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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十五話「死、愛、紅蓮の炎」-3

 勿論、背中側やジャケットの裏に何か仕込んでいる可能性は否定できなかったが、少なくとも現状、先手は取れそうだ。


 そんな僕に、エリゴールはうんざりした調子で言う。


「いいか、ジェイ・スペクター。この世で最も尊ぶべきは愛だ、愛。人は愛によって生まれ、物語は愛によって育まれ――命は、愛を以て奪われる」


 まるで、演説か、そうでなければ指揮でもするかのように、彼は両腕を広げた。

 細長い腕をいっぱいに伸ばした彼は人間というよりもどことなく――昆虫めいた不気味さを思わせた。



「故に、俺を殺せるのは愛あるものだけだ。そして、俺が殺す時には、相手に愛を持って殺すと決めている。お前が愛の理解を拒むなら、俺が一方的に愛そう。ジェイ・スペクタ―よ」


「――うるさい、とっとと、足を退けろって言ってんだろ!」



 僕は矢継ぎ早に、次弾を放つ。それと同時に、大剣使いを突っ込ませた。

 迫った豪剣を、再びエリゴールは右拳で迎える。そして、迫る魔弾を左の掌で受け止めてから、気だるげに溜め息を吐いた。


「駄目、駄目、駄目駄目だ。お前さん、まともに喧嘩したこともないんじゃないか? 戦えないのなら、最初から出てこなきゃいい」


 その挑発に乗る気は無かった。無言で、大剣使いに大振りの横薙ぎを命じつつ、魔弾の狙いを、避けづらい胴部に定める。


 リッチたちの操縦も、随分慣れてきた。このまま畳み掛ければ、あるいは――。


「――だから、零点だぜ」


 不意に、エリゴールの姿が視界から消えた。

 否、消えたのではない。


 目にも留まらぬ速度で――彼の手刀が、僕の首元まで迫っていた。


「ぐっ、あ……!?」


 理解が追いつかない。突きつけられた死に、ただ、身を固くすることしかできない。


 あと、ほんの数センチ。こいつの気まぐれで、命が奪われる。その事実に、心臓が掴まれたかのように痛んだ。



「……この人形どもは、エミリーちゃんのもんだろう。あの子は、人形を愛していたからな。あの愛情があったなら、きっとこの刃は届いていたのだろうと、少なくとも、俺はそう思うね」


「――っ!」


「だが、お前の攻撃には愛がない。愛がないから、俺には届かない。俺は、俺の愛を以て、お前の全てを否定しよう――」



 と、彼がそこまでを口にした刹那。


 不意に、彼の背後で衝撃音が響く。同時に舞った羽根。見てみれば、先ほどまで足蹴にされていたリタが、身を起こしている所だった。


「そいつから、とっとと離れなさいよ……っ!」


 息も絶え絶え、上体を起こすだけでも精一杯だと言うのに、彼女は再び翼を構える。


 よかった、生きていた――その安堵がまだ早いことはわかっている。だから僕は、エリゴールが気を取られている間に、鋭く後方に飛び退いた。



「おい、おい、おい。リタ・ランプシェード。お前はさっき、俺に負けただろう。完膚なきまでまでに負けただろう。再戦を申し込んでくるのには、些か早すぎると、少なくとも、俺はそう思うね」


「負けてないわよ、命ある限り、立ち上がれる限り、私はまだ、負けてない」


「立ち上がれてないだろうがよ、全く、万能屋としての矜持か知らないが、まあ、そんなところも愛してやろう――」



 途端、鋭く地面を蹴る音を引き連れ、エリゴールは風になった。


 文字通り、暴風の如き、瞬間移動にも見紛うような突撃。しかし、リタであればそれを見切ることは不可能ではない。


「――っ、『鉄の翼』!」


 ギイイイン、と金属音。手刀と鋼の翼がぶつかり合い、四つん這いのままで立ち向かったリタは、そのまま数メートル押し込まれるようにして後退した。



「どうした? 【赤翼】が聞いて呆れるぜ、世界最強の万能屋ってのは、看板に偽りありってことでいいか?」


「ぬ……かせ……っ!」



 歯を食い縛って耐えるリタ。しかし、エリゴールの表情には、まだ余裕が覗いている。


 傷もあって万全の力が出せない彼女では、エリゴールを倒すことはできないのだろう。それが、これ以上なくはっきりとした力の差として、ただ横たわっていた。


 ――だが、それは間違いなく好機でもあった。


「――大剣使いっ!」僕は杖を固く握る。


 あいつはリタの翼に気を取られている。今であれば、一撃見舞うことはできるだろう。


 勢いよく駆け出したリッチの剣が一閃、エリゴールの背中を捉える。レザーのジャケットに刃が食い込み、肉に噛み付く感触。


「っ、ジェイ・スペクター……!」


 エリゴールの口元が、僅かに歪む。


 実際に剣を握っていない僕にまで伝わる手応えが、致命傷を実感させた。

 そのまま、骨ごと切断する剣筋は、滑らかに振り抜かれて――。


「――なんて、な」


 ――顕になった彼の背中には、傷一つついてなかった。


「……なっ!」


 僕は思わず、杖を取り落としそうになる。


 半分ほど切り裂かれたジャケットの隙間から覗く、彼の背中。

 そこはびっしりと、鱗のようなもので覆われていた。


 一つ一つが手のひらのように大きい、金属質な鱗。僕はそれに、見覚えがあった。


「……竜の、鱗……っ!?」


 そう、ドラコが、そして屍竜が纏っていた、無敵の鎧。

 同族の炎以外で焼き尽くすことが叶わない、この世で最も堅固な守りの一つ。


「ふん、見られてしまったか。まあ、時間の問題だとは思っていたがな」


 キイン、と鍔迫りが弾け、数歩の距離を取ったエリゴールが振り返る。


 見れば、彼の振りかざしていた手刀――つまり、手の形や、鋭く踏み込んだ脚も人間のものとは異なる、異質なものに変化していた。


 手は鋭く分厚い鉤爪に、脚鱗を思わせる六角形の鱗。脚は、馬を思わせる足根関節の膨らみが見えた。履いていたはずの革靴はいつの間にか脱がれ、蹄が剥き出しになった足裏が、力強く地面を踏み締めている。


「――混魔術式(フュージョン)


 リタが、静かに呟く。



「魔物と自分の体を融合させ、身体能力を飛躍的に向上させる外法ね。それに、こいつは紋様を自分の体に直接刻んでる、イカれ野郎よ」


「……混魔、って。それに、自分の体に直接……!?」



 魔術の紋様を肉体に刻むのは、非常にリスキーなことだ。


 魔力の量を間違えたり、紋様が古く劣化してしまったりすれば、それはそのまま肉体へのダメージとして返ってくる。


 加えて、後から術式の調整をしたり、逆に紋様そのものを除去したりするのも難しい。


 一方で、魔力が自分の魂に近い位置を流れることや、紋様を刻んだ物品を携帯しなくても済む、ある程度のメリットも存在する。


 とはいえ、そんな取り返しのつかないことをやるやつなんて、よほど魔術の腕に自信があるか、そうでなければ、狂人でしかあり得ない。



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