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第三十二話「地下墓地の底」-2

 僕の答えは、どうやら少なからず、リタを満足させることができたようだ。


 彼女は嬉しそうに口角を上げたかと思えば、勢いよく顔を上げる。


「いいじゃない、その意気よ。なら、まずはここを生きて切り抜けなきゃね」


 ぱちん、と。治癒魔術をかけられていた右腕に、優しく弾けるような感覚があった。


 それを合図に、リタが僕から手を離す。



「はい、治療はひとまずこんなところね。痛みも無いだろうし、骨も繋げておいたけど……体へのダメージがチャラになったわけじゃないわ」


「お、流石だな。さっきの今で、ここまでよくなるのかよ」



 僕は腕を持ち上げて、ぐー、ぱー。

 まるで怪我などしなかったかのように、僕の右手は機能を取り戻していた。



「あくまで応急処置よ。全部片付いたら、【病の街】にでも通うといいわ。あの白衣女なら、甲斐甲斐しく診てくれるでしょうし」


「いいや、遠慮しとくぜ。前のツケが払えるようになったら、考えることにする」



 軽口を交わせば、自然、僕らの目は建物の奥に向けられた。


 地下墓地の入り口――リトラが降りて行ってから、もう二十分以上が経過している。あいつがどんな策を用意しているかはわからないが、準備というのであれば十二分の時間を与えてしまった。


 不確定要素は多いが、こちらもリタが参戦してくれた。ならば、かなり戦いは楽になるだろう。


「……じゃあ、ぼちぼち行くか。あんな干乾びたオッサンでも、待たせるのは悪い」


 軽口は、不安を隠すため。足取りは、怯えを隠すため。どうあれ、たくさんのことを隠したままで、先を行くことにした。


 そんな僕の背を掴む力があった。振り返れば、リタが服の裾を摘んでいる。



「待ちなさい。行く前に、あんたにひとつ聞いとかなきゃいけないことがあるわ」


「……なんだよ、聞いとかなきゃって」


「あんた、前に言ったわよね。リトラを、殺さなくてもいいって」



 そう、忘れるはずもない。彼女と契約を結んだ、【イットウ】での出来事だ。


 彼女は僕に、リトラを殺すべきだと進言した。しかし、僕は暗殺ではなく、護衛を選んだ。


 加害者になりきれず、被害者のままいようとした。


 それを過ちだと、僕自身も悩んだことがあったが――なるほど。確かに、ここまで来たのであれば、その部分を曖昧にすることはできまい。


「――今度こそ、リトラは殺す。それでいいのよね?」


 リタの瞳には、昏い輝きが宿っていた。


 万能屋。

 あらゆるものの代替になるのが生業だと言うのなら、それこそ、殺しなどというものは、第一に依頼の対象となるものだろう。


 きっと、彼女自身も殺したことがある。殺してきた経験がある。だからこそ、僕に問うているのだ。


 ――今の僕には、『殺してでも』の覚悟はあるのか、と。


「……そうだな、殺さなきゃいけないのなら、そうした方がいい」


 向こうが殺しに来るのに、こちらが戸惑ってしまっていては、形勢は圧倒的に不利になってしまう。


 なら、迷わずに言えたほうが良いのだろう。『殺してでも』あいつを止めてくれ、と。


「――でも、殺すことが僕の目的じゃない」


 ――それでも、迷うのが人間だ。

 メアリーも、ダグラスも。僕とリトラが殺し合うことを望んでいたわけじゃない。


 きっと、親父だってそうだ。これだけのことをやらかしておいて、死んで終わりなんて、そんなことが許されるはずが無い。


「ぶん殴って、蹴っ飛ばして、ふん縛って、衛兵に突き出してやろうぜ。あいつのやってきたこと、みーんな、ツケを払ってもらわないとな」


 僕の答えに、リタは少しの間、目を丸くしていた。


 そして、諦めと呆れを半々でブレンドした目にシフトしたかと思うと、全身を使って大きなため息をひとつ。



「はああ……あんた、この期に及んでまだそんなこと言ってんの?」


「ああ、そうさ。甘っちょろい奴だって、呆れたか?」


「馬鹿ね」リタはゆるく、首を振って。

「あんたのそういうの、もう慣れたわよ」



 そうこなくちゃ、と。僕は笑った。笑えた、彼女が一緒だったから。


 万能少女と死霊術師。

 僕たちは、二人で地下に続く階段に足をかけた。


 その先で何が待っていても怖くないと――少なくともこの時は、そう思いながら。

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