表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

想い想われる私の家族

作者: つむぎ

誤字脱字見直してますがどうしても見落としてしまいます……報告して下さる方、ありがとうございます。

婚約者の女性への扱いがひどいです。ご気分を害する方は回れ右を……。

世界観はゆるりとしております。

 私、クリスタ・スコットは、婚約者のダニエル・ウィンダムの突然の訪問で急いで身支度を済ませ、部屋に向かう。

 そして、私はドアを開けた。部屋の中、ベットの上でダニエルが女に覆い被さっていた。


 「お姉様……」

 「……チッ。邪魔が入ったな」


 私はその女の顔を確認するなり、カッとなり部屋の中を進む。そして、ダニエルの首根っこを掴んで引き剥がした。


 「な、何する!?」

 「嫌がる女性に手を出すなんて最低よ!」


 そう言って、思いっきりダニエルの顔を引っ叩いた。


 「ナタリア、大丈夫!?」


 私はベッドの上で縮こまった妹に声をかけた。


 「お、お姉様……こわかった」


 そうナタリアは言うと、緊張と恐怖から解放されたのか、次から次へと涙を流し始めた。そんなナタリアを見て、更に私はダニエルへの怒りを強くする。


 「婚約者の妹にまで手を出すとは、本当にゲス野郎ね!!」

 「な、僕が誰を抱こうが関係ないだろう」

 「関係大ありよ。あなたは私の婚約者で、あなたが泣かした子は私の妹よ!これまで、あなたが他の子と関係を持っていても、口を挟まなかったけど、今回ばかりは我慢できない。馬鹿にするのもいい加減にして!」


 私はダニエルを睨む。腕の中の妹が小さく震えている。


 「君は何にも分かってないね。この結婚は君達の家を救済するために結ばれているんだ」

 「えぇ、承知しておりますわ。政略結婚ですもの、そこに利益が生じている事は理解しています。そして、あなたが私を好ましく思っていない事も知っています」

 「そう、僕は好きでもない君と家のために婚約したんだ。でも、婚約するなら君みたいなきつい女より、ナタリアのような可愛い子を妻としたかった。だけど、妻となる者が不自由を抱えていれば、社交界で示しがつかないだろう?」

 

 ダニエルがナタリアの足をちらりと見る。


 「そんな足では嫁ぎ先でろくな相手はいないはずさ。どこかの老いぼれた後妻か愛妾か……そう考えたら過ごし慣れた家で、僕みたいな男に抱かれていた方が、よっぽどましだろう?」

 「なんてことを……あなたみたいな偏見持ちばかりではないはずよ」

 「どうかな、見栄と見た目ばかり気にする貴族が、足を引きずる妻を社交界へ連れて歩く……想像できるかい?満足に歩けず、挨拶も出来ず、ダンスも出来ない妻なんて誰が娶るか。それでも良いと言ってくれる男を君が探すのかい?」

 

 私は黙る。何よりも見た目を気にする貴族の中で、妹が幸せに暮らせる未来を私が保証できるのか。

 ……いや、それでも絶対に愛妾などにさせてはならない。妹にだって幸せになる権利はある。


 「それでも可能性があるのであれば、妹だけを大切にしてくれる人を探してみせるわ」


 ダニエルがそれを聞き嘲笑する。


 「だから君は何も分かっていない。これは政略結婚だ。そして、ナタリアはそんな足では社交界に出られない。だから、お飾りの妻としてクリスタ、君がなってナタリアは僕の側に置いてあげるよ。それに、僕はナタリアを愛すると誓うことができるよ」


 私はダニエルの話を聞き愕然とする。


 「ナタリアを愛妾に……」

 「そうだ。別に片足が動かずともベッドの上では問題ないし。家から出られないのも好都合だ」


 ダニエルが私達に近づき私の顎に触れる。


 「いいかい。君たち姉妹は僕と結婚するのも同然なんだよ。貧乏領地を救えると考えれば、僕みたいな男前と結婚できるなんて有難いじゃないか」


 首筋をなぞられ、ぞわりと背筋に悪寒が走る。


 「まぁ、一生女としての悦びを知らないのも可哀想だから、結婚した後に君を抱いてやってもいいだろう。顔と性格はタイプじゃないけど、身体は好みだ」


 ダニエルが舌舐めずりをするような目で私を見る。激しい憎悪しかない。


 「今日のところは帰るよ、興ざめだ」


 そう言うとダニエルは去って行った。

 私はその姿が見えなくなってもしばらく扉を見つめていた。これは、どうにかしないといけない案件だ、そう頭は警告を発しているのに、状況を理解するには、あまりにも衝撃すぎて呆然とするしかなかったのだ。





 我がスコット伯爵家の領地は、これといった特産がなく、領地民は家畜業と農業を主に生計を立てていた。それに、気候によって農業の生産性が左右されると、領民が最低限生活できるようにスコット伯爵家の私財から賄っていたため、我が家は貧窮していくばかりであった。

 そこに、隣のウィンダム侯爵家からの婿養子を条件に援助の申し出があり、婚約するに至った。ウィンダム領には鉱山があり鉱石も豊富でむしろ潤っているほどだ。領民のために必要な政略結婚というわけなのである。

 ダニエルは次男で一つ年上だ。皆が口を揃えて言うほどハンサムであり、女性への気遣いもできて人気があるのだが、女癖が非常に悪い。婚約した当初、学園での女性との関わりに苦言を呈したこともあったが、「僕の友人関係に口を出さないでくれ」と取り合ってはくれなかった。

 顔も家柄も良い次男、婿に来てほしい家はたくさんあり、なぜ、田舎のスコット伯爵家なのかと嫌味を言われるのも日常茶飯事だった。

 しかし、そんな日々も一年前までのこと。

 一学年目の終了目前に、学園の階段からズッコケて頭を打った私は、前世を思い出したのだ。


 私の前世は父母妹の家族4人で家族仲が非常に良かった。そんな私は家族との時間が何より大切で、今世の環境が違和感でしかなかった。

 まず、お父様は仕事、仕事、仕事。勿論、家族を養うために一生懸命働いてくれている事は分かる。お母様が流行り病に罹り、もともと身体の弱かった事が起因して亡くなってから、その事実から目を背けるように仕事に精を出し、親子というほど関わった記憶はあまりない。

 それに、ナタリアは生まれつき足が不自由だった。この世界にも障害者への差別は存在する。平民の場合は畑仕事で腰が曲がりがちだったり、鉱山や製鉄所で負傷し後天的に五体不満足になったり、何かしら問題を抱えている人はいたため、差別はあまりなかった。

 しかし、何より見栄と体裁を気にする貴族達にとって、障害を持つ者はその家のお荷物、役立たずと言われていた。

 男児なら家を継ぐこともできないため、一生その家で当主の補佐か下働きとして生きる。女児であれば、政治的道具として愛妾や後妻に出される。稀に家業の補佐を行うこともあるが、教育もでき生活費が賄える家に限られるだろう。

 そんなことで、ナタリアも敷地内で過ごすことが多かった。


 前世を思い出してから、今だったら頭を打ってお嬢様がおかしくなった、という言い訳が通用すると考えて行動を起こした。


 まず、ナタリアを連れ出し領地視察の一環として家の外を散策する日を作った。

 領地は広大な平野がありそこには乳牛が自由に過ごしていた。気候も涼しく草原のある我が領地は乳牛がストレスなく過ごせるのに適していた。

 商人の中には食糧を長期保存できる魔道具を持っている人もいて、そんな人は、ここのミルクやバターを購入する。ここのミルクとバターは逸品らしい。それらを大量に移動できる魔道具さえあれば、絶対、儲かるのに。惜しいよなぁ、と思い帰宅した。


 お父様曰く、現時点で大量の品を運ぶ冷蔵魔道具は魔力も魔石も大量に消費するためない。家にある冷蔵魔道具でさえ、前世でいう一人暮らし用の冷蔵庫より小さい。魔道具には魔法陣があり、人の魔力か魔石がエネルギーを加える事で稼働する仕組みらしい。

 では、空飛ぶ馬車で輸送すれば?と思ったが、夢物語だと一蹴された。

 それでも、結婚後もなるべく対等な関係でいられるように、私達の領地も自らの足で立つ必要があると考えたのだ。


 そして、二学年目に入り、私は魔法学専攻に進んだ。

 私は一年間、それはもう全力で勉強に専念した。ダニエルが女と遊ぼうとも、その女達が私にちょっかいをかけようとも無視し続けて勉学に励んだのだ。

 一度だけ、ダニエルの女からネチネチと嫌味を言われすぎて溜まっていた私は、感情まかせに「うるさいわね、お口チャックよ」と言ったところ、なぜか魔法が行使されて、その令嬢の口がファスナーになってしまったのだ。

