第二十八話「突破口」-4
「まあ、それは置いといて、話ってのは何なんだよ。悪いけど、僕は今、時間がないんだ。【愛奴】についての話なら――」
「しっ、ジェイ様。ここじゃまずい」
僕の言葉は、目の前に差し出された人差し指に遮られた。
「相手が名のある戦闘屋であるのなら、因縁のある相手もそれなりに数がいるでしょう。ましてや、この街は万能屋が多いから、事情を知っているとは思われない方がいい」
「……なるほどな。それじゃ、やっぱりとっとと【イットウ】に戻ったほうが」
「こっち。話の続きは、そこでする」
僕の手を引き、マキナは歩き出した。
表情や口調から感情が読み取れない彼女のことは、どうしても読めない。
何を考えているかはわからないが、彼女な行動の裏には、恐らくラティーンからの言伝があるはずだ。
ならば、無駄なことはしないだろうと、比較的前向きに決めつけた僕は、とりあえず彼女についていくことにした。
なに、どうせ準備は行き詰まっているのだ。これで少しでも事態が動くのならば、決して無為な時間でもないだろう。
そんな、悟ったようなことを考えて、僕らは駅の構内を歩く。いくら結界があるとはいえ、人混みの中では警戒が解けない僕をよそに、マキナの足取りは軽かった。
そして、彼女は一件の店の前で足を止めた。
「ここ。ここにしましょう、ジェイ様」
「あ、ああ。でも、ここって……」
マキナが選んだその店は、普通の喫茶店だった。席が区切られているわけでもなければ、人が少ないわけでもない。
内装に目を凝らしてみても、変わったところは一つとして見受けられない。
どうして彼女は、この店を選んだのだろうか?
入店し、奥の席に通された僕らはひとまず腰を下ろした。それから程なく、マキナはウェイトレスを呼び止め、慣れた調子で注文する。
「私は紅茶とケーキセット。紅茶には砂糖を一杯入れてください。ジェイ様は?」
「あ、あーっと、僕か。飯は【イットウ】で食ったし、この子と同じ紅茶を一杯。こっちには砂糖、入れなくていいからさ」
そう話すが、ウェイトレスは僕の方を見て、きょとんとするばかりだ。まるで、何を言われたかわからない、とでも言うように。
それを見かねて、マキナが補足する。
「……紅茶を、もう一杯ください。そっちには砂糖を入れずに」
そこまでしてやっと、注文を復唱し、ウェイトレスは去っていった。
その背中が遠ざかるのを確認してから、僕はようやく、一息吐くことができた。
そんな僕の様子に、マキナはどこか、哀れむような視線を向けてくる。
「ジェイ様、おおげさ。私の結界は完璧だから、心配はしなくても大丈夫ですよ」
「そういう問題じゃないんだよ、なんというか、その……」
「じゃあ、どういう問題?」彼女のガラス玉のような瞳が、僕に突き刺さる。
「……いや、まあ、余裕がないのは認めるよ」
僕は明確に答えられないまま、目を背けた。どういう問題かなど、わかりきっている。
きっと、彼女の言う通り、結界は完璧なのだ。どんな脅威が迫ろうと、それらは僕を認識できないのだろう。
それは、さっきのウェイトレスの反応からもわかった。恐らく、彼女からすれば、今の僕は『誰かわからない』存在であり、そのせいで声が届くのも遅れたのだろう。
さながら、今の僕は透明人間か。いや、流石にそこまでは言い過ぎかもしれないが。
それだけのことがわかっていても、怯懦の汗が拭えないのは――ひとえに、僕という人間が薄弱であるせいだ。
「……それで、わざわざここまで来たんだ。話してくれるんだろ、ラティーンからの言伝ってやつをさ」
僕は動揺を隠すように、単刀直入に切り出した。今更取り繕っても遅いかもしれないが、長く話せば話すほど、ボロが出てしまうような気がしたからだ。
マキナは、すぐには答えなかった。黙したまま、じっとこちらを見つめ返してくる。それが何だか焦れったくて、先を急かしたくなってしまう。
「まあ、まあ、焦らないで、ジェイ様」
「焦りもするだろ、時間が無いのは本当のことなんだ。ただでさえ、難題を三つも超えなきゃいけないんだから」
それも、準備のために使える時間は刻一刻と過ぎ去っている。悠長にはしていられない。
「わかりました、それじゃあ話す。三つの難題と言うのなら、丁度いいから」
「丁度いい?」首を傾げてみせる。
「はい。私がラティーン様から預かってきたお言葉も、丁度三つだから」
三つ、か。僕は、ラティーンの顔を思い浮かべながら、あの短い交差でそんなに気が付くことがあったのか、と内心驚いていた。
勿論、僕の疑問が全て、その言葉だけで氷解するとは思っていないが。