第二十三話「Dance of the Necromancers」-1
魔術と死霊術の違い。扱う力の性質以外に、習熟の方向性にもそれは見られる。
新しい魔術を学ぶとき、人々は新しく魔術用の紋様を彫り、そこに自身の体を通して魔力を流す訓練をする。
当然だが、魔術の素養は人によって違う。魔力の流し方がわからない者、魔力が流せても、生じた力が扱えない者。それらが時間をかけ、一つの魔術を使えるように訓練をしていくことになる。
一方で、死霊術は違う。ある意味無色透明である魔力とは異なり、霊魂には意思があるからだ。
紋様さえあれば自然と霊魂は走るため、どんなに未熟な魔術師でも術を行使することができる。もちろん、霊覚を拡張する『生者の行進』などは、ある程度勝手が違うものの、基本的に術が使えないということはない。
問題は、その大半が『霊魂との契約である』ということ。未熟な死霊術師が高度な術を扱おうとすれば、霊魂との簡易契約を結ぶことができずに不発に終わったり、契約の代償として大きな対価を支払ったりすることになる。
つまり、魂との交渉の上手さがイコールで死霊術の腕前ということになる。一度にどれだけの霊魂を、どれだけ軽い対価で、それでいて、霊魂が不満を抱かぬように操れるか。
ただ、それだけのことなのだ――。
「――く、っ……!」
僕はどうにか、目の前数ミリのところを掠める大剣を、身を逸らすようにして躱した。
殺す気はないのだろう。大剣使いの攻撃はどれもが峰打ちで、魔弾の射手は弾丸を当ててくることがない。けれど、十分にその攻撃たちは、僕に圧力を与えていた。
リトラが去り、僕が時間稼ぎを引き受けてから、まだ一分と経っていない。しかし、僕の両足には乳酸が溜まり、ひどく息も上がっている。
この手足が十全に動かなくなれば、捕らえられてしまうだろう。そうしたら、一巻の終わりだ。
ちらり、と背後を見やれば、微かに治療魔術の光が見えた。泣きじゃくるシーナによって治療されているエイヴァも、動けるようになるまでは、まだもう少し時間がかかりそうだった。
「術式詠唱略、『生者の――』」
足下に霊符を投げつけ、声を上げる。しかし、それを許さないかのように、僕の両足目がけて魔弾が放たれる。
それをどうにか、横合いに転がって躱すが、それを見計らったように、待ち受けていた大剣の腹が僕を打ち据えた。
児戯に使われるボールのように弾んだ僕は、勢いよく待合いのソファに激突する。どこか切ったのだろうか、口内に、血の味が広がった。
それでも、倒れている時間はない。殴打による酩酊にもにた揺らぎを落ち着かせつつ、僕は冷静に相手を見据える。
二体のリッチに、真っ向から戦って勝つのは不可能だ。それこそ、リタやエイヴァ並みの強さがなければ、一方的にやられてしまうだろう。
現実、僕だって逃げに徹しているのと、恐らく向こうが僕を生け捕りにしようとしているのとで、どうにか現状を維持できている。
しかしそれも、長くは保たない。
付け入る隙があるとするのなら、自らをリッチと化したエミリーの方だろうか。二体のリッチに指示を出す彼女の反応速度は、生前よりも鈍っているように見える。
「って言ったって、簡単にどうこうできるようなもんじゃないんだけどな……!」
自分の頭の中で回る思考に、そう言葉を投げかけつつ、僕は再び霊符を構えた。
相も変わらず、こちらの手札は『生者の葬列』のみ。それにしたって、僕の手では二体を押さえるので精一杯だ。
それでも、これを決める以外に勝ち筋はない。両翼のリッチを押し留め、エミリーを拘束する。それができるのであれば、勝ちの目も見えるんだろうが――。
ぱぁん、と一閃。魔弾が僕の頬、僅か数センチのところを掠める。狙いは、手の中にある霊符だ。見事に打ち抜かれたそれらは、紙の破片となってハラハラと消えていく。
喉の奥で、苦々しく呻きが弾ける。霊符の残り枚数は、決して多くない。加えて、『生者の葬列』は、多くの札を必要とする術式だ。
このままのペースで霊符を消耗させられれば、あと、一度か二度かのチャレンジの後に、僕は打つ手を失うことになる。
「――っ、どうにか、手は……っ!」
僕は次の霊符を取り出しつつ、思考を回す。
一か八か、他にできることがあるとすれば、奪い取ったエミリーの杖に賭けてみることくらいだろうか。
詳しくはわからないが、その表面には、幾重にも死霊術の紋様が刻まれている。恐らくは複数の術式が使い分けられるようになっているのだろうが、今、ここでその全てを読み解くのは難しい。
せめて、どんな術式があるかだけでもわかれば、試してみるくらいはできるのだが――。
「――上だ、少年っ!」
エイヴァの声が飛ぶ。思考に足を取られ、僕の動きは、ほんの半歩だけ遅れてしまった。
壁を蹴って飛び上がった大剣使いが、力の限り剣を振り下ろしてくる。