 周りは恐れおののき、その令嬢は自分の顔を手鏡で確認して失神し、私は魔法教員に呼び出され、生徒に悪意ある魔法を使うことは禁止されていることを再三言われた。

 ちなみに、その後は外部講師が治してくれたが、「これは呪いの一種かな?初めて見るものだ」と興味深そうに根掘り葉掘り聞いてきたため前世のことがバレないようにするりと逃げた。


 学園では嫉妬に狂った悪の魔女として呼ばれ、ダニエルからは「君とは家のために婚約しているだけだ。下手な嫉妬はするな」と嫌悪された。悪女と呼ばれようと、私にはすべき事があるから、別に気にしてない。


 そして無事、二学年目が終わり領地へ帰った。ナタリアは領地視察を続けていた。もともと優しい性格だからか領民から慕われているらしい。手紙で聞いていたが、実際会った時、活き活きとした表情のナタリアを見て驚いたのだ。

 そして、私も領地視察をし帰った頃にダニエルの事件が起こった。

 




 「お父様、お話があります」


 私が物凄い剣幕で執務室へ入ったからか、お父様は、しかめっ面で私を見た。


 「ダニエル様のことです。あの方の女癖の悪さはご存知ですよね?私も政略結婚であるので、結婚前の遊びだろうと目を瞑っていました。けれど、あろうことか、ナタリアにまで手を出そうとしたのです」

 「……それは本当か?」

 「この目で確認しました」

 「……ナタリアは?」

 「ひどく動揺してましたので、鎮静効果のあるお茶を飲み、今は寝ています」

 「そうか」

 「お父様、この結婚は必要ですか?障害がある令嬢の行く末は愛妾か後妻だから、自分の手元に置く方がナタリアも幸せだと、そんな非常識な事を軽く言うのです。そんな扱い、ナタリアにさせられません」

 「……」

 「お父様!!婚約解消をして下さい」

 「……それはできぬ」

 「なぜですか?」

 「すでに援助金を受け取っているのだ。五年前に大寒波が来ただろう?その時に農作物も畜産物もやられた。もともと蓄えがない我が領地民を救うには、ウィンダム侯爵家の援助を受けるしかなかった」

 「今すぐ婚約解除できないことは理解しました。ですが、ナタリアの扱いは別です」

 「うむ……だが、仕方あるまい。障害を持てば社交界へも出れぬし、平民として生きるにも平民と育ちが違いすぎる」

 「ではナタリアの意向は無視ですか……?」


 お父様が不思議そうに私を見て言った。


 「クリスタ、お前もではないか」

 「えっ?……あ……」


 言われてみれば、そうか。


 「……すまぬ」


 そう言い辛そうに眉を寄せた父を見て、何も言えなくなったのだった。

 領民のために家族より政を優先させるお父様は、民にとっては良い君主で貴族として普通なのだ。仕事ばかりのお父様に少し不満があったが、ちゃんと娘に詫びる気持ちがあると知れただけで、それだけで今は十分だ。





 「お姉様、迷惑をかけてごめんなさい」

 「迷惑だなんて思ってないわよ」

 「でも……もしウィンダム侯爵家から何か言われたら」

 「あいつを叩いたこと?大丈夫よ、明らかにダニエルが悪いわ」


 「そんなことより、ナタリアは大丈夫なの?」

 「うん……最初は、何が何だか分からなくて、いつも優しいダニエル様が恐ろしくて。でも、お姉様が来てくれてダニエル様を引っ叩いてくれて、今は自分がそうしとけば良かったと思うくらいだわ」

 「ナタリア……。でも、そうね。ああいう時は、引っ叩くより男の股間を蹴り上げなさい。その方が早いし効果も抜群だわ」


 私は前世で同じ部活仲間だった斎藤くんが、バレーボールを股間で受けて悶絶していたのを思い出して言う。


 「私のこの足でもできるかしら」

 「イメージが何よりも大事よ。万が一の時のために、常にイメージしておきなさい」

 「お姉様ったら」


 そうナタリアはくすくす笑う。笑顔が戻ってきて良かった。やっぱり、障害があってもナタリアも自分の将来を自分で決めるべきだ。

 それに、何より私の家族に手を出すなんて、絶対許さない。





 「お父様。家族会議を開きますわよ」


 私とナタリアは父が執務を終わらせるのと同時にティーセット持参で訪ねた。


 「家族会議?何をどうするのだ?」

 「まぁまぁまぁ」


 私はお茶を用意し父を無理やりソファーに座らせた。


 「まず、私は婚約を解消したいと思います」

 「この話はもう既に終わっただろう?」

 「いいえ、終わってません。それにナタリアの将来についても考える必要があります」

 「聞くだけ聞こうか」

 「ありがとうございます。まず、我が領地ですけれど自分達で特産品を作るべきです」

 「それは、以前も話していたが?自分で空飛ぶ馬車を作るとも言っていたが?」

 「あれはこの一年、魔法を学び無理だと判断しました」

 

 それ言ったことか、とお父様は目を細め顎を僅かに上げた。

 そう、空飛ぶ馬車はそもそも魔力が桁違いに必要で無理なのだ。物質の大きさと質量に比例して魔力が必要になるためだ。

 高価な魔石を多量に使用するわけにもいかないし、魔力で飛ばすとしても目的地まで魔力を消費してポーションで回復させ……を繰り返してまで運ぶなんて、長距離トラックの運転手にエナジードリンクを強要し飲ませ仕事させるようなものである。どんなブラック企業だ。

 ということで、空飛ぶ馬車は早々と諦めた。次に考えたのは転移魔法であるが、これも転移するのに魔力量だけでなく高度なスキルが必要だ。それに、そもそも転移魔法は王族の許可が必要で現実的ではない。


 「では、どうするのだ?」

 「考えがありますけど……これから試作をする予定なのです。とりあえず、私は卒業までの残り一年を使って、うちのバターを品質保持したまま輸送できる手段がないか考えます。成功すれば、きっとウィンダム侯爵様なら目をつけると思います。それを使って婚約解消できないか交渉してみようと思っています」

 「うむ……かなり難しいが」

 「それに、ナタリアについてです。あなたは今後どうしたいの?」


 ナタリアは私と目を合わせ頷いてお父様を真っ直ぐ見て話し出した。


 「お父様、私は愛妾や後妻となるのは嫌ですが、家のお荷物になるのも嫌です。私は結婚出来なくても、お父様とお姉様の側で領地のために役に立ちたいと思っています。こんな足で何が出来るかまだ分かりませんが、私もこの一年、領地で私に出来ることを探します」


 お父様はしばらくナタリアを見つめていた。


 「……一年だ。クリスタもナタリアも、クリスタの卒業までに結果を出せなければ、このまま婚約を続ける。出来なければ、いいな、覚悟を決めなさい」

 

 そんな父の威厳ある声に私とナタリアは強く頷いた。そんな私達を見て父は呟く。

 

 「いつの間にこんな大きくなったのか」



 



 ダニエルの事件があってからクリスタが学園に帰るまで、彼は姿を見せなかった。私がいる間はきっと来ないだろう。

 ひとまず、ナタリアの安全のために、侍女と護衛騎士を付け何をするにも一人にさせないように言い聞かせた。そして、私が魔法で作った防犯ブザーを持たせた。

 一度試したところ、それはもう、けたたましく屋敷中に響き渡った。ちなみに、外見は可愛い豚の人形にして、くるんとした尻尾を引っ張ると、「ビービービー、フゴフゴフゴ」と二重奏を奏でる。お父様と屋敷の使用人が何事だと駆けつけたほど効果抜群だった。

 ナタリアも「可愛い」と喜んでいた。魔法って便利だね。



 クリスタは学園に戻り、授業がない時は魔法学研究室に籠った。

 王都近辺はバターの代わりにオリーブ油脂が主流だ。一方でバターは田舎の平民が食す物と捉えられていた。都会の貴族からしたら「牛の乳から取れた油なんぞ」という見方らしい。でも、私はうちのバターの美味しさを知ってもらいたい。

 地形的に王都からスコット伯爵領は北東に位置し、おそらく標高800mからなる丘にあり冬は寒く、夏は涼しいので乳牛も過ごしやすく、濃厚で品質良いバターができる。しかし、王都は丘の下にあり、更に南に位置するため8℃ほど気温に差が出ることもあるため、日差しの強い日なんかは王都に着くまでに溶けてしまうのだ。

 バターは常温保存も可能だ。なるべく空気に触れさせないようにすれば日持ちさせる事もできる。だが、王都までに馬車で運ぶとなるとだいたい4〜5日ほどかかる。そのため、なるべく品質保持しながら輸送するために、クーラーボックスはどうかと考えた。

