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第二十七話「過去と朦朧」-3

「お、目ぇ覚めた?」


 目を開けて、最初に目に入ったのはオレリアの姿だった。


 もう三度目になる、大陸間横断鉄道。その寝台列車に乗り込んだ僕たちは、【夕暮れの街】まで暫しの休息を摂っていた。


 車窓から射し込む陽光は、まだ日が高いことを実感させる。とはいえ、連日の疲れもあってか、体も瞼もひどく重かった。


「ああ、悪いな。ちょっと、うとうととさ」


 伸びを打ちながら、喉の奥に残った気持ちの悪さを、生唾と共に飲み下す。


 不快感は、疲労のせいだけではなかった。先程見た酷い夢――親父と、生家の燃え落ちる景色が、瞼の裏に焼き付いたように消えない。


 けれど、それを口に出すこともできず、適当に視線を逸らす。窓の外の景色なんかは、いい話の種になった。



「……結構寝ちまったな、どの辺りまで来たんだ?」


「今は丁度、【雨の街】を通過した辺りだね。ついさっき、街の影響圏からは抜けたから、外はよく晴れているよ」


「そうか……リタはどうしてる?」



 オレリアは無言で、真横の寝台を指した。


 穏やかに寝息を立てるリタは、目覚める気配がない。普段の苛烈さも、騒がしさも、鋭さもなく、ただ一人の少女のように、横たわっている。



「まあ、こればかりは急かすわけにもいかないさね。リタが初めて『炎』を使った時は、一週間寝込んだんだ。すぐには目覚めないさ」


「……一週間、か」



 僕は雲間に目を這わせながら思考する。

 リトラとの約束まで、あと二日。


 今日中には【夕暮れの街】に帰れるだろうから、そこからの移動時間も考えれば、僕に残された猶予は、あと一日弱というところだろうか。


「ああ、そうだね。だから、リタは今回、【大陵墓】での戦いに同行することは、恐らくできないよ」


 僕の思考を見抜くように、オレリアは続ける。



「……大丈夫だ、わかってる。こんな状態のリタを巻き込むつもりは、流石の僕にもないさ」


「ふうん、なら、行かないほうがいいんじゃないの? あんた、今度こそ確実に死ぬよ」



 確実に死ぬ。


 その言葉に、顔が引き攣ってしまったのは否定しない。親父のように、悲壮な決心を固められるほど、僕は完成された人間ではない。


 だから、せめてもの抵抗に、オレリアの目を真っ向から睨み返す。そこに意味などないと、知っているのに。



「……確実に死ぬ、なんて、どうして言えるんだ?」


「あんたから聞いてる、そのリトラって男の話からすれば、どんな罠を張ってるかわかったもんじゃないからだよ。それに、場所が【大陵墓】って……」



 大陸に墓地は数あれど、【大陵墓】と呼ばれる場所は一箇所しかない。


 【夕暮れの街】のほど近くにある、それこそ、馬車でも手配すれば三十分もかからずに着けるであろう、広大な敷地面積を誇る墓場。


 『冒涜戦争』や、僕らが今乗っている大陸間横断鉄道を開通させる際の、劣悪な作業環境で命を落とした人々を埋葬した、大陸でも最大規模の共同墓地だ。


 かくいう僕も、親父の仕事に帯同してなんどか訪れたことがあった。


 確かに、多くの死の気配はしたものの、そこに葬られた魂はほとんどが正しく弔われており、非常に穏やかで調和の取れた場所だったことを覚えている。


「もっとも、リトラが本拠を構えるのであれば、最早同じ場所だとは思わないほうがいいだろうね。大陸最大の墓場が、悪意のある死霊術師の手に落ちるなんて、考えたくもない」


 僕は無言で首肯した。同じ死霊術師だからわかるが、【大陵墓】を掌握できているのなら、リトラの奴は無限に等しい力を持っているだろう。


 それでも、リタが万全であったのなら、何かしらの方策を用意することはできたのだろうが、彼女は既に、脱落している。


 リタを封じ、僕が一人で【大陵墓】に来ざるを得ない動機を用意し――まったく、何もかもが、あいつの手のひらの上だ。


「……それでも、まだ、確実に死ぬとは決まってないさ」


 強がるように、僕は口にした。実際に、ほとんどが虚勢であることは否定しない。


「あいつの第一目的、最大の目標である術式の刻まれたロザリオは、僕の手にあるんだ。これは、明確なアドバンテージだろ」


 話しながら、同時にそれがどれだけ危うい綱渡りで、どれだけ脆い希望であるかも、自覚していた。


 交渉、駆け引き、そんなものが成立する前に、【愛奴】辺りが僕を殺して、こいつを奪い取る公算の方が高い。


 戦いにすらさせてもらえない可能性の方が――高い。


「……あたしはね、ジェイ」


 オレリアが、リタに目を向ける。


 未だに目覚める気配のない彼女は、まるで戦いの日々から完全に解放されたかのように、晴れやかな顔で眠っているように見える。


 そんな少女の横顔を見つめながら、さらに続ける。


「あんたに、死んでほしくないのさ。あんたは、『あいつ』がいなくなってから初めて、リタの心を開いた奴だからね」


 『あいつ』。

 それが誰なのかは、聞かずともわかるような気がした。これまでの彼女についての話で、情報は開示され続けている。


 しかし、オレリアは丁寧に、補足を入れてくれた。


「……『あいつ』っていうのはね、初代【赤翼】のことさ。本当の、って言ったほうがいいかね」


 そこまでを口にして、彼女は区切りを入れるように僕の様子を伺った。


 値踏みをするような、人の底を覗き見ようとするような。エイヴァにも、同じ目をされたことがあるが、今回はどうやら、意味合いが違うようだ。



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