11. ここから私の苦悩が始まりました(イリス談)(1)
宴の会場に残る女神達が、鼻息も荒く出ていくヘラ様を見ながら呆気に取られています。
ヘラ様について行った方がいいかと、私―イリスが迷っていると、レア様がまあまあ、と手をパタパタと振って座るように促してくれました。
「もう少し待ってから行きなさい。修羅場に巻き込まれるのは目に見えているんだから」
「は、はい」
「あーぁ、だから私は心配していたのよ。真面目なヘラがゼウス様なんかと結婚したら、絶対苦労するだろうって」
ゼウス様の前妻のテミス様が、大きくのけ反りながら天井を仰いでいます。
「ふふっ、ヘラ様ももっと自分を解放しちゃえばいいのよ。好きな時に好きな相手とセックスする事の、何がそんなに悪いのかしら? たった一人に縛り付けられるなんてバカげてるわ。誰としたいかなんて、その時の気分によって違うじゃない」
「アフロディテ、あんたとヘラの価値観は真反対だから。一途なの。さっきは黙っておいてくれて正解だったわ。余計に話がややこしくなるところだった」
色気たっぷりにイスにもたれ掛かるアフロディテ様を、テミス様が小突きました。
私も心の中でテミス様に、大いに賛成します。
ヘラ様は貞淑でかなりの美女。難攻不落、身持ちの固いヘラ様を落としたい、いいなと思う男は、掃いて捨てるほどいるのです。
ただ幸いにも、最高神でらっしゃるゼウス様の妻を犯そうなどと言う馬鹿が今の所いないだけで。
そしてそれ以上に、ヘラ様はゼウス様Love。
他の男など眼中にありません。
私も夫ゼピュロスの事は好きですけど、正直、彼が浮気をしたからと言ってあそこまで怒れません。
レア様が仰っていた通り、男とはそういうモノだと思っているから、「やっぱりね」などと冷めた目で見てしまうのです。
逆に孕まされた女性の方を気の毒に思ってしまいますが、ヘラ様はそれ以上にゼウス様の事が好きで好きでたまらないのでしょう。そこまで誰かに夢中になるなんて、ある意味羨ましいです。
「……ピュトンは」
「? どうしましたか、テミス様」
先程までお酒を煽っていたテミス様が突然、ゆらりと影をまとい真顔になられました。様子を伺おうと近付こうとすると、レア様に制止されました。
「お待ちなさい。始まるわ、予言が」
その場にいる全員がゴクリと唾を飲み、テミス様の言葉を待ちます。
「……ピュトンはレトの産む子によって死ぬであろう」
ひと言だけ呟くと、テミス様は夢から覚めたようにパッと瞳に光が戻りました。
「んあ?! いま私、何か予言した?」
「ピュトンがレト様の子供によって死ぬのだと仰られました」
「んー、ピュトン……? んん!? ピュトンっ!? デルポイの神託所の番をしているあのピュトン?!…………ははぁ、なるほどね。ゼウス様、ついにこの世界の全てをその手中に収めようって訳ね」
ピュトンはガイア様の子供で巨大な竜。デルポイという所にある神託所を任されていて、人々に神託を授けています。
テミス様がおそらくしているであろう解釈に、他の女神達も頷きます。
「それでは私、ゼウス様に今の予言を伝えに行ってまいります」
すくっと立ち上がると、皆が労いの言葉をかけて下さいます。
「重要な予言ですからね、直ぐに伝えた方が良いでしょう。それからイリス、お前には苦労をかけるけどヘラちゃんをよろしく頼むわね」
女神達に心配されながらも、私もヘラ様が向かっていったゼウス様の部屋へと足を運びました。