 作ったバターを新鮮なまま冷凍させ保管する。冷凍したバターを敷き詰めれば、魔石の消費を抑えつつ輸送できるのではと考えたのだ。イメージは冷凍庫に食品を隙間なく詰めた方が電気代節約になるのと同じ感じだ。省エネである。ちなみに、魔石を使用せずとも冷蔵品を運べるため平民でも使用可能にしたい。

 

 クーラーボックスで大事なのは、対流によって熱が移動しないようする発泡スチロールの小さな空気の部屋だ。つまり、断熱材が重要だ。

 プラスチックは石油からできているが、ここにそんな物はない。だから、その代わりとなる物を探して作る必要がある。

 

 「とりあえず、色んな素材から試すしかないかぁ……どんな素材がいいのかさっぱりだわ」

 「素材って何の?」

 「わわっ!」


 クリスタはメモ用紙に(発泡スチロール)と書きぐるぐるそれを囲んでいた手を止めて振り返る。


 「い、いきなり話しかけないで下さい」

 「いや申し訳ない。一人でぶつぶつ言っているから話しかけるタイミングが分からなくて」

  

 話しかけてきた彼は、この学園の魔法学外部講師で、あのファスナーの呪いを解いてくれた。名をディナン・アスターという。

 丸メガネに顔をおおうような茶髪はあっちこっち跳ねており鳥の巣のようだ。ファスナーの呪いを解いてもらってから、なぜか私に構ってくる変わった人だ。



 「ねぇ、それでぷらすちっくって何?あと、だんねつざいってのは?」

 「そ、それは熱を遮断する素材とかないかなーって考えていただけです」

 「ふーん、なぜ素材が必要なの?」

 「研究の一環なので秘密です」

 「えー、あの呪い解いたのに?」

 「それとこれとは別です」

 「別かなぁ」

 「そもそも講義はどうされたのです?」

 「今日は休みだよ。それより、君の研究が気になる」

 「教えませんよ」


 なんでさぁ、と肩を落とすがもう軽はずみな事は言えない。盗聴防止魔法をかけるの忘れていた。


 「じゃあ、これは?この文字、なんて書いてるの?」

 「えっ?」

 「ほらこれ。僕は読めない……暗号?」

 「……あ」


 ディナンの眼鏡の奥の目が鋭い。(発泡スチロール)をあろうことか、日本語で書いていた。思考に集中しすぎていたのだ。


 「えと……自分なりに考えた暗号です。研究者はよく盗作を防ぐために暗号化するって言いませんか?ちょっと真似してみただけですよ」


 とりあえず苦し紛れの言い訳をするが、きっと納得していない。視線が文字を凝視している。


 「そっか。君って面白い発想するよね。じゃあ、次来た時は、そのクーラーボックスっての教えてね」


 いや、だだ漏れじゃないか。

 そう言うとディナンは去っていった。





 「やぁ、君の秘密の研究のため、色んな素材を持ってきたよ」


 私が座っていた机の上に、どさどさっと素材が落ちてきた。


 「……何も言いませんよ」

 「やだな。そんなんじゃないよ。頑張っている生徒を応援したい教師心だよ」

 「……」

 「本当だって。普通はさ、学園生活を謳歌する子が多いんだけど、君は血眼になって何かを成し遂げようとしてるから。いや、関心しているんだよ?だから、少しでも力になりたくて」

 「それは、ありがとうございます」

 「僕も一教員だから、生徒が困っていたら助けるのは当たり前だからね」


 (そうだよね、ちょっと先日のことがあったから警戒心を強めていたけれど、目的を成し遂げるために、プロのアドバイスは必要だし。素材だって、どうやって集めようか困っていたところだし)


 クリスタは喉から手が出るほど欲しかった素材への欲に負けた。


 「では、お言葉に甘えて」

 「どうぞどうぞ」

 

 クリスタはひとまず、気泡緩衝材を思い浮かべて魔力を込めた。あれも多少は熱の対流を妨げるはず。しかし、なかなか良い形ができない。


 「うーん、素材が合ってないのかな。あ、ディナン様、ありがとうございます」


 クリスタがディナンを見ると、彼が真剣な目でクリスタの手にある試作品を見ていた。


 「スコット伯爵令嬢、君は何者なんだい?これは見た事もなければ、聞いた事もない」

 「あ……」

 「僕は研究一筋で古い文献を読むんだ。それで、とても古い文献に君みたいに不思議な物を魔法で表現した者がいたらしい。まるで、別の世界を知っているみたいにね……君もそうなのかい?」

 「あの……」

 「僕は君をどうにかするとか考えていないよ。ただ、君を案じているんだ。文献には、その能力は国にとってとても有益で、国の発展に著しく貢献したが、あまりにも影響力があって、それを利己的に使おうとし国が乱れたとも記されている。君の能力は素晴らしいと思うし、僕はそれを国のために上手に使ってほしいと思っているんだ。悪質な事ではないことは君を見ていれば分かる」

 「……いつからでしょうか?」

 「呪いを見た時から、かな」

 「そうなんですね」


 クリスタは小さく息を吐く。これはもう誤魔化しようがない。


 「そうです。私には違う世界で生きた記憶があります」





 あれからディナンに前世の記憶があり、その知識を利用して婚約解消を目的に行動していることを話した。

 ディナンは特に私の邪魔をするわけでもなく、むしろ進んで協力をしてくれた。私の知識と魔法に興味があるらしい。


 試行錯誤を繰り返して気泡緩衝材のような断熱材を作り出した。

 しかし、それだけでは保冷力が十分ではなく、一夜明けたら冷凍した果物が完全に溶けていたのだ。冷凍は私の氷魔法を使った。


 (やっぱりプラスチック系は石油と同じような素材がないし、加工技術も知らないし無理かなぁ)


 クリスタが頭を悩ませていると、魔法学科の事務員が呼びに来た。


 「え?ダニエル様が会いにきている?」




 

 「うふふ。ダニエル様ったら、もう」

 「君は相変わらず可愛らしいな」


 面会だと言うから会いにきたら、部屋で女ときゃっきゃするダニエル。なんだこれ。


 「やぁ、全然連絡ないから来てあげたよ」

 「お久しぶりですね。おかげさまで勉学に励んでおりますわ」

 「聞く所によると、何か必死に研究室にこもってるんだって?まさか、領地を捨てて研究者になるつもり?」

 「そんなまさかですわ。領地のために必死に研究しているのです」

 「何を研究しているの?」

 「それは言えません」

 「協力者の男には言えるのに、僕には言えないわけ?」

 

 女が大袈裟にまぁ、と口に手を当てる。そもそも、あなたは誰だ。


 「アドバイスをしてくれる教員です」

 「いつも同じ教員らしいじゃないか。男と二人で何しているのだか」

 「人聞き悪いですわね。生徒なら誰でも入れる研究室です。それに、私はどなたかと違って必死に学んでおります」

 「まぁ、君みたいな気の強い女に欲情するわけないか」


 そうダニエルは言いながら令嬢の腰を撫でる。令嬢はダニエルにしなだれ掛かる。学舎でやる事じゃないだろ。


 「それで、何用で来たのですか?」

 

 ダニエルはムッとして言う。


 「……ナタリアにあの変なブザーを渡したのは君だね」

 「あら、製作者からしたら、その効果は気になりますが、ナタリアが使用しなければならない状況になったのは複雑ですわ」

 「僕はただ話そうと近づいただけなのに」

 

 一度、ダニエルに分からせるため使ってみるよう言っていたのだ。本当に、一度痛い目に合わないと分からない奴だな。実は手紙で聞いており、それからスコット伯爵邸に来る頻度が減ったらしい。

 

 「これで、ナタリアをどうにかしようなど、思いませんでしょう?」

 「本当に君はいい性格している」

 「あなたに言われたくはありませんわ」

 「クリスタ、現実を見た方がいい。世間を知れば君もナタリアも僕の側にいた方が良いと思うはずだよ」

 「どうでしょうか。理解したくもありませんけど」

 「理解しなくとも、きっと、せざるを得ない時が来るさ」

 「用件はこれだけでしょうか?することが山積みですので、今日はもう失礼します。では」

 

 そう言って私はダニエルに止められる前にと、ささっと面会室を出た。イライラしたまま研究室に向かっているとディナンに会った。あのクズ野郎を見た後だからか、ディナンを見た瞬間、ほっと心が軽くなった。


 「どうしたの?そんなに怖い顔して」

 「婚約者が来ていて会ってきたのですが、相変わらず自分勝手なことを言うので頭にきてしまって」

 「へぇ、わざわざ会いに来てくれるなんて実は愛されているんじゃないか」

 「違いますよ、あれは独占欲です。世の女は自分のものとでも勘違いしてるのです。今も別の女と睦み合っています」

 「それは、とんでもないクズだ」

 

 ディナンが共感してくれたことで、イライラが落ち着く。なんだか、気が張らない頼れる上司のようで安心するのだ。

 私とディナンは研究室へ進みながら、昨夜の結果について話す。


 「うーん、駄目だったんだ。残念だね……でも諦めるにはまだ早いよ」

 「もう夏です。あっという間に冬になって卒業……いやいや、絶対に卒業までに間に合わせないと」

 「そう焦ってはいいアイデアも出ないよ。とりあえず、これあげる」


 そう言ってディナンは鞄から瓶を取り出した。その際、一緒に一枚の紙が落ちた。見ると、家族3人の肖像画だった。

 ディナンはすぐに気付き鞄に直した。その様子が何か触れてほしくないようだったので、私も何も聞かなかった。


 ディナンに渡されたのはぶどうジュースだ。私はそれを受け取り口に含む。さっぱりしてとても美味しい。糖分が疲れた体と頭に染みる。ふと、ディナンが外した栓に目がいった。ワインにお馴染みのコルクだ。

 

 (あれ、コルクって家の断熱材に使われていたよね。ハウスメーカーに就職した幼馴染がやたら説明してきたんだよね)


 「これ……使えないかな」

 「え?ぶどうジュース?」

 「コルクです」

 「あぁ、これ?この木を?」

 「ディナン様!!」

 「おわっ」


 私は勢いよくディナンへ詰め寄る。先ほどの肖像画はすっかり忘れていた。


 「このコルク、いえ、ぶどうジュースはどこの特産ですか?そこでコルクが取れるのでしょうか?」

 「これは、アップルトン辺境伯領地の特産だよ。海もあってとても綺麗なとこだ」

 


 早速、アップルトン辺境伯領地からコルクの資材を取り寄せた。ちょうど、夏季休暇に入るところだったので、スコット伯爵領に帰り試作することにした。

 炭化コルクは前世でも環境に優しい断熱材として使われており、防湿、防音、防虫に優れ100%天然素材で出来ているものだ。昔は冷蔵庫などにも使用されていたはず。

 クリスタは今は使われていない焼却炉にコルクを詰め火魔法で蒸し焼きにしそれをブロック型に詰め固めた。

 それでクーラーボックスを作り試作した結果、保冷効果があった。早速、クリスタは父へ報告し、コルクを大量に取り寄せて貰い、炭化コルクを使用して領地用の冷凍魔道具まで作った。


 「そういえば、貴族は冷蔵魔道具があるけれど、平民はどうやっているの?」

 「お嬢様、私達の領地は他より涼しいため夏でも食料が傷むことは少ないです。それでも、地下を作ってそこに保存しています。ですが、南の方はもっと大変だと思いますよ。聞いた話では、同じように地下倉庫や粘土土を利用した蔵などに保管しているみたいですよ」


 (なるほど。庫内が涼しくなるように工夫されているのね)


 冷蔵魔道具は平民には手が出せない高級品である。きっと、成功すれば需要も高まるし、クーラーボックスを応用して家庭用簡易氷室もできるかもしれない。


 「……氷室……そうだ!氷室よ」


 前世では電気のない時代でも氷を夏まで保管する氷室が存在しており、その断熱のために藁や茅が使用されていた。ここには、小麦もあり藁は肥料やエサにもなるほど有り余っている。

 炭化コルクだけでは物足りないし、コルクは調湿性があるけれど、実際どれほどその性能があるか分からない。

 氷室は藁や茅についた水滴が蒸発する気化熱で周囲が冷え、氷が解けなかったと考えられている。なので、冷凍品を覆うように藁を敷き詰め被せれば、水滴が出ても藁を変えるだけでいい。

 ということで、私は藁を集めて木箱の外側を竹籠のような見た目になるように綺麗に並べて重ねて覆った。そして、木箱の一番内側に、藁を敷き詰めて出来たのが、名付けて氷室ボックスである。


 夏季休暇が終わり王都に帰ると同時に、完成させた氷室ボックスにバターやバタークリーム(領地で取れる甜菜糖みたいな砂糖とミルクで作った)を入れて運んだ。結果、驚く事に、魔石無しでも保冷機能は抜群だった。





 クリスタはそのバターとバタークリームを使い学園の厨房を借りて菓子を作った。それを食べたディナンは目を丸くする。


 「これは美味しい。僕の領地でもバターは取れるが品質管理が難しくてすぐに料理とパンに使うんだ。それにあまり美味しいとは思わない。これを食べると、ここ王都のオリーブ油脂の菓子だと物足りなさを感じるね」


 男性のディナンにも好評みたいだ。

 クリスタはそんなディナンを見て、ディナンの生まれはどこなのか気になった。だが、聞くことはしない。

 以前、たまたま見た肖像画。あれはディナンの家族だ。家族の肖像画を大事に持っているのに、魔法学研究にのめり込むのは何か理由があるだろうし、人には言いたくない事もあるのだから。


 あの時はコルクに気を取られていたが、既婚者だったことに驚いたものだ。ディナンは見た目が若く見える。いつだったか歳を聞いたら24歳だという。

 あの肖像画を思い出すと、胸がチクリとした。だが、前世で例えると、上司が一緒のプロジェクトを成し遂げる上で何かと気にかけてくれて、面倒見の良い一面にときめく、そんな感じだ、と自分に言い聞かせた。

 


 「君は何も聞かないんだね」


 氷室ボックスの試作も終わったため、研究室に籠ることもないだろうと、ディナンへ協力のお礼をした時に言われた。


 「えっと……あの肖像画ですか?」

 「そう」

 「……あまり触れてほしくなさそうだったので。人には言いたくない秘密もありますから」

 「僕は君の秘密を無理やり聞いたのに」

 「え、あれは、素材欲しさに負けた私も悪いのです」

 「……君は優しすぎる」

 「そうでもないですよ。ダニエルに対してはひどい扱いです」


 ディナンがわずかに顔をしかめた。


 「家族思いなところとか。君の家族になれたら幸せだろうね。その反面、不誠実なあいつは君に相応しくない」

 「肖像画を持ち歩くディナン様こそ、とても家族思いではありませんか」


 羨ましいです、とぼそっとクリスタは呟いた。そうなのだ、家族を想う気持ち、当たり前な事が、クリスタは結婚してもダニエルに対してできないかもしれない。それがとても寂しかった。


 「僕の家族は……既にこの世にはいないんだ」

 「え……」

 「突然ごめんね。でもなんだか君には話してもいいかなって。家族を大事に思っている君を見ていたら話したくなったんだ」


 ディナンの家族、つまり妻と娘。事故で亡くして5年ほど経つらしい。突然、幸せな時間が終わり一人になった孤独と絶望感。5年経った今でも思い出すのが辛いのだそうだ。だから、研究に没頭した。


 「当たり前じゃないですか。愛する家族を失う辛さは計り知れません。忘れる事などできませんよ……奥様と娘さんとの大切な時間をディナン様が忘れなければ、思い出は失う事はないのですから」


 瞳を揺らすディナン。

 クリスタは喉が締め付けられるように苦しくなり俯いた。前世の家族を思い出し辛くなったのは事実だが、それだけではなく、ディナンに想われる家族が羨ましく、自分が入る隙もない事実がとても切なかった。





 本格的な冬に入る前に、王都で話題を持たせるため、クリスタは父へ手紙を書きバター等を届けさせた。「人遣いが荒い」という手紙となぜか、ナタリアと共に。

 

 「お姉様、王都は暖かいのね。私がどうしても行きたいとお願いしたの。社会勉強よ。はい、これが荷物よ。凄いのね、この箱。本当に溶けるのが遅いんだもの。あ、お父様が早めに連絡しなさいって言っていたわ。なんだか、コルクの仕入れのためアップルトン領主とやり取りで忙しいみたいだわ。お姉様、私、王都まで出て来たの初めてなのだけど、とっても楽しい旅だったわ。色んな人に色んな物があるのね」


 そうナタリアは頬を紅潮させ興奮気味に語る。ナタリアは領地で炭化コルクとバタークリームの製造をナタリアの指導のもとに行っている。

 ナタリアなりに領地のため平民と交流を広めているみたいだ。それに、防犯ブザーの効果あってか、ダニエルに脅かされる心配も少なくなった。

 家に引きこもっていた頃に比べ、明るくよく喋るようになっているのが嬉しい。





 あっという間に冬になり社交シーズンに入った。私が学園の女の子達へ菓子を振る舞い(特にバタークリームが人気だった。ただ食べ過ぎには注意だが)話題を持たせたことが働き、社交の場で父は学園に通う生徒の親から菓子の秘密を聞かれたらしい。

