獅子被り公爵はド根嬢に恋をする〜推しへの愛と恋の境界がわからなくなってしまった件〜
悪役ド根嬢は破滅しない〜推しへの愛と生まれつきの根性で全て返り討ちにしますの〜のサイドストーリーでもあります
下を読まれるとより楽しいかと思います
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「キエエエエエエエエ!」
俺は領地の軍備費を交渉するため、王都に向かっていた。
俺の生まれ育った地は、敵国の侵入が相次ぐ、酷く痩せ細った危険な所だ。先祖の栄光により得た公爵位もお飾りのようなもので。本当に位の高い貴族たちは王都で悠々自適生活。
そもそもここまで財政難の公爵家の方が珍しいだろう。もっと多くの軍備費が国から出てもいいはずだ。
外から聞こえてきた奇声。激しく訓練用剣がぶつかる音。
「キエエエェェーッ!」
ここはドレッドノート侯爵の領地のはずだ。訓練の絶えない我が領地ではない。
何が起きたのだろうと思わず馬車を止めると、そこには森があった。花々が綺麗で、どこかのご令嬢が優雅にピクニックでもしていそうな所だ。
……結論からいえば、確かにご令嬢はいた。しかし単なるご令嬢ではなかった。
「チェストォォォォォォーーーー!」
「おやめくださいお嬢様! 品位が!」
「? 何か言ったかしら?」
彼女が剣を振ればそこには塵一つ残らない。花々が可哀想に思えるほどだ。
こ、これが、夜会の黒薔薇と呼ばれる、あのドレッドノート侯爵令嬢なのか?
「う……美しい」
まっすぐで力強い太刀筋、鍛え上げられた上腕二頭筋、しなやか且つしっかりとした体の軸。
素晴らしい……。
思わず見惚れてしまっていたが、ふと我に帰る。覗き見とは随分と悪趣味じゃないか。先を急いでいたというのに俺は何をしてるんだ、と。
「夜会の黒薔薇……アン・ドレッドノート公爵令嬢……美しい上腕二頭筋……」
結局、軍備費の件は、多少は検討すると言っていたがそんなもの当てにならず。
交渉はあまりうまくいかなかった。
……本来は落ち込む所なのだが、俺の頭は妙にふわふわしていて、父上に合わせる顔がない。
交渉に失敗したというのに、俺はどうしてこんなにも気が浮ついているんだ。
自室で筋肉に特化した鍛錬をしているというのに煩悩は止まるところを知らず…。
「いや完全に恋だろ」
と幼馴染の近衛騎士、シュバルツに言われて自分の耳を疑った。
「今なんて言ったんだ?」
「だから、恋じゃねーの?」
まさかまさか。この俺が?
北の番人リガード公爵家の長男として生まれ、戦に明け暮れてきた俺が?
「まさか……」
「俺もまさかだと思いてえよレオン。まさかお前が趣味だけじゃなく性癖も歪んでた上に初恋が叶わないとか」
相変わらずシュバルツは俺に容赦がない。部下よりは幼馴染に近く、幼馴染よりは兄に近い。不思議な関係だからこその距離感だ。
というか誰の趣味が変だ。誰の。
「あの北部の英雄の趣味が、愛読書のロマンス小説片手に砂糖たっぷりなミルクティー飲むことって笑えるよほんと」
べ、別にいいじゃないか別に。ロマンス小説のどこが悪いって言うんだ。素敵だろう。日頃血生臭く生きているからこその心の安息だ。知り合いに出版関係がいるから安く済むし。
「そしてまあ、お前、好きな女の基準、筋肉っつーか戦闘能力かよ。発育に問題があるのかって心配しちまうよ俺は」
そういえばドレッドノート侯爵令嬢の顔、思い出せない。どんな髪色でどんな瞳の色でどんな顔つきだっただろうか。きっと意志が強く気高い顔をなさっているのだろう。
「んでやっと初恋を経験したと思ったら、忠誠を誓った王族の婚約者とか可哀想すぎだろ」
ああ……そういえばそうだ。リガード家は代々王族をお守りするのが使命で……殿下の婚約者の名は……アン・ドレッドノート侯爵令嬢で……俺が見かけたのは……。
「あーあーそんