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第三十話「大陵墓」-2

 埋葬棟、とはいうものの、建物の中に遺骨や遺灰が埋葬されているわけではない。


 地上部分は、ある意味斎場のような役割を果たす、儀式の場としての側面が強い。実際に人々が葬られているのは、さらにその下にある地下墓地(カタコンベ)だ。


 だから、ということでもないのだろうが、僕の予想に反して、埋葬棟の中も閑散としていた。

 くり抜かれた天井から落ちてくる陽の光、壁沿いに並ぶ、不気味に揺らめく燭台たち。


 それらが怪しく照らし出した薄暗い空間に、彼は立っていた。


「……やあ、待ちかねたぞ、坊っちゃん」


 リトラ・カンバール。

 僕の家を、家族を、何もかもを焼き払った外道。


 彼は普段よりも、金色の刺繍が増え、幾分目に煩くなったスータンに身を包み、その落ち窪んだ瞳を、僕の方に向けてきている。


 不意打ちも、騙し討ちも、何一つとして挟み込むことなく。

 最悪の死霊術師は、ただ、こちらを見据えていた――。



「そうか、待たせちまったか? 刻限には間に合うように、来たつもりだったけどさ」


「いいや、私は待っていたのさ。君を逃がした、あの【昏い街】から、ずっとね」


「おいおい、やめろよ。待ってたのは、僕のことなんかじゃないだろ?」



 僕は威嚇のためにも、敢えて彼の眉間を目がけて杖を突き出した。

 それに伴い、首元のロザリオが微かに揺れる。鈴の音に近い、金属同士が擦れるような音が小さく、小さく、暗がりの中に伸びていく。


 そんな僕の様に、リトラは不気味な笑みを返した。例えるなら、そう。動物の背の模様や、壁の板目が人の顔に見えてしまったかのような、そんな悍ましさだ。



「ククク……そんなことはないさ、何せ、かつて教えを請うた師匠の、最後に残った一粒種だ。ゆっくりと話をする機会が欲しいと思っていたさ」


「本心でもないことを言うなよ、僕とお前に話すことなんて無い、それは【病の街】で、再確認したと思うぜ」



 口にしながら、僕の頬を一筋の汗が伝っていた。


 彼と話そうと思っていたのは、実のところ僕も同じだった。ほんの少し、もう少しだけ、彼のことを掘り下げる必要があった。


 だが、もし目論見が露見すれば、戦力的に勝っている向こうは、僕を暴力で押さえつけに来るだろう。


 そうならないように、この不毛とも思えるやりとりを、少しでも、そして、勘付かれぬように引き延ばす必要がある。


 僕が渋れば、こいつは絶対に続けようとしてくる。そんな、意地の悪い確信があった。だから、僕はさらに、無用な言葉を重ねる。



「何度でも言うぜ、家族を、家を、全てを焼いたお前を、僕は許すことができない。この一点において、僕とお前は絶対的に分かり合えない」


「分かり合えない、ということはないだろう。私にもそこに至るまでの理由と、経緯があった。それを聞いてからでも遅くはないのでは――」


「遅いよ」僕は、本心から出た言葉で断ずる。

「もう、取り返しがつかないんだ。お前がやったことは、致命的で不可逆的で、何より非人道的だ」


「非人道的なのは認めるがね、けれど、君の意見を全て、肯定するわけでもない」



 リトラはそこで、得意気に口角を上げた。

 一本取ってやった、とでも言いたげな、満足そうにも見える笑みに、心の水温が僅かに上がるのを感じる。



「取り返しなら、つくだろう。君は、エミリーから聞かなかったのか?」


「……聞いたさ」



 口にしつつ、僕の脳裏には、涙を流す彼女の顔が過っていた。


 エミリーは、いい奴だった……と思う。


 少なくとも屋敷にいた時は、悪くない関係を築けていた。姉のような、友達のような。死霊術師として、少しばかり価値観がズレているのは感じていたが、それでも、破綻はしていなかったのだと思う。


 そんな彼女を裏切りに駆り立てたのも、その言葉。

 取り返しがつくという甘言が、エミリーの判断のネジを緩ませたのだ。



「お前、本気で言ってるのかよ。あの術式を行使するのに、必要な犠牲は――」


「一万。理解はしているさ、決して、安い代償ではない」


「本気で理解しているのなら、そもそも、そんな発想は出てこないぜ、クソ神父」


「クソ神父とは、ご挨拶だな」



 挑発すらも、彼は余裕そうに受け流す。

 自らが圧倒的な優位に立っているが故の傲慢、そして、慢心。


 それがきっと、今の奴には存在している。



「考えてもみたまえ、この大陸だけでも、ひと月の間に何人が死ぬと思う? 事故死、自然死、他殺、自殺。かき集めれば、一万程度の霊魂は余裕で賄える」


「……そんな風に、魂を通貨みたいに考えるなよ。売ったり買ったり、集めたり捨てたり、そういうもんじゃないだろ……!」


「そういうものなのさ。少なくとも、我々死霊術師にとってはね」



 そういうものであって、いいはずがない。

 親父が究めんとしていた死霊術は、そんなもののためにあったわけではなかった。



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