 あらかじめ相談していた通り、父はバターとそれを可能にした氷室ボックスについて語る。勿論、コルクと藁に関しては伏せて特別な魔道具として説明した。まだ独占していたいからね。

 皆、取引したいと口を合わせて言ったらしい。それはウィンダム侯爵も例外ではなく、その秘密を聞きたがった。父は頑なに口を閉ざしていたのだが、「愚息にもそろそろ女遊びはやめないかと諭したのだ。この冬は良き婚約者として過ごしてほしいものだな」とまで言われ、そろそろ侯爵の相手も疲れてきたところで、「魔道具に関してはクリスタに一任していますので、実の所、その仕組みは詳しく分からないのです」と投げたらしい。

 

 その結果、今私の目の前にはあらゆる宝石を持参し面会に来たダニエルがいた。


 (お父様、いくら忙しくさせたからって、丸投げはひどいわ)


 「クリスタ、そろそろ研究について僕に話してもいいんじゃないか?あと少しで卒業だ。そしたら夫婦になるんだよ、隠し事なんてひどいじゃないか」


 ウィンダム侯爵にきつく言われたのか、ダニエルは表情も口調もイライラを隠せずにいた。


 「それに君もあの教員と恋愛事ができて気が済んだろう?しかし、生徒に手を出す教員なんて即刻辞めさせるべきなのに」


 秋に入ってから、私とディナンが恋仲だという噂が回った。出所はダニエルだと思うがそんな事実は全くない。そのため、噂が出始めた頃からディナンとは会ってない。そもそも、他の人も出入りする研究室でしか会ってないし、それを見ている他の生徒もいるので、それがデマだと噂はひとまず落ち着いた。

 

「はぁ、要件はなんでしょうか」

「本当に君は、どうして僕がこうして会いに来ているっていうのに喜びもしないんだ」

 「単刀直入に言いますが、魔道具について話すことはありません」

 「結婚すればいずれ知ることだろう?」

 「結婚すればですね」

 「……まさか、この婚約を無かったことにする訳じゃないだろうね」

 「そうであれば何なのです?あなたの場合、喜ぶ女性はいくらでもいますでしょ?」

 「そんなことできない。侯爵家である我が家相手にできるとでも?」

 「好きでもない女と結婚せずに済むではないですか」

 「これは政略結婚だから、好きでもない相手との結婚なんて当たり前じゃないか。そんな子供みたいな事まだ言っているのかい?」

 「政略結婚だからこそ、相手を思う誠実さが何より大事なのです。何をしても許されると思っているあなたとは上手くいきません」

 「はぁ、クリスタ。貴族として生きるなら我慢しないといけないこともある」

 「それは、そっくりそのままお返しします」


 暫くダニエルと睨み合っていたが、ダニエルが今日は帰る、と言い面会室を出て行った。


 ダニエルが帰ってからクリスタは溜息を吐きながら寮へ帰った。政略結婚だからこそ、お互い誠実でなければ必ずボロが出る。既に最初から上手くいってないじゃないか。

 

 そんな事を考えて学園を移動していたら、遠目にディナンが生徒と話しているのが見えた。久しぶりな事もあり、話しかけたい衝動に駆られたが辞めた。

 辺な噂で迷惑をかけてはいけない。とても胸が苦しいのは、ディナンに惹かれているからだ。軽口を叩きながらも、さりげなくフォローをしてくれる優しさに触れたい。素直にそう思ってしまい、否定する元気もなかった。

 

 学園内で卒業生たちが残りの学園生活を楽しんでいる。これから結婚する者、就職する者、領地へ帰り実家を継ぐ者それぞれ胸に期待や希望を乗せ、友人と楽しげに語り合っている。皆、それぞれ胸の内に、人には言えない悩みを抱えているのだろうか。それでも、貴族として表に出さずに過ごしているのだろうか。

 私は、政略結婚が当たり前のこの社会で、婚約解消を目標に突っ走ってきた。でもそれは、貴族として生きる上で正しいのか、本当は自分の我儘ではないのか考えてしまい気分が沈んでいた。


 自分の恋心を自覚すると、もし、結婚相手が、自分の惹かれる相手だったらどんなに幸せだろうか。その幸せさえ感じられない自分の人生が惨めに思えてしまった。

 溜め息を吐きながら、寮へ帰りダニエルが置いて行ったアクセサリーの宝石を見る。無色透明の宝石が付いたものだ。私は手に取り光にかざした。キラキラしていて綺麗だ。

 これは、もしかしたら婚約解消のため、使えるかもしれない。念の為だ、保険は必要である。私は再び、魔法学研究室に籠ることにした。





 卒業パーティまで残り一ヶ月ほどに迫ったところ、ダニエルよりドレスが届いた。ダニエルの目と同じ色の薄いブルーのドレスだ。こんな所にも婚約のしがらみがあることに辟易した。どうせなら自分の好きなドレスを着たいわ。


 クリスタは父と今後のバター販売について手紙でやり取りした。忙しくしていれば嫌な事も忘れる。

 父より、「婚約解消についてはウィンダム侯爵がバター販売の取引を希望していて、卒業パーティの翌々日に行う予定だ。それまで、勝手なことはくれぐれもするなよ」という文面があった。ダニエルと口論になった事は仕方ないよね。


 卒業まで、残り少し、そんな私に意外な訪問客が訪れたのであった。





 卒業パーティは貴族の仲間入りとする意味があるので王城で行われる。私は王城へ入りホールを目指した。

 ホールへ向かう間に、驚くことにナタリアがいた。

 

 「お姉様から来てもいいって、侍女が準備してくれたの」

 「え?そんな伝言してないわよ」

 「ええ?そうなんですの?どこかで間違えたのかしら?でも、私、こんな華やかな場所初めてだから凄くわくわくしてますの」

 

 ひょこひょこ杖をつき、歩くナタリアに視線が集まる。


 「ナタリア、大丈夫?」

 「お姉様、そんなに気にしていたら私ここには来てませんわ。お姉様の晴れ舞台の方が大事です。あ、お父様は少し遅れて領地を出ると仰っていました」

 

 ナタリアは周囲の視線にはお構いなしだ。


 「お姉様。私、領地で活動して気付いたのです。こんな人達の中で窮屈に生きるより、私は自由に過ごしたいって。領民達の中はとても居心地がいいのです。だから、ここは私の居場所ではないですから、全然気にしてませんわ」


 そう明るく言うナタリアにクリスタはうるっときた。ここまで逞しくなって、領民に感謝したい。


 ホールに入ると、学生達は最後の夜を楽しんでいた。皆、目一杯オシャレして来たのが分かる。キラキラしているのは、付けている宝石なのか、若い者達の溢れる喜びなのか。

 背後でどよめきが起こり振り返ると、王太子殿下とその側近達が入って来た。令嬢達の歓声があがる。

 

 「あぁ、素敵だわ。王太子殿下にお目にかかれるなんて。最高の卒業式よ」

 「隣にいるのはグレントン子爵様かしら?私は彼の方がタイプだわ」

 「一番は騎士様よ。一度でもいいから騎士の誓いをされてみたいわ」


 あっという間に人だかりができて、令嬢達の囁きだけが聞こえる。

 うっとりと話す令嬢から離れつつ、ナタリアがいない事に気付きホールを見渡す。その時、「クリスタ」と手を引かれた。

 ダニエルだ。そのままホールの外へ連れ出される。


 「クリスタ、君どういうつもりだい?なぜ、僕が送ったドレスを着てないんだ?」

 「あら、あのドレスは私には似合わないと思いまして。それに、既に準備をしていましたもの……卒業パーティーくらい自分の好きな格好をしたいですわ」

 「どこまでも我儘だね、君は」

 「何とでも言って下さい」

 「こんなに、思い通りにならない女は初めてだよ」

 「人には好みってものがありますからね。残念ですね、あなたは全く私のタイプではないのです」

 「だからかな、そこまで強情な態度を取られると僕のプライドが許さないんだ」

 「何を言って……」


 気付いたら口を布で覆われて、ふらっとした私をダニエルが抱える。


 「無理矢理にでも従わせたくなるんだ。君が悪いんだよ」


 そうダニエルが囁く声が遠くで聞こえた。

 

 


