることができないわけじゃないが、それでも、難しいことには変わりないだろう。



「……彼女は、優しかった。こんな私にも人並な幸せがあるのだと理解させてくれた。私は――幸せだった」


「……でも、死んだんだろ?」



 僕は敢えて、神経を逆撫でしようと、そう追い打ちをした。何を言おうと、どんな理由があろうと、彼の行いは許されることではない。


 しかし、彼の語調は全く揺らがなかった。たっぷりの水を称えた水盆のように、穏やかな調子を保っている。


「ああ、肺の病でね。街の医療術師では治せなかったから、【病の街】へ連れて行く準備をしていたんだが……残念ながら、間に合わなかった」


 それは、彼のカルテにも書かれていた。

 妻の死因は、流行り病。確かに十年以上前、そんな肺咳が流行っていたような気がする。



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