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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十六話「燻る病歴」-3

 入ってきたのはエイヴァだった。見慣れた白衣姿の彼女は、背中の傷を感じさせないほどに生き生きとした足取りで、部屋の中に踏み入ってくる。



「エイヴァ、もう、色々と落ち着いたのか?」


「ああ、それはもう色々と。少年や、あの少女には随分と迷惑をかけたものだ」


「迷惑だなんて、そんな風に言うなよ。僕たちもここで、やらなきゃいけないことがあったからな」


「いやいや、この借りは、少女の治療費と薬代でトントン、ということにしておかないかい? それがいい。うん、禍根を残すのは、お互いに良くないからね」



 そこまでして借りを作りたくないのか。

 というか、禍根なんて言うほど、大層なものは残らないだろうに……と、それはさておき、だ。


「それより、エイヴァ。お前がここに来たってことは、何か用事があるんじゃないのか?」


 彼女は、この第一医療棟の責任者――いや、もしかすると他の医療棟が陥落している可能性がある以上、この街の責任者とも言えるかもしれない。


 現状が落着したとは言え、この後も患者や医者たちの安否の確認、遺族・患者家族への連絡、設備の復旧、衛兵隊との渉外――やらなければならないことは、山程ある。


 そんな彼女が、いくら僕のことを気に入ってくれているとはいえ、ただ雑談をしに来たとは、到底思えなかった。


 そして、その推測は遠からずであったようだ。エイヴァはニヤリと、口の端を歪める。



「おや、鋭いねえ。まあ、私としては君とのんびり話し込んでもいいんだが」


「いいわけあるかよ、多忙な身だろ? 悪いが、流石に街一個と天秤にかけてもらうのは、僕でも気が引けるぜ」


「そうかい、なら、そこの保護者様を待たせるのもなんだ。疾く、本題に移るとしよう」



 本題。

 そう前置きをして、彼女が取り出したのは、一冊の本のようなものだった。


 否――この場所が病院である以上、それが何なのかは、ある程度予想がつく。


「それは――カルテか?」


 誰の? という疑問はあるが、どうやらそれで間違いがないようだ。草臥れた装丁のそれには、人名のようなものが記されている。


 ここからでは、その名前まで判読することはできないが、少なくとも、ここまでの物語に関係のない人物のものではないだろう。



「鋭いね、少年。そうさ、これから苛烈な戦いに臨む君に向けての、私からの餞別。否、医者的に言うのなら――処方箋、と言ったところか」


「処方箋、ってことは、あんたは僕が、何か病んでいると思ってるってことか?」


「私に言わせるのなら、全人類が患者であるのだから、全人類が何かしら病んでいるがね。それでも敢えて、君に病名を宣告するのなら、君を蝕んでいるのは、死別という病だ」


 その診断結果は、驚くほどに腹落ちした。


 家族と死に別れ。

 最後に残った従者とも死に別れ。

 ここ一月の僕は、間違いなく死別に身を蝕まれている。



「じゃあ、それは僕のカルテなのか? 処方箋っていうのは、これからの僕に何か、助言でもくれるのかよ?」


「そんな訳がないだろう、案外鈍いね、少年」



 さっきと言っていることが真逆だ。


 そういえば、屋敷にいた時も、僕は良くメアリーにからかわれていた。

 生来、歳上の女性に良いように弄ばれるきらいがあるようだが、可能であれば否定したいものだ。


 微妙な僕の表情を見て、エイヴァは笑った。背後で、オレリアも笑っている気配がした。


 何一つ笑えない、この苦境にいるというのに。

 僕よりも遥かに強いであろう彼女らは、笑っていた。



「なあに、簡単なことさ。皮肉なことにね、その病に苛まれているのは、君一人ではないんだよ」


「僕だけじゃ、ない」



 じゃあ、僕以外に、一体誰が?

 その答え合わせは、ノータイムで行われた。


「思い返してみたまえ。君の宿敵、リトラ・カンバール。彼は元々、病人としてこの街を訪れていたんじゃなかったかい?」


 あ、と。思わず声を上げそうになった。


 そういえば、その辺りの話は、その辺りの伏線は、全くと言っていいほど回収されていなかった。


 詐病や、仮病ではこの街で入院することなどできないだろう。

 ならば、彼は一体、どうやって【病の街】に潜り込んだのか?



「なんということはない、彼は本当に病を患っていたのだ。それも、治療を要するほどの、通院ではなく入院を勧められるほどの、ね」


「あいつが病をって、そんな……」



 そんな様子は、微塵も見られなかった。


 【昏い街】で、親父と対峙した時も。

 【夕暮れの街】まで僕を追ってきた時も。

 【壁の街】や、この街で顔を合わせた時も、あいつはどこか、超然とした態度を崩していなかった。


 そんなあいつが、一体どこを病んでいると言うのだろうか?


「いいかい、あの男が発症していたのはね――」


 素人目には、他人が病を抱えているかどうかなんて、見分けがつかないものだ。

 だからこそ、人は医者にかかる。医者に検査してもらい、その結果を待つ。


 故に、今回もまた、彼女が下した診断を、僕はただ、間抜け面をぶら下げたまま聞くしかなかったのだ――。



「――PTSD。配偶者を亡くした心の傷が、彼を苛む病の正体だ」





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