表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第1話 マザーズデー・ファーザーズデー

始まりました『はるぶすと』第28段です。

もう初夏は遠くに過ぎにけり~ですが、まあそれは置いといて。

彼らの日常にのんびりほっこり、癒されてください。


 日本では、母の日は5月、父の日は6月と決まっているけれど、イギリスの母の日は宗教上の理由からか日にちは決まっていないのよね。月としては3月なんだけど。

 でも、私は日本に住んでるんだし、5月と6月でいいわよね、と、両親には納得してもらっている。

 あ、椿のご両親にももちろん了解してもらってるわ。


 でね、

 椿の方は、毎年お母様にはお花、お父様にはお酒って決まってるんだけど。


 困るのはうちの父。

 と、たまにma'am、かな。

 父はいつも「なんでもいいよ」と、答えを出してくれないから、ホント困っちゃう。


 で、ma'amはあの通りなので、毎年「これが良いわ~」と、遠慮もくそもなく、高価な物でもなんでも欲しいものをリクエストしてくる。私としてはそっちの方が悩まなくていいから、言ってくれる方が助かるのよねえ。

 でも、ある年に、イギリス流のプレゼントを覚えた母が、

「ねえねえ、イギリスではね、母の日の朝食をベッドまで運んできてくれる、ブレックファスト・イン・ベッドなんて素敵なプレゼントがあるのよお~」

 などとのたまうもんだから、「無理!」と即答したものの、

「ええ~、なんか楽しそうなのにい~」

 と、あらあら、このときは珍しくしょんぼりなんかするんだもん。

 こうなったら仕方がない、鞍馬くんを派遣して、最高のブレックファストを作ってもらおうと、半ば本気で提案したことがあったわ(鞍馬くんに丸投げするところが、私でしょ)


 でもこの提案は、夏樹の大いなる抵抗に遭う。

「なんでシュウさんだけ? ずるいっす! それなら俺も行きます!」

「ええー? ずるいよ2人とも。だったら僕も行きたいなあ」(絶対行きたいなんて思ってない!)

「夏樹……、冬里……」(深いため息)

 と言う経過を経たあと、オーナーと従業員とが一堂に会した円卓会議の結果、旅費の捻出、渡英中の店の管理など、諸問題が山積みのため、この話はお流れとなった。

 まあ当たり前か。でも、懐かしいわね。



 あ、話がそれちゃった。

 言いたかったのは、父へのプレゼント。

 世間のお子様たちは、なんでもいいと仰るお父様に、どのように対処してるのかしら。1度聞いてみたいもんだわ! まったく。

 ……と、憤慨していてもしかたがないと気づいた、とある日曜日。

 私は、椿と共に×市の老舗デパートへ来ていた。



「へえ、俺、このデパートをこんなにちゃんとまわるの、はじめてっすよ」

「いかんねえ、夏樹くん。紳士のたしなみとして、老舗のデパートのことはすべて把握しておかなくては」

 いつものニッコリではなく、チッチッと指を振りながらのたまう冬里。

「はい! 申し訳ありません!」

 姿勢を正して言う夏樹と、横で苦笑いしている鞍馬くんと。

「ねえ、今日は私の父へのプレゼント探しに来たのよ。なんであんたたちまでいるのよ」

「え? お姉さまがあーんなに悩んでるのに、僕たちが放っておくなんて出来るわけないじゃない」

 思わず文句言っちゃう私なんて物ともせず、当然のように答える冬里。

「そうっすよ、口を開けば、父の日~父の日~言ってるんすから」

 夏樹までがそんな事を言い出す。

 そりゃあ言ってたわよ、本当に思いつかなかったんだもん。だから、実際に物を見て決めれば? と椿が提案してくれたから、ありがたくその話に乗って今日があるって訳。

 でも、

 でーも!

「来ちゃったからには仕方がないけど、ぜえーったいに邪魔だけはしないでよね。特にそこの2人!」

 と、冬里と夏樹を交互に指さす私に、夏樹は自分を指さして、「え? 俺? なんで?」とか言うし、冬里は後ろを向いて、ちょうどそこにいた鞍馬くんに「邪魔しちゃダメだよ、シュウ」とか言うし。

 「ムッキー!」

 沸騰しそうな私をなだめるのは、やはり椿。

「……まあまあ。それより、まずは父の日特集やってるんじゃないかな、と思える紳士服売り場から見ていこうか」

 と、彼らから引き離すように、上りエスカレーターへと向かうのだった。



 でもねえ、実は私も、デパートをゆっくり回るのなんて、久しぶりなのよね。

「あ、ちょっとここ見てもいい?」

 婦人靴売り場では、新作のサンダルが私を呼んでいるし。

「わあ、ちょっと! あれが今年のトレンド?」

 紳士服売り場に行く途中には婦人服売り場がドオンと構えている、しかも何階にもまたがっているので、目も足も止められること、止められること。

「またっすかあ」「父の日の買い物っすよねえ」「ねえー婦人服ってどこまで続くんすかあ」とは、夏樹の心の声。

 こんなセリフ、声に出して言おうもんなら、何百倍にもなって返ってくるのが目に見えてるもんね。仕方なく椿にちょこちょこ嫌みっぽい視線を送り、そのたびに、すまん、と椿が見えないところで手刀を繰り出していた。