 目が覚めるとクリスタはベッド上にいて。側にはダニエルが座っていた。


 「あれ、起きるの早かったね」


 クリスタは慌てて起きようとするが、ダニエルに封じられる。そして、ダニエルは小瓶を口に含むとそのまま、クリスタに口付けた。

 ごくんっと甘い液が喉を伝う。


 「こんな馬鹿なことしていいと思ってるの?」

 「婚約者なのだし、君は卒業だ。夫婦になる男女が少しハメをはずすだけだよ」

 「あなたと私はもう婚約者ではなくなるわ」

 「……なんだって?」

 「既に婚約解消をウィンダム侯爵様に了承得ているもの。後は、父が婚約解消届を提出するだけ。もう提出された後ではないかしら?」

 「まさか……いったい」


 ダニエルが動揺する。

 私は時間を稼ぐため話し出した。きっと、私がいない事にナタリアか父が気付き探すはずだ。




 〜〜〜先日の学園にて〜〜〜


 

 意外な訪問客はウィンダム侯爵であった。ウィンダム侯爵は、私のバター販売事業の秘密を聞き出すべく学園まで足を運んだのだった。


 「まさか、侯爵様がわざわざ、私に会いに来られるとは思ってもいませんでした」

 「息子の婚約者にただ会いに来たとは思わないだろう」

 「……バター販売についてですね」

 「左様だ。スコット伯爵に聞いても口を割らなくてね」

 「それでも、卒業後に商談を行う予定ですよね?」

 「そうだ。しかし、スコット伯爵が言ったのだ、この件に関しては君に一任していると。だから、直接聞きに来た。それに、君が何の目的のために行動していたか、それくらい把握済みだ」


 私一人だったら、丸めこめると思って来たのかしら。でも、目的を把握済みなら話は早い。


 「……ご存知なら、取引次第では私の願いを聞いて下さるという事でしょうか?」

 「当然。まぁ、婚約解消より利益があると分かればの話だがな」


 このチャンス逃すまい。

 お父様、勝手なことしますが、これは不可抗力ですからね。


 ーーー


 「では、バターの価格はこれでどうでしょう?」

 「まぁ、ここが妥当であろうな。まさか、これだけではあるまい?」

 「勿論ですわ。加えて、バターの生産はうちですが、ウィンダム侯爵領にも店を設けるのはどうでしょうか?ウィンダム侯爵領は宝石店など町が栄えています。何もない丘の上にあるうちより、そちらの方が、客や商人も足を運びやすいのではないかと思ったのです」

 「ほう、利益がうちにも入るということか」

 「はい、利益の何割そちらへ入れるか今後の話し合いによりますが」

 「悪くはないな。だが、それなら婚姻は尚更結んでいた方が良いとは思わぬか?それに、そうだな、それを運ぶ箱の秘密についてまだ聞いてない」


 ウィンダム侯爵が意地悪く口角を上げ私を見る。氷室ボックスは仕組みを知れば、容易に真似できる。まだ今は独占していたい。


 「氷室ボックスについては、まだ改良していくためお教えできません。それに、私とダニエル様の仲が険悪な今、婚姻がない方が良いパフォーマンスが発揮できると思います」

 「婚約がなくなり、逆に険悪な関係になる可能性もある」


 やはり手強い。しかし、ここで諦めてはこれまでの努力が水の泡だ。私は別に用意していた最後のカードを切る。出来れば、使いたくなかったけど……。

 私はある宝石を取り出して見せる。


 「これは……うちの鉱石か?」

 「ええ、ダニエル様に頂いたアクセサリーです」


 ウィンダム侯爵は目を瞬かせまじまじと見る。それもそのはずだ、もとの宝石より光り輝いているのだから。

 私はダニエルより貰った宝石が、前世でいうとダイヤモンドと気付き、魔法で何度か試してカットし、より輝きを増すようにしたのだ。

 前世でもダイヤモンドの歴史は長く、一番古いカットは正四面体が上下にあるポイントカットというもので、ここの宝石もそれと同じであった。

 ダイヤモンドの原石は無色透明で、いかに光が反射するかを考えカットするかで、その輝きは違ってくる。重さ大きさより職人の腕なのだ。

 

 前世で妹が自慢げに婚約指輪を見せてきて、「これは、ラウンド・ブリリアント・カットという物で光学的に最高に輝きが出るカットなんだ。特殊な状況下でハート&キューピットが観察できるらしいよ。見て、光が反射して綺麗じゃない?」と話していた。なんだそれ、と思って妹とネットでダイヤモンドについて検索した経験が活かされるとは。


 「こんなに、あれが輝く物なのか」

 「この鉱石は、ある性質があります。それを、利用すれば輝きはより一層増すでしょう。しかし、逆にその性質はデメリットにもなります」


 私の手の中でダイヤモンドがいとも簡単に割れた。


 「……このようになります。これは、わたしが魔法学の研究で気付いたのです」


 前世の知識からであるが、ここはそう言っておこう。

 ダイヤモンドは炭素の共有結合から高い硬度を持つ。そのため、傷は付けにくい。だが、壁開面という結びつきが弱い部分を利用しカットすれば、輝きを作れる反面、ある一定方向からの衝撃が弱いので、ぶつけたり落とすと割れる。それを利用すると、私の魔法でホロリなのだ。魔法って凄い。


 「それで、もし、婚約を解消せねばうちの鉱石の全てを石クズに変えるとでも?」

 

 ウィンダム侯爵の雰囲気が一気に変わり、纏う空気が凍りついたようだ。


 「そんなまさかです、侯爵様。私はダニエル様の不貞と態度は許せませんが、ウィンダム侯爵領の人々を恨んでまでいません。私のせいで領地民が生活に困るなんてしたくありませんもの」


 領民の仕事に影響が出るような横暴な事はしたくない。民に落ち度は全くないのだから。

 

 「ですが、このまま結婚してダニエル様が再び、私の逆鱗に触れるような事をした時には、私も怒りに任せて……なんて事もあり得るかもしれません」

 「ほう。この私を脅すのか」

 「いいえ、これは取引です、侯爵様。ダニエル様が改心して結婚後も私の逆鱗に触れずに過ごす事ができる可能性を取るか、それとも、今、婚約解消をして頂き、バター関連の事業に加え、私が持つ鉱石の性質を活かした加工方法を職人に伝授するか。どちらが領地のためになるか、侯爵様ならお分かりではないでしょうか」


 背中に汗が伝う。


 「ふっ、はははは!」

 「!?」

 「面白い。息子が馬鹿でなければ良かったのだがな。いや非常に惜しい」

 「あの、侯爵様?」

 「よかろう。この取引で決まりだ。君の願いを叶えよう」

 「!!あ、ありがとうございます」


 やった!


 「婚約解消した方が利益があるのだ。役立たずの人間は必要ない。私は生粋の貴族だからな、能力主義なのだ」

 

 そう言ってウィンダム侯爵様と婚約解消と取引の誓約書を交わしたのだった。



 〜〜〜



 「ま、まさか、そんなはず……」

 「だから、婚約者でない私にこんな手段で手を出したら、あなたはただの犯罪者よ。何も知らされてないのね」


 次第に手先に力が入らなくなってきた。ダニエルの表情が驚きから怒りへ変わっていく。

 

 「そんなに僕が嫌なのかい?」

 「当たり前じゃない。女性を物としか思ってないのかしら。こんな事しかできないなんて」

 「そう。じゃあ尚更君はここで僕に抱かれるべきだね。婚約解消が意味なくなるように。あぁ、そうだ、ナタリアも今頃、傷物にされているだろうね」

 「なんですって!?ナタリアをどうすると言うの!!」

 「あんな足でのこのこ来てしまって……可哀想に。これで、自分達の立場を理解するだろう」


 ダニエルが私の頬を撫でる。


 「あなたが呼んだのね」

 「言っただろう?君達は僕と結婚するしかないんだよ」

 「どうしてそこまで……あなたなら他にもいるでしょうに」

 「なんでかな、ここまで強情にされると手に入れたくなるんだよ。素直に従っていればいいんだ」


 そう言って私のドレスに手をかける。抵抗したいのに身体に力が入らない。このままダニエルに抱かれて結婚する未来しかないのか。いや、こんなクズな事しかできない奴と結婚なんてごめんだ。


 ダニエルの手は止まらない。

 お願い、誰か……


 なぜかディナンを思い出した。

 クリスタは必死に考える。自分にしかできない魔法を。何か、何か方法があるはず……。

 ダニエルの手が素肌に触れてぞわっとする。


 そうだ、異物を取り除けば……

 私はイメージしながら魔力を自身へ流した。ゆっくりゆっくり、身体の代謝を上げ、肝臓と腎臓の血流を良くし解毒作用を高める。首筋にチクリと痛みが走りみじろぐ。


 動いた!

 よし、今ならいける!


 クリスタは思いっきり足を振り上げた。

 その瞬間、斎藤くんを思い出す。ごめんっ!

