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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
一章『万能屋と死霊術師』編
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第二話「食事処【イットウ】」-4

 だが、口にしてしまえば最後、これ以上何を失うことになるのか、想像もつかなかった。


 僕の使命。

 リトラの狙い。

 スペクター家の生き残りとして、僕は為さなければいけないのだから。


 言葉に詰まる僕に気を使ってくれたのか、それとも痺れを切らしたのか。どちらかはわからないが、先に口を開いたのは、彼女の方だった。


「……なんとなく、話が読めてきたわ」


 そう呟くと、リタはすっと右手を挙げた。すると、カウンター席の近くにいたウェイトレスが盆を片手に寄ってきて、僕らの目の前になみなみと水で満たされたグラスを置いていった。彼女はグラスを躊躇なく手に取ると、10オンスほどのその中身を一息で干した。


 そして長く息を吐いてから、その瞳をすっと尖らせて。



「要するに、そのリトラって野郎をぶっ殺してくれって依頼ね。家族を殺された復讐、ってところかしら」


 言うと同時、僕のグラスの中身が、ふわりと波打った。


「……っ!」



 彼女から感じる気迫、恐らく殺気と呼ばれるものは、少女の発しうるそれではなかった。

 自分に向けられたものではないはずなのに、肌が粟立つ。


 偽物か本物かなんて、些末な問題だ。たぶん僕が一言依頼すれば、彼女は明日にだって僕の復讐を遂げてしまうだろう。


 それでは、ダメだ。



「……すまない、そうじゃないんだ。僕の依頼は暗殺じゃない」


「はぁ? あんた、家族を殺されてるんでしょ?」



 それでいいの? と続けなかったのは温情か、それとも単なる呆れか。


 ともあれ、彼女は腕を組み、不自然な表情をしながらも、僕の次の言葉を待っているようだった。何か事情があると察してくれたのかもしれない。見た目に騙されそうになるが、その辺りは流石、歴戦の万能屋というべきか。


 だから僕も、言葉を慎重に選ぶ必要があった。ここで彼女に不信感を抱かれるわけにはいかないのだ。



「……ああ、正直、殺したいくらいに憎んでるさ。でも、それをしちまったら、僕は終わりだろう。殺した時点で、僕はあいつらと同じ、人殺しになっちまう」


「殺すのは私よ。あなたの手は汚れない」


「それでもだ。むしろ、もっと質が悪い。あんたに手を汚させて、自分が綺麗なままだなんて、そんなのダメだろ。とにかく、殺しはしないでくれ」


「……じゃあ、私は一体何をすればいいのよ?」


 リタは、不機嫌そうに眉を寄せ、僕を睨んでいる。まどろっこしい話は嫌いなのだろう。

 しかし、そこに先ほどまでのような刺々しい気配は感じなかった。


 今が、絶好の機会。そう判断した僕は意を決して、ずっと前から考えていたその文言を口にした。


「頼みたいのは、警護だ。今月いっぱい――(ろく)の月が終わるまででいいんだ。僕のことを、守ってはくれないだろうか」


 断られたら、終わり。

 その緊張感が、僅かに喉を強張らせた。


 彼女の視線は、僕の考えていることを透かし見るようなものに変わっていた。この申し出にどんな意図があるのか、それを探るような。

 裏返してみるような。


 やがて、そんな瞳が瞼に覆われて、ひとときの静寂が生まれた。あたりの喧騒が一際大きく聞こえる。


 どくん。心臓が早鐘を打っていた。思案する彼女を見つめながら、僕は内心で、ひたすらに「頼む」を積み重ねる。それが顔を見たこともない神に対してなのか、あるいは何かもっと抽象的なものに対してなのかは、わからなかったが。


「……一応、言っておくけれど」


 たっぷり数十秒もの間を置いて、彼女は眼を開けた。強い意志のこもった瞳が、再び僕を射抜く。


「私は殺しておくのを勧めるわ。あなたがどうして追われているのかは知らないけれど、ほんのひと月凌いだくらいじゃ、状況は変わらないでしょう。私との契約が終わった後に、あいつらはまたあなたを狙うんじゃないの?」


 道理だった。

 確かに、ひと月くらいの時間ならあいつらは平気で待つだろう。リトラの執念深さは、僕だって身をもって知っている。


 そうなれば、またこれまでと同じ。僕は逃亡生活を再開することになる。


 ――ただ、今回の場合は、ほんの少しだけ事情が違う。



「いや、大丈夫なんだ。たぶんだけど、今月さえ切り抜ければ、あいつらが僕を追う理由は、なくなるはずなんだ」


「はあ? スペクター家が滅ぼされるほどの理由が、どうしてそんな急になくなるのよ」


「……すまない。詳しく話すことはできないんだ。ただ、これだけは事実だ。来月まで逃げ切ることができれば、僕は自由の身になれるはずなんだよ」



 自由の身。

 もはや帰る場所もない僕が、そうなったところでどうするか、という話にはなるのだが。


 彼女はなおも、(いぶか)るような視線を向けていたが、やがて、溜息を一つ。

 そしてゆるゆると首を振ると、どこか諦めたような口調で言った。



「……まあ、もともとそこまで詮索(せんさく)するつもりもないしね。依頼人がそれでいいって言うなら、私があれこれと強制することもできないでしょ」


「と、言うことは……?」


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