第二十三話「Dance of the Necromancers」-4
僕と彼女が、魂の糸で、魂の意図で繋がれる。普段であれば、勝ちの目はない。彼女の現状を鑑みて、およそ三割。
それだけあれば、十分だった。どちらかと言えば、確信よりも予感が近い。あるいは、玄人ヅラした誰かなら、これを「手応え」と呼ぶのかもしれないが。
ギリ、と。指先を締め上げる死霊術の糸が食い込む度に、ビリビリと体の芯が痺れるような感覚があった。
それでも、抵抗は――予想よりもずっと弱い。
「う、おおおおおおおおっ!」
気合い一閃。思い切り腕を引くようにして、均衡を崩す。同時に、リッチに繋がる魂が、じわりと熱を帯びるのがわかった。
いける。
いける。
いける!
と、さらに力を込めた、その瞬間だった。
「――ッ!」
ずるり。
足下が滑るような感覚。それは、先程エイヴァがリトラを牽制する際に使った、赤い毒液の水溜りだった。
大きく体勢を崩せば、僕の集中は途切れる。そうなれば、ここまで作ってきた優位はご破算だ。立て直しの隙を与えれば、もう、【骸使い】に付け入る隙はあるまい。
浮遊感の中、回る思考。引き延ばされた一秒。全身の血が、冷えるような感覚があって――。
「――まだだ、少年っ!」
どこからともなく声が届いたかと思えば、足下の毒が凝固していく。
それは硬く、僕の足裏を固めて安定させる。崩れかけていた体勢は、どうにかそれで保たれた。
首だけで振り返れば、背後から僕の方に手を伸ばしている、エイヴァの姿が見えた。
「あともう少しだろう、少年。やれるところまで、やってみろ……!」
余計な言葉はいらない。僕はただ頷いて、術に集中する。
大剣使いに満ちる、霊の力。そして、そこと繋がった術師たるエミリーの魂の在処。辿っていく術式の爪先が、意識下で形のない攻防を繰り広げる。
強度の弱い指を、ひとつ、またひとつと剥がしていけば、僅かずつではあるが、大剣使いとエミリーの間に繋がっていた経路のようなものは、徐々に細っていって――。
「――切断完了、奪取!」
その言葉を合図に、辺りに硝子が割れるような鋭い音が響いた。
虚ろな表情が微かに歪み、エミリーがふらつくのが見えた。代わりに、僕の手に握られているのは、大剣使いに向かって伸びる霊覚の先端。
主導権の奪取には、ひとまず成功したようだ。僕の指示通りに、このリッチは動いてくれるだろう。
奪われた衝撃を逃さぬまま、ふらふらと揺れるエミリー。そこに、大剣使いを操った僕は、切っ先を向ける。
「……へへ、形成逆転、だな!」
これで、互いに操るリッチは一体ずつ――エイヴァが戦線復帰すれば、彼我の戦力差は逆転する。
……というのは、僕とエミリーの実力が伯仲していれば、の考えではあるが。
ひとまず、つい数秒前までよりも有利になったことは間違いない。
「ぼ、ぼぼぼ、ぼっちゃま、わた、わたしのおにんぎょう、よよ、よくも……!」
屍者になる前を含めても初めて、彼女の顔が怒りに歪んだ。震える声も、振れ幅が大きくなってきている。
「ははは、感情豊かになったな、エミリー! そっちのがお前には似合ってるぜ!」
そう言いつつ、僕は指を繰る。幼い頃の鍛錬で振れたことはあるものの、リッチを実際に操るのはこれが初めてだ。
思った以上に、ずっと重い。それに、操作方法も難解かつピーキー。彼女のように、ぴょんぴょんと飛び跳ねさせたり、軽々と身を翻させることなど、到底できそうもない。
しかし、盾として攻撃を防がせるくらいならわけはない。僕は構えを取らせた大剣使いの影に隠れるようにして、低く身を屈める。
それと同時に、煌めく魔法陣。魔弾が、大剣と衝突し、耳障りな金属音を響かせた。
再装填まで、恐らく数秒。
その隙を逃さぬように、僕は大剣使いを突っ込ませる。いかにも大味で、大振りな踏み込みだったが、それでも回避行動を取らないわけにはいかない。
そうして、後方に下がろうとした彼女の足が僅かにもつれた――そこが、僕に与えられた最大の好機だった。
「――捕らえたっ!」
低い位置から飛び上がるようにして、僕は彼女の喉元を押さえる。ぐえっ、と肺から空気が抜ける、不格好な音が響いて、彼女は抵抗もできぬまま、地面に引き倒された。
「ぼっ、ちゃま……どう、して……」
「どうしても、こうしてもあるかよ」
僕は彼女の額に、杖を突き付ける。
いくら僕の腕が悪くとも、この距離なら術は外さない。そして、頼みの綱のリッチは、魔弾の再装填にまだ時間を要する。
これで、詰み。後は術を発動すれば、僕の勝ちだ。
そんな、一手詰めの盤面。不意に、彼女は――。