 

 「うっ!!」


 思ったより力が入ってなかったが、効果は抜群だった。ダニエルが股間を抑えて縮こまる。そんな様子を見て、少し罪悪感が出た。でも、こんな手段しか思いつかない奴なんて、使い物にならなくなればいいんだ。


 「あなたがそう出るなら、私も手段を選ばないんだから」


 そう言ってベッドから降りようとしたら、部屋の扉が勢いよく開いた。


 「クリスタっ!?」

 「ディ、ディナン様!?」


 ディナンが部屋へ入ってくる。私を見て、そして丸くなったダニエルを見る。なんとなく事情を察したのか、ほっとした表情をし、その後顔をしかめた。


 「君ってさ、自己処理能力高いよね」

 「え?褒めてます?……というか、どうしたのです?その格好……」


 ディナンはきちっと礼服をきこなし、いつもはねていた髪は綺麗に解かれていた。そして、眼鏡がないから、優しい目元がはっきり分かる。

 王太子殿下の側にいた人……ディナン様だったのね。


 「君の魔力を感じたんだ。僕を呼んだのかい?」


 あの時、思い出したから無意識に魔力を放っていたのか。


 私に自分のマントを掛けてギュッと包んでくれる。そんな行動にときめく。私達を見て、ダニエルはうずくまったまま言った。


 「やっぱりできてるじゃないか」

 「君の頭の中はどうなってるんだ?レディに親切にするのは当たり前だろう?」


 そうこれはディナンの気遣いであって好意ではないからときめくな自分。

 けれど、ディナンは私を覗き込み、両手で顔を包んで「顔色は悪くないね」と、顔を左右に向けながら言った。子ども扱いしないでよ。でも、そんな行動にもドキドキしてしまう自分が悔しい。


 「これは……神経作用薬?治療以外の使用は禁止ではないか」

 

 小瓶を手にして香りを嗅ぐディナン。


 「あなたには関係ない」

 「関係なくはない。馬鹿な事をしたものだ、しかも王宮で問題を起こすとは。覚悟するんだね」

 

 そう言ってディナンはダニエルを拘束し、騎士を呼ぶ。


 「な、なんだ。これは!僕に触れるな。侯爵家の者だぞ、無礼だ」


 と喚きながら連行されて行った。


 私とディナンは無言のまま見つめ合った。ディナンがすっと視線を外し言う。


 「ごめん、驚かせたね」

 「びっくりしました……王太子殿下の側近だったのですね」

 「ごめん、隠していたわけじゃないよ。外部講師も僕の仕事の一環で」

 「これも仕事の一環だと」

 「まぁ、事情があって」

 「事情……?」

 「うん」


 何か話そうとしたディナンだったが、何やら城のどこかで騒ぎがあったのか、遠くで騒々しくなっているのが聞こえた。

 

 「そうだナタリア!!探さないとっ」

 

 私は焦って部屋を出ようとしたところ、ディナンに止められ、首元に手を当てられた。じんわりと温かくなった。


 「ちょっと治療を、ね」

 「え、あ、ありがとうございます」


 なんだか、こそばゆいな。

 私は走り出す。ナタリアが心配だし、ディナンの行動にドギマギするしで、感情がごちゃごちゃだ。

 中庭に出る。城から光が漏れ、ほんのりと庭を照らしていた。恋人だろうか。あちらこちらで寄り添って密かに甘い時を過ごしているのも構わず、走る。

 どこをどう探せば……さっきの喧騒はナタリアかしら。



 「お姉様!!」

 「ナタリア!?」


 振り返るとナタリアが、騎士にお姫様抱っこされていた。そして、杖を私の方向へ向けて「あっちです、騎士様」と誘導していた。

 ディナンはその様子を見て、「君たち姉妹って逞しいな」と感心する。


 「ナタリア!良かった、どこにいたの?」


 私は騎士に下ろされるナタリアを待ち、抱きしめた。


 「お姉様、私も探したのです。でも、少し疲れたので中庭で休憩していたら、男の人に声をかけられて……なんだか分からない内に部屋に連れられそうになったので、あのブタの人形を使ったのです。そしたら、警備員と騎士様が来てくれて……本当に騎士様にはお世話になりました」


 そう言って、ナタリアは騎士にペコリと礼をした。あれを使ったのか、王城で。いや、ナタリアがちゃんと持っていて良かった。

 ディナンが「ブタの人形?何それ」と詳しく聞きたくてうずうずしていたが、城からこちらに王太子殿下が向かって来ていたため、ディナンは口を噤む。

 私とナタリアは王族への礼をとる。


 「ディン、其方はなぜそう勝手な行動ばかりするのだ。叔母上が其方を私の側に置いて、しかと見張るように言っている意味がないではないか」

 「ルイ……あ、いや王太子殿下、申し訳ございません。どうしても緊急事態でしたので……」

 「其方の謝罪は聞き飽きたぞ……この騒ぎはそこのご令嬢も関係していると見る。先程、連行されていたウィンダム侯爵令息もだろう?ひとまず、事情を聞こう」


 そう言うと王太子殿下は歩き出す。

 

 ディナンはこそっと「ひとまず僕について来て」と言い、気まずそうに目を逸らした。叔母上って?

 ただ、ディナンの行動を見張るために側近に置かれているなんて、ほんとにディナンらしい。中身はいつもと変わらないディナンで、なんだか、安心した。


 



 あれから、騒ぎの原因である私達(主にダニエルだが)は両家当主を呼び、事情を聞かれた。既に婚約解消の手続きは終えており、ダニエルは違法薬物の使用と強姦罪未遂の処分として、ウィンダム侯爵家から除籍された。

 婚約解消の時点では、まだ婿入り先を探せる可能性もあり貴族として生きる道も残っていたが、罪人となった彼をウィンダム侯爵は躊躇なく除籍した。


 「そんなっ、父上!僕を見捨てて、クリスタの言う通りにするのですか!?」

 「能力もない上に、己の立場を理解しない愚か者は必要ない」

 「父上……でも、僕はあなたの息子なのに、こんな簡単に縁を切ったしまえば僕は……」

 「遊びはやめて立場を弁えろと言っただろう?我が家に理解力が低い者は必要ない」


 と言われ、ダニエルは悲痛な表情で項垂れた。今後、彼の人生は過酷なものとなるだろう。





 騒ぎの後処理も終わり、私は領地に帰る時が来た。その前にディナンと話す機会があったので、彼の事を聞いた。

 

 ディナンはアップルトン辺境伯の長男として生まれ、跡継ぎとして育った。魔術の才能がありそのまま研究者か魔術師になりたかったが、長男として生まれたしがらみからは逃れられず、夢は諦め結婚した。それなりに幸せな生活を送っていたが、妻と子を亡くしてからは、何にもやる気が起きず絶望の日々を過ごした。それを見ていた弟に、魔術師として生きる事を勧められて、今に至ったのだ。


 「実家は弟が継いた。今の僕は弟ありきなんだ……好きな魔法と研究に没頭できて、やっと絶望から抜けられたんだ。弟には感謝している、こんな不甲斐ない兄でも理解してくれたから。それで、僕は一代限りの子爵位を頂いて、王宮魔術師として働いている。アスターは僕のミドルネームで、グレントンが子爵名だよ。本当は学園で講師と研究をしていたいけど、のめり込む僕を両親が危惧して、王太子殿下の側近としても働いている」


 アップルトン辺境伯の先代に国王陛下の妹が降嫁しているから、王太子殿下とは従兄弟になるのか。


 「ふふっ、ディナン様のお守りを王太子殿下がなさってるのですね」

 「そんな風に言うなんて、ひどいなぁ。でも、まぁそんな感じ」


 そろそろ時間だ。


 「ディナン様……色々とお世話になりました」

 「僕は何も。むしろ、僕が感謝するべきだよ。君のおかげで生きるのが楽になったから……家族を思い出して辛いと思わなくなったんだ。ありがとう」


 少しでも力になれたのなら良かった。私はディナンを見つめる。


 「お身体に気をつけて下さいね。研究ばかりして王太子殿下にご迷惑をおかけしてばかりでは駄目ですよ」

 「分かってるって。君にまで言われるようになるなんてね」

 

 私とディナンは声を出して笑った後、見つめ合った。

 ディナンが私の頬に指先で軽く触れ、すぐに手を引いた。もっと触れてほしいのに。


 それじゃあ。

 そう言って、ディナンが差し出した手を見つめる。この手を握ったらお別れだ。ディナンは王都で、私は領地でそれぞれ、すべき事がある。


 ゆっくりと握手して離れた手。

 

 私は泣きそうになり、その顔を見られたくなくて背を向けたのだった。


 



