表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
110/162

第二十五話「死、愛、紅蓮の炎」-2

 リタと正面から戦っても、勝ち目が薄いというのは向こうもわかっていたのだ。


 だから、連戦に継ぐ連戦で、その力を削いだ。恐らくは列車の襲撃事件、あるいはもっと前から、リタを疲弊させることにしたのだろう。


 僕が頼ることができる戦力を、確実に潰えさせるために――。


「……ダグラス、しばらくお前は、ここでじっとしていろよ」


 シャツの端を千切り、簡易的な包帯を作る。それで、彼の額の傷を押さえる。

 ひとまず、止血だ。血さえ止まれば、ある程度の猶予時間が生まれるだろう。


「僕はリタと共に襲撃者を仕留めて、戻ってくる。それまで、死ぬんじゃないぞ」


 まだ、彼には聞かなければならないことが山程ある。


 いや、死んだところで魂に聞けばいいだけなのだろうが、ある種の定型句として、そう口にしただけだ。特段、深い意味はない。深い意味なんて。


 彼が静かに頷いたのを確認してから、僕は先に進む。布陣はここまでと変わらない、大剣使いを前に、そして、魔弾の射手を後ろに。


 過去の反省もあり、二体と一人で一列になりながら――僕は、前に進む。


 気が付けば、衝突音はもう、しなくなっていた。ダグラスの血を止めていた、ほんの数分間の間に、だ。


 となれば、この先では何らかの形で、既に決着しているのだろう。


 僕は疑わない、疑いたくなどない。きっとリタが勝っていて、僕の心配は全て杞憂に終わるのだ。

 そう信じていた――信じたかった。


「――おい、おい、おい。信じるというのは、良いことだがね。けれど、それ故に、簡単なことではない」


 そして、僕はその場所へ至る。


 早朝だというのに、窓の少ないこの建物は、やけに薄暗い。恐らくは、戦闘の余波で灯りが割れてしまったのが理由だろう。


「互いの間に強い繋がりが無いのであれば、そもそも信頼など生まれない。少なくとも、俺はそう思うね」


 近付くにつれ、朧気だった輪郭が鮮明になっていく。


 誰かが倒れていて。

 誰かが、それを見下ろしている。


「利害も物理的な接続もなく、ただ、互いを想うことができる。もし、そんなことができる間柄だとするのなら」


 そして、僕はそれを、目にしてしまう――。


「――俺はそれを、愛と呼ぶがどうだね? ジェイ・スペクター」



 ――倒れたリタの頭を踏みつける、細身の男の姿を、だ。



「何やってるんだ、お前っ!」


 瞬間、脳髄が沸騰するような感覚があった。


 思考も何もかもすっ飛ばして、僕は杖を振り上げる。それに呼応するようにスリングショットを構えたリッチが、魔弾の魔法陣を展開した。


 それを目にしながら、微塵も動揺を見せない細身の男――間違いない、ラティーンを刺した、あの戦闘屋だった。


 あの時は暗く、よく見えなかったその姿も、室内、それもこの近距離であれば、はっきりと視認できる。


 まず目に入ったのは、頭に乗せた革張りのテンガロンハットだった。それに加え、ジャケットとパンツもレザー製であり、姿を明瞭に確認できる現在ですらも、黒ずくめという印象を受けた。


 目元は鋭い一重で、青白く面長の顔に裂けるようにして走った薄い唇は、不気味に引き結ばれている。

 歳の頃は三十代前半くらいだろうか。つい最近消えなくなったであろう、眉間の皺が目立っていた。


 そんな彼は、僕を侮るようにして肩を竦める。まるで、敵だとすら思っていないかのように。



「おい、おい、おい。待てよ、ジェイ・スペクター。落ち着けよ、ジェイ・スペクター。お前んちでは、話より先に相手の頬を張れと、そう教えていたのか?」


「うるさい、黙れ。まずはその汚い足を、リタから退けろ!」


「汚い? 馬鹿を言うな、俺が一日何時間かけて靴を磨いていると思っている。革製品ってのは、手入れが全てだ。大人の嗜みなんだぜ、ジェイ・スペクターよぅ」


「人のフルネームをっ」僕は、杖に力を込める。

「連呼するんじゃねえよ! 真っ黒スス野郎が!」



 怒りに任せ、僕は相手の頭部めがけて魔弾を放つ。

 殺してしまうかもとか、避けられるかもしれないとか、そんなことは何も考えていない、後先考えずの一撃だ。


 ――しかし。


「待て、待て、待てよ。ジェイ・スペクター、俺たちにはまだ、話し合う余地があると思うがどうだね?」


 おもむろに、男は額の前に拳を翳した。固く握り込み、丁度、拳闘で頭部を守るような調子で。

 そして、着弾した魔弾は――彼の手の甲に弾かれるようにして、天井に突き刺さる。


「――なっ!?」


 あり得ない。混凝土製の壁だって抉る弾丸だ。それを、人体の強度で弾き飛ばすなんて、そんなことはできるはずがない。


 しかし、男はこともなげに、それこそ欠伸でも挟みそうな様子で、さらに続ける。


「そも、そも、そもだ。俺たちはまだ、自己紹介すらもしてないだろう。相互理解から愛は始まる、少なくとも、俺はそう思うね」


 軽い調子で話しながらも、リタから足を離すことはない。つまり、明確な敵対の意思を携えたまま、彼は恭しく、正しく慇懃無礼とでも言えそうな様子で、頭を下げるのだった。


「俺は戦闘屋、【愛奴】のエリゴールだ。以後お見知り置きを、短い付き合いになりそうだがな」


 まるで、他愛もない雑談であるかのように。

 愛想もなく、そう、言い放ったのだった。



「【愛奴】のエリゴール……? なんだよそりゃ、知らないな。お前のことなんてよ!」


「そうか、なら、知らなくていい。むしろ、ゼロベースからお互いを知るほうが、愛ってのは育みやすいものだ」



 エリゴールは表情を変えず、そう、口にする。初めて目視したときから、何も変わらない。魔弾を防ぐために腕を上げたこと以外は、何も。



「愛……? 何、気色悪いこと言ってるんだよ、お前。僕とお前は敵なんだから、愛なんてあるわけないだろうが!」


「おい、おい、おい。でかい声を出すなよ、天下のスペクター家の生き残りが、聞いて呆れるぜ」



 彼は心底残念そうに溜め息を吐いた。


 その間に、僕は彼の様子を伺う。両手には武器になりそうなものは持っていない。ラティーンを貫いたあの刃も、少なくともすぐに抜ける位置には無さそうだった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