 冬里は慣れたもので、あちこちの店員さんや奥さま方を手玉にとって? 遊んでいる。

 鞍馬くんは……、まあいつものごとく、ポーカーフェイスね。


 でも、このデパート、老舗にしてはよく考えられていて、そういうお買い物意欲が止まらない奥さまが蝶のようにあちこち飛び回る間、ご主人方がお休みできるようなソファも絶妙の配置で置かれていたりなんかする。

 おかげで、『はるぶすと』の従業員3名と、たまに椿も、私の目を盗んで足を休めることが出来たみたい、フフ、良かった。



 ショップの紙袋を各々の手にいくつか持たされたご一行は、ようやく紳士服売り場のある階に到着する。

 けれども案の定、何が良いのか全然決められないのよねえ。

 私は自分の時とは打って変わって、うーだのあーだの言いつつ、売り場を行ったり来たりしていた。

 そんなとき。

 頭を抱える私に、鞍馬くんがふと聞いて来た。

「そう言えば、由利香さんのお父様は、葉巻を吸われますか?」

「え? ええ、よく知ってるわね!」

「いちど、店に来られたときに、少し、」

「あ、聞いたのね」

「いえ、残り香が感じられましたので」

「!」

 これにはちょっと、いえ、ものすごーく驚いた。

 残り香って……。

 お店に来た時って、以前の『はるぶすと』での話よね。

 でも、あのときって確か鞍馬くんは、カウンターを挟んで父に料理を出したり話をしたりしただけなのに。

「すごい、よくわかったわね」

「葉巻の香りは独特ですので」

 謙遜して言う鞍馬くんのそばから、また余計な一言が。

「うーん、そうじゃなくて~。シュウの嗅覚は警察犬並みってことだよ、ねえ?」

 そのセリフに眉根を寄せる鞍馬くんを見た冬里が、チロッと舌を見せて言った。

「あ、怒らないのシューウ。だって僕も気づいてたよ?」

「ええ?!」

「まあ僕は由利香の部屋で握手なんかして、近くにいたからかもね」

「あら、そうなの?」

「そうなの」

 フフン、と微笑んだ冬里はもうすでに違うことに感心を向けている。


「で? 由利香のおとうさまが葉巻を吸うことに、なにか問題でもあるの?」

「……」

 切り替えが早い冬里に、鞍馬くんはちょっとため息などついたあとで話し出す。

「毎年悩まれるのでしたら、いっそのこと毎年葉巻を送られてはいかがですか? お父様が銘柄などにかなり凝っておられるなら別ですが」

 あ、そうか!

「そうか~その手があったか~。そう言えば椿のお父様には毎年お酒だったわね~」

 感心していると、椿があきれたように言ってくる。

「なにを今さら」

「え?」

「由利香のお父さん、葉巻を吸うって言ってたから、葉巻送れば良いじゃん、って、結婚する前に言った記憶があるよ」

「ええ?! そうだっけ?!」

「これだ。俺の言う事なんて右から左、馬耳東風なんだよ、ひどいだろ、夏樹~」

 そう言いながら椿は芝居がかった感じで腕で目元を隠し、夏樹にもたれかかる。

「おおっそれはいかん! 椿を泣かせるなんて、由利香さん、ひどすぎです!」

 ビシッと指さしながら言ってくる夏樹。

「なによ! ほんとに忘れちゃってたんだから仕方ないじゃない」

 と言いつつ、ここは謝るのが先決と、気持ちを切り替えてきちんと頭を下げる。

「ごめんなさい、私が悪かったわ、椿」

「ちゃんとあやまって……って、え? あれ?」

 次のセリフを言おうとした夏樹は、指先と言葉の行く先がなくなってあたふたしはじめる。

「はーい、一件落着だねえ。じゃあ、葉巻を探しに行こうか」

「はい!」

 パン、と手を打った冬里が言うが早いが、椿があっさりと立ち直ってしまったものだから、夏樹がまたあたふたしている。

「ええ? 椿、立ち直り早すぎ」

「まあ、いいじゃねえか」

「うわお、ひどいぜ。うーん、……ま、いいか」

 仲良し兄弟? は、そのまま肩をぶつけ合いながら、葉巻売り場(そんなのあるのかしら?)の場所を探すため、フロアマップを見に行くのだった。

 うんうん、一件落着……、じゃないわ!

 父がいつも吸ってる葉巻の銘柄なんて、私、知らないわよ!


 けれど。


「確か、あの香りは……」

「うん、たぶん」

 と言いつつ2人は、父のお気に入りをドンピシャと言い当てたのだった。

 やっぱり鞍馬くん(と、いちおう冬里も)は、凄いのねえ。




 そうしてこの日、無事にプレゼント選びも終える事が出来た。

 でね、なぜこの時に鞍馬くんまでが一緒に来ていたのかは、また別のお話。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