第1話 最速の太刀
今日もまた刀を振り続けている。自分の道場で素振りをしている男。男の名は作刀 瀬名。素振りで培われ、毎日振っているのに割に合わない細身の凝縮された筋肉。刀をまっすぐに見つめる双眸に鋭い目つき。
空を切る音と朝日で道場を埋め尽くしている。飽き飽きした形相で今日もここでこの環境に出迎えられている。
「1024回、1025回……」
「また振ってんのか。兄ちゃん」
この会話も何度目であろうか。2の10乗が過ぎた辺りで必ずと言っていい程の頻度で出現する中年男性。
朝の出勤でこの通勤路を通り、毎回このセリフを言って立ち去っていく。これもルーティーン化された日常である。
「2048回、2049回……」
暫く経ち昼間際になった頃。汗を拭き、中途半端な回数で素振りの幕を閉じた。
今日は大事な用事いや決戦の日だ。闘志を燃やし、今日この日のために頑張ってきた全てを出すそんな日だ。
少し引きずり気味の素足で畳を擦る。家の中を歩き回り支度を終え、思い出を断片的に遡りながら玄関に辿り着く。
すす汚れた玄関。前まであった大量の靴も今は下駄一足。足袋と下駄が接したときの最後の記憶は父からの誕生日プレゼントだった。それは子どもには大きく履けるわけもない過去の記憶。
現在はこうして入るようになったのは成長を見越してのことだろうか、いや願いだろう。父のそうした思いに感動しながらも戸を開けた。
一歩この家から出で最後のお別れだ。振り返り……家を見た。
「今までありがとうございました!!」
元気よく高らかにこの家の全体に聞こえるように伝えた。もう戻ってくることはないように……
鍵を締め、ポストに鍵を入れた。
目的地に向かう。今から起こる出来事すべてが英雄譚であり、伝説として語り継がれるであろう物語だ。
向かう場所はコロシアムである。目的はここで行われる全世界最強決定戦、Wold's Strongest Match、通称WSMだ。この大会には世界から名だたる強者が集まってくる子どもなら誰しもがおこがれる大会だ。俺もその一人である。
今年はそれがここ日本で行われる年。誰もがみなこの日を待ち遠しく待っていた。テレビの前で試合を待つ人たち、試合に向かう者たちも等しくだ。
会場に着き、ロビーに入る。
今はまだ選手入場前。大会参加者が多すぎて控室も用意できないため基本はロビーで待機しているかアナウンスを待ち外で放浪しているかの二択だ。
「おいおいこんなひょろっちぃやつがこんなところに来んのかよ」
そんなロビーの入り口の柱によしかかり、話しかけてくる者が一人。
辺りの空気は一変し静けさが訪れていく。
「おい!聞いてんのか?」
騒々しさがなくなっても尚違和感に鈍感な巨体のお兄さんは話しかけ続けてくる。明らか殺気だった気配と口調は試合開始前から不穏と言わざるしかない。
そんな空気を察してか一人の係員さんが二人の間に割って入る。
「すみません。試合開始前ですので暴れるのはご遠慮ください」
「あぁん?この武器が見えねぇのか?」
未だ態度の変えようとはしない巨体は自分の持っている武器を盛大に脅しに使う。
片手半剣、別名バスタードソード。その巨体に似合わないようにも見える剣が細長くとても扱いづらい武器である。
なぜならこの剣は戦う際両手で使うか片手かを選択して戦わなければならない。所謂玄人向けの武器である。両手で振るえば鎧をも貫通して壊すが振りが遅い、片手で使えばその隙も他の盾とかを使いカバー出来るが威力は落ちる。
そんな武器を見た時、ここに居た者がこいつには関わっては駄目だと瞬時に自覚するだろう。
「すみません。他の参加者の迷惑になりますので……」
「しつこいやつだな。痛い目みたほうがいいみたいだな!」
係員が怖気づかずプライドが傷ついたからか、巨体は強硬手段に出る。
バスタードソードを両手で持ち振り下ろす。やはりこの巨体も相まってバスタードソードの弱点を限りなくゼロにし、強みを最大限に活かしている。
当たれば普通では考えられないほど速くそして重い一撃だったであろう。
差していた刀の柄を右手で握る。心が落ち着く。相手の振り下ろす一撃が遅く見える。
瞬く間に相手を切る一連の動作を終わらせて鞘に刀を収める
「おお中々やりおるな」
どっかの誰かがそう発していた時に既に事は解決していた。
スパァン。音が遅れてやってくる。
「は?」
まだ脳の処理が追いついていない巨体は自分の首が断裂したことにさえ鈍感であった。
「え?」
近くにいた男がそう言った時、巨体の首はズレていており、最後には首が地面に落ちていた。ドン。
鈍い音が周りに広がり反響する。ざわめきが増える。次第にみんなが事の状況を理解し視線は一人の男に集中する。
係員もこちらを向いていた。
「大会ルール第1条この大会に参加した時点で生死は問わないものとするだったよな?」
「はっはい」
「これルール違反じゃないよな?」
心配に思いつつも溢れ出ている血を見ながら俯瞰しながら答える。
「そうですけど、一応参加者確認のためにお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ああそうだったな。俺の名は作刀 瀬名だ」
今大会初出場の超大型ルーキー。そんな男が世界最強になるまでの物語だ。