第二十四話「秘されし術」-1
第三医療棟の創薬設備は、二階に上がってすぐの所にあった。
リトラたちは本当に興味が無かったのだろう、幸いにも設備は無事に残されており、解毒薬の製作は問題なく行えそうだった。
「それで、少年。先程話していた、『死者を蘇らせる術式』というのは、本当なのか?」
作業台に向かいながら、エイヴァは振り返らずにそう、問うてくる。
シーナも慌ただしく動き回り、解毒薬の製作は進む。
彼女は、背中の傷も感じさせず、見ていて圧倒されそうなほどの手際で作業を進めていく。手を止めるつもりはないのだろう。
そして、この場で僕に――言い逃れをさせるつもりも。
「……ああ、そうだ。うちの親父――シド・スペクターが開発したその術は、死者の復活を可能にした」
僕は手元のロザリオに目を落としながら、そう口にする。自分でも分かるほどに沈んだ、陰気な声色だった。
「……ほんとに、あるんですね」
シーナが、ぽつりと呟く。
それは羨望と驚愕、そして、期待と少しのバツの悪さが混ざったような、そんな調子だった。
「カンバールさ……あの人から聞いてました。死んだ人も蘇らせられる術を、手に入れようとしてるんだって。でも、まさか本当に……」
「……」
胸いっぱいに、様々な言葉が、思いがせり上がってくる。けれど、それをどうにか飲み込んでから。
「シーナ、君は、リトラの奴に唆されて、力を貸したんだったよな。誰か、生き返らせたい人がいたのか?」
僕の問いかけに、シーナは身を固くした。
目を泳がせ、口籠る。言葉を選んでいるのか、その視線は右へ左へ。
そんな彼女を見兼ねたのか、エイヴァが溜め息を吐いた。
「……シーナ、手が止まってるよ。お喋りもいいが、こっちにも集中してくれないかい」
「は、はい、すみません……!」
慌てた様子で作業に戻る彼女の代わりに、僕の質問の答えは、エイヴァが口にした。
「おおかた、この子が蘇らせたかったのは、自分の両親だろう。十二年前の『呪い』で命を落としてしまった、ね」
こくり、とシーナが小さく頷く。その評定は決して明るいものではない。
【病の街】はそういう所なのだ。否応なしに吹き出す病を、この街から出さぬために医者たちが奮戦している。救われる命が多い一方で、失われる命も決して少なくはない。
彼女はこの街のそうしたサイクルの被害者なのだ。
そんなことを考えている僕に、エイヴァが次の質問をぶつけてくる。
「で、だ。少年、単刀直入に聞くぞ。その術式は、本当に死者を蘇らせることができるのか?」
「……お師匠様、本当に、って?」
「屍者どもや、魔術師の屍のように、繋ぎ合わせた死体に魂を入れて、擬似的に復活させるわけではないのか、と聞いている。私の知識が正しければ、死とは不可逆なものであるはずだからね」
死は不可逆。
恐らく、この街で誰よりも多くの死に触れてきたであろう彼女が口にするその言葉は、決して軽いものではない。
人が死ねば、後に遺されるのは肉の塊だ。
そしてそれらは、屍者として新しい魂を入れたとしても蘇るわけではない。機能停止した内臓が、代謝が、あらゆる生理反応が、その活動を再開することはないのだから。
死んだ人間は蘇らない。
それがこの世の、唯一絶対のルールだ。
「……僕も、詳しくは知らない。研究に携わっていたのは、父さんと一部の執事衆だけだからな」
「執事衆、ダグラスも、それを知っていたのか?」
「知っていただろうな。あいつは、屋敷の中じゃ知らないことは何もなかったから」
僕がダグラスの裏切りを確信している理由も、実はそこにある。
リトラが、そして執事衆たちが離反を企てていたのなら、彼はそれに気が付いていたはずなのだ。なのに、何も手を打とうとしなかった。
だからこそ、僕は彼を信用できていないのだが――今は与太話だ。
「ふむ、なるほどな。俄には信じがたいが、魂を操ることに長けたスペクター家の秘術なら、或いは、ということか」
エイヴァは至極不本意そうな様子だったが、そう口にして二度、三度と頷いた。
腹落ちしてこないことを、無理矢理飲み込もうとしているのが見てわかるような、そんな仕草だった。
「……本当にそんな物があるというのなら、医者は商売上がったりだな。死してもなお呼び戻せるのなら、あらゆる病は脅威ではなくなる」
「いや、そんなに都合の良いものではないんだ。僕の知る限りじゃ、ほとんど実用的じゃない」
僕は、苦々しく口にしたエイヴァの言葉を遮るように、そう伝えた。
「実用的じゃない? 少年、それはつまり……」
首肯する。たぶん、彼女が考えている通りだ。
魔術にしろ死霊術にしろ、必ず対価を支払うことが必要になる。
魔術であれば、周囲のマナを変換した魔力。死霊術であれば、契約内容に従った行動や物品。
つまり、相応の必要経費を払わなければならないのだ。
それを踏まえた上で、実用的ではない術式とは一体、どんな物を指すのか?
一つは、そもそも紋様そのものの性能がピーキーだったり、得られる結果が対価に対して小規模すぎるもの。
これは純粋に、紋様を刻んだ時点での、ひいては術そのものの完成度が低かったり、精度が荒かったりするのが原因だ。腕の悪い術師が扱う、粗末な術は大抵これである。
しかし、今回の術を作ったのは、名実ともに大陸一の術師。で、あるのなら――。