第二十八話「突破口」-3
リトラからの逃亡生活もあり、追われるのには慣れたと思っていた。
それでも、こんなお尋ね者のようになってしまうのは流石に初体験であり、僕もそれなりに参っている。そんな中、わざわざ外を出歩くなど、正気の沙汰ではないとすら思う。
しかし、悲しいかな、僕にはもう一つ慣れてしまったものがある。
リタ然り、エイヴァ然り、非常に不本意ながら、強引な女性に振り回されるのにも慣れてしまったのだ。
「……どうして僕は、律儀にこんな所まで来てるんだ?」
大陸間横断鉄道の駅は、【憐憫鳥】の事務所がある広場を、さらに越えた向こう。街の外壁沿いに建てられた、レンガ造りの大きな建物だ。
あらゆるものが、善悪も貴賤も白黒も老若も問わず吹き溜まるこの街を表すように、駅の中には宿泊施設や飲食店、土産物を謳う雑多な店舗たちが軒を連ねている。
つい半日前に訪れた時には、僅かに肩の荷が下りるような、そんな気の早い、安堵感めいたものもあったが、今の心境は正直、真逆もいいところだ。
気休め程度に、オレリアから借りてきたストールと帽子を目深に被り、可能な限り人混みに紛れるようにして、隅の方を歩く。
そして、やっとのことで改札前まで辿り着いた僕は、柱の陰に身を隠すようにして、ひとつ息を吐く。
落ち着かない。
今にも、誰かが僕の方を指差して、金目当ての万能屋たちに取り押さえられるのではないか、そんな緊張感で、心拍が上がる。
それを必死に抑えつつも、どうしても不安感は消えてくれない。辺りを絶えず見回す姿は、さぞかし滑稽だっただろう。
そんな所を彼女に見られてしまったのは、一生の不覚だった。
「……ジェイ様、それはかえって、目立つと思いますよ」
聞こえてきた、抑揚のない声に顔を上げれば、そこにはマキナが立っていた。
金色の髪とエプロンドレスは目を引かないこともなかったが、この場においては雑踏に紛れてしまい、そこまで強い違和感を放つものではない。
「っ! おいおい、マキナぁ、勘弁してくれよ……」
「はい、マキナです。一昨日ぶりですね」
「一昨日ぶりですね、じゃないって。僕は今、大変なんだぜ。あのクソ神父に、人相書きをばら撒かれちまってさ」
「なるほど、だからそんな、不審者丸出しの不気味な格好で」
不気味な、とまで言うか。
しかし、否定はしない。いくら面が割れなかったとしても、このまま店にでも入ろうものなら、衛兵を呼ばれたっておかしくはない風体だ。
相変わらず、どこか不自然な敬語の使い方を指摘している余裕もあるまい。可能なら、すぐにでもここを離れたいくらいだ。
「そう思うんなら、とっとと【イットウ】に戻らせてくれよ。僕がしょっぴかれる前にさ」
そう促す僕だったが、マキナは動こうとしなかった。きょとんとした瞳のまま、少しだけ考え込むように首を傾げる。
そして、一度だけポケットに手を差し入れたかと思うと、一歩、僕の方に歩み寄って。
「えい」と、首元の辺りに抱きついてきた。
「――っ!? な、何だよ、お前……っ!」
僕は思わず飛び退きながら、彼女のことを振り払った。鼻先に香った髪の匂いに、顔が熱を帯びているのを感じる。
「ふふ、ジェイ様、動揺しすぎですよ」
「お前が急に妙なことするからだろ! 全く、どうして……」
と、愚痴る僕の首元を、彼女のたおやかな指が指し示す。
そこにはいつの間にか、ロザリオと並ぶような形で、青い宝石のはめ込まれたペンダントのようなものがかけられていた。
「それ、お守り。それがあればもう、人に追われることはありませんよ」
「人に追われることが、って、こんなペンダントでか……?」
「ええ、それには、人払いの結界術……の、応用のようなものをかけてある。人相書きで見た程度では、今のジェイ様をジェイ様と認識することはできないはず」
「……認識阻害魔術、ってことか?」
僕は、以前戦った偽イアンのことを思い出していた。彼が使っていたのも、顔を別の人間だと錯覚させる魔術だ。
「……似ているけど、違う。私の結界はあくまでも、認識するまでの速度を極限まで遅くするだけ。認識魔術のように、違うものに見せたり、姿を消したりすることはできません」
「ふうん、なるほどな……僕から見れば、違いなんてわからないもんだけど」
死霊術にしたってそうだが、分野が変わってしまえば、術の中身には全く認識が及ばない。
正しく専門職、といったところだろうか。そういえば以前に、彼女は一流の結界術師だと聞いたことがある。
それにしても、こんなことまでできるのかと舌を巻くばかりではあるのだが。