 あれから、半年、バター販売とウィンダム領地での店舗展開、鉱石の加工技術事業で忙しくしていた。それも落ち着いた所に、最近やたら父に呼ばれるのだ。言われる事はいつも同じこと。


 「クリスタ、そろそろ結婚を決めなさい」

 「お父様、私も縁談を待ち望んでいますし、早く結婚したいのです。なのに、なぜかしら。どうも私を是非ともと言ってくれる心広い殿方が現れないのです」


 どこに目が付いているのかしら、とクリスタは首をかしげる。お父様は溜息を吐く。

 

 「お前のそのピーチクパーチク言う性格のせいではないのか?」

 「嫌ですわ。ピーチクパーチクって、小鳥のさえずりのようで可愛いじゃないですか」

 「貴族令嬢とはなんぞやと習わなかったのか。淑やかに慎ましく男の後ろで男を立てろ。それがお前のなるべき姿じゃないのか?」

 「お父様、時代はもう、れいわです。女は男の横に立つべき時代です」

 「れぇわぁ?何だそれは」

 「あら、私ったらごめんあそばせ。とにかく、私は私を受け入れてくれる方と結婚致しますので。ご心配なさらず」

 「そう言い続けて、もう何度、縁談を断っているか分かっているのか!?」


 そんなお父様の声を後ろに聞きつつ、早足で執務室を後にした。

 

 「お姉様、またお父様のお説教ですか?」

 

 部屋に戻るとナタリアがいた。


 「お説教という娘とのコミュニケーションよ」

 「お父様、血圧上がって倒れないか心配」

 「大丈夫、毎朝、オニオンスープ飲ませているから心配ないわ」

 「その医学的根拠はあるの?本当?お姉様のアイデアはどれもトンチンカンね」

 「そのトンチンカンも私の言葉よ」

 「ほんと、お姉様ったら」


 ナタリアは呆れたように笑う。今日もお父様の小言が聞けて、ナタリアの笑顔が見れただけで幸せだ。

 今、私は燃え尽き症候群なのだ。婚約解消を成し遂げ、その後、各事業を進めてやっと落ち着いた。走りっぱなしで今はやる気もない、そっとしていてほしいのに。 

 

 (まだ、忘れられないのよ)


 ダニエルの一件後、ディナンとは会ってない。それもそうか。会う理由がないもの。

 それに、私は跡継ぎで婿を取らねばならない。王族の血筋のディナンがこんな辺境の貧乏領地に来るなんて、そんな期待は全くしていない。ただ、結婚はもう少しだけ、待って欲しい。この恋心が消えるまで、それまで彼を密かに想っていたい。

 そんな私をナタリアは心配そうに見た。ナタリアはウィンダム領地の店舗で店員として働いている。最近、王城で助けてくれた騎士がやって来て、デートの約束までしたらしい。


 「ナタリア、あの騎士様はどうなの?」

 「ふふ、お姉様。それ聞くの?凄く長くなるわよ」


 ナタリアは楽しそうに話し出した。こうやって休みの日には帰って来ては家族で過ごす日常がある。

 それだけで、十分幸せなのだから。





 「クリスタ、明日、縁談相手が来る。そこでもう決めなさい」

 「お父様、期待はしないで下さいませ。なんてったって、何度も縁談を断られている女ですもの」

 「お前が、断っているんだ。全く」

 

 ぶつぶつ言う父に、私はまた軽口を叩き部屋を追い出された。私はそんなやり取りが好きだから、もう少し結婚しなくてもいいかな。


 



 そう思っていたのに。


 「どうして」

 「久しぶりだね。見ないうちにやつれたんじゃないか?」

 

 目の前には、何度も夢に出てきたディナンがいた。幻か、ついに恋焦がれすぎて幻を見ているのか。


 「クリスタ?どうしたの?」

 「どうしたのはこっちのセリフですよ。ディナン様は何用ですか?」

 「ふっ、君の家族になりに来たんだよ」

 「ッえ!?」

 「びっくりしたよね、ごめん。せっかく、自由に相手を選べるのに、僕みたいな男、やっぱり嫌だよね」

 「そ、そんなこと……だって、ディナン様は今でも家族を愛していて、王族の血筋でこんな田舎の貧乏領地に来なくても。それに、爵位だって」

 「王族って言ったって直系ではない。子爵位だって一代だけだ。だから、結婚したら君は伯爵に、僕は婿入りだから子爵位は魔術師として活動する時に名乗っても良いことになったんだ」

 

 ディナンは私の手を取った。大きな手、じんわり温かくて心地いい。


 「クリスタ。僕はね、この半年間それはそれは仕事にも身が入らない時間を過ごしたんだ」

 「?」

 「だって、君がもしかしたら婚約するかもしれない。本当は僕が君の隣に立ちたいけれど、こんな寡夫である僕を夫にするわけないから、自分に君を諦めろと言い聞かせていたんだ。だけど、離れてからも君を好きな気持ちは増すばかりで、頭がどうにかなりそうだったよ」

 「え、私が好きなのですか?」

 「そうだよ、僕は君が好きだ」

 「でも、ご家族を忘れられないって。今でも愛してるでしょう?」

 「そうだね、それは忘れられない物だ。だけど、今はもう過去の事として思い出になっている。そして、今、僕の心にいるのは君だから。それに、君と一緒だと家族が辛い思い出ではなく、懐かしい思い出に変わった。なんでだろう、不思議だよね」

 

 ディナンは私の手を包む。私はそんなディナンの手をキュッと掴んだ。 


 「私もあなたの家族になってもいいのですか?」

 「君は嫌じゃないの?思い出とは言っても、僕の中に他の家族がいて」

 「そんな嫌なわけない。私は家族を愛するディナン様を好きになったのです。私も、そんな風に想い想われた家族を作りたいって」


 まさか、本当にディナンと家族になれるの?鼻の奥がつーんとした。

 私はディナンを見る。ディナンが私の頬に触れる。今度はちゃんと、その温もりを感じた。ディナンの手が、髪を耳に掛けて後頭部に回り、顔が近づく。


 心臓の音がうるさい。


 触れるだけの優しい口付け。離れていくのが寂しくて、自分からディナンの首に手を回してもう一度、口付けた。


 「君って積極的なんだね」


 もっとディナンを近くに感じたくて、もう一度、近づく。

 が、ディナンに止められた。


 「ナタリアとお父上に感謝しないとな」

 「ナタリア?お父様?」

 「君が、もえつきしょうこうぐん、とやらで消えそうだってナタリアから手紙が来たんだ。もし、助けてくれるなら、豚の人形の秘密を教えるって」


 ナタリア!なんて取引してるの。


 「それに、スコット伯爵からは、僕を忘れられず縁談を断り続ける娘を貰ってくれないか、とも」


 お父様!知ってたの?恥ずかしいっ……。


 「ほら、そこにいらっしゃるんでしょう?」


 そうディナンが声をかければ、ナタリアがハンカチで鼻を押さえたまま顔を出し、その後ろで咳払いをする父が立っていた。


 ナタリアが鼻を噛み言った。


 「だって……だって一番頑張っていたお姉様が幸せになれないのはおかしいもの。私の幸せはお姉様の幸せよ。だから、好きな人と幸せになってくれないと困るの」


 その後ろで、私の幸せは?みたいな顔をしている父は置いといて。私はナタリアと抱き合った。そして、父を見上げた。


 「こほんっ。まぁ、お前には苦労かけているからな……感謝している」


 いつの間にか家族の形がそこにあった。私の家族とディナンの家族、一緒になれば全員、私の家族だ。

 私は後ろにいるディナンを振り返り言った。


 「ディナン様、これがうちの家族です。是非、私と家族になりましょう!」




〜〜〜〜〜




 「そういえば、ディナン様。この荷物は?」

 「あぁ、これは僕の領地のお土産だよ。ほら、これとか可愛いだろう?めおとふくろうって言うらしい。昔から縁起が良いって言われているんだ。あとこれは……」


 ディナンが見せるものが、なんだか懐かしく感じるのは気のせいではないみたい。


 「きっと、これを作った方は、思い出に囲まれたかったのでしょうね」

 「こうやって、君の笑顔が見れて僕も幸せだ。その人に感謝しないとな。今度、僕の領地に観光へ行こうか。面白い物がたくさんあるから。きっと気に入ると思うよ」


 その言葉に私は胸を期待に膨らませたのだった。


完。

氷室ボックスの効果の程は分かりませんが、それぞれの特性を調べてきっと効果あるはずと思って書いてあります。昔の木の冷蔵庫、どれくらい冷えていたのか気になります。昔の人の知恵って素晴らしいですよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