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第二十七話「過去と朦朧」-1

 最初に感じたのは、奇妙なほどの明るさだった。


 次に、頬を炙るような熱。見慣れた生家が炎に包まれている様は、ひどく現実味のない光景だった。


「……なんだ、なんだよ、これ……!」


 そんな惨状を目の当たりにして、僕はただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。窓が割れ、轟々と炎を吐き出す様は、中に暮らす家族たちの生存を諦めさせるには、十分なものだったからだ。


 ――その日の僕は、酷くムシャクシャしていた。


 つるんでた仲間の持ってきたカード遊びに負けまくって、適当に遊んで、それでも鬱憤は晴れなくて。


 育ち続けている感情の正体が、死霊術の修業から逃避していることへの罪悪感だと、薄々気が付きながらも、それを蹴っ飛ばして、軽薄に遊び呆けるふりをしていた。


 そんな、いつまでも惰性で続きそうな、けれどどこか刹那的な日々は、不意に、ポキリとへし折れてしまった。


 灰になり崩れていく景色を眺めつつ、涙すらも出ないほどの衝撃に、心が潰されるのを感じていた――。


 ――その時、僕の耳に届く音があった。


「――!」


 誰かが、言い争うような声。それに、何か激しくぶつかり合うような衝撃音が、中庭の方から響いてきている。


 もしかして、まだ、誰か生きているのだろうか。

 あるいは、家族や執事衆は皆、避難できているのではないか。


 そんな、僅かな希望が、僕の脚に力を漲らせた。


 燃える屋敷の中を、僕は駆けていく。転がる遺体たちの顔には、皆、見覚えがあった。


 執事衆、給仕の家政婦たち、それに、家族の面影を帯びた焼死体――。


 それらから目を背けながら、僕は走る。走る。そして、ようやく、中庭に繋がる扉を開けて――その光景を、目にするのだった。


 向かい合う、二人の死霊術師。

 一人は、大陸最強の名を恣にする僕の親父。シド・スペクター。


 そして、もう一人は、その弟子であるはずの――。


「――リトラっ!?」


 僕は思わず、声を上げてしまった。


 リトラ・カンバール。親父の弟子の一人で、執事衆と共に死霊術の研鑽を積む者の一人だったはずだ。

 しかし、今や彼は、師匠たる親父に、その杖の先を向けている。


 そして、親父はあちこちに擦過傷を負っており、膝をつき、今にも倒れ伏してしまいそうな様子だった。


 一体、ここで何が起こっているのだろうか。

 僕の来訪に気が付いたリトラが、その口元を奇妙に歪める。



「おや、坊っちゃん。遅いお帰りで、また、夜遊びとは、感心しないね」


「り、リトラ……これは、どうして……!」



 一歩、踏み出そうとする。何かの間違いではないかと、二人ならば、何かこの状況への説明をしてくれるのではないかと――。


「――来るな、ジェイ!」


 その足は、凄まじい叫びで縫い止められる。


 思わず、ビリビリと皮膚が震えるような、そんな錯覚すらしてしまうような、そんな大声量の一喝だった。


「この男は、スペクター家を裏切ったのだ! そうして、儂らに牙を剥いた!」


 裏切った。

 その言葉の意味が、わからなかった。


 だって、リトラは何年も前からずっと、このスペクターの邸宅で、一生懸命に修行していたのだ。


 家族――とまでは呼べないかもしれないけど、それでも近しい存在だと思っていた、思っていたのに。


「クククッ、坊っちゃん、そういうことなんでね。悪いけど、死んでもらうぞ――」


 酷薄な笑みとともに放たれた悪霊を、親父が杖で弾く。一体、二体、数え切れないほどの連撃すら、閃いた杖先が撃ち落とした。


 半人前の僕では、目で追うのがやっとなほどの交錯の傍ら、親父は叫ぶ。



「ジェイ! いいか、儂が合図をしたら、思い切り後ろに向かって走れ! とにかく、逃げろ!」


「で、でも、親父は……」


「儂の心配をするなど、十年早い。安心しろ、こやつのような外道に負け、死ぬつもりなど毛頭ない!」



 業火に照らされた明るい夜に、魂の火花がいくつも散っていく。

 その中心に立つ、最強の死霊術師。本来であれば心強いことこの上ない背中が、何故かいつもよりずっと、小さく見えた。


「ふっ、耄碌したかスペクター卿! 逃がすわけ――」


 その言葉は、突然、横合いから伸びてきた燃える腕に遮られた。

 炎上する屋敷の残骸。その中から伸びてきた腕が、彼のスータンの端を掴んでいる。


「――すまなんだ、皆のもの」


 親父が静かに呟く。それを合図に、あちこちから焼死体たちが立ち上がった。


 見覚えのある骸の群れは、恨みを晴らさんが如く、神父に掴みかかっていく。先ほどまで狂気に満ちた笑みを浮かべていた彼の表情が、驚愕に歪むのが見えた。


「今だジェイ、走れ!」


 親父の檄が飛ぶ。それに合わせて、僕ら二人は駆け出した。中庭を抜け、敷地の隅の方まで、ひたすらに走る、走る、走る。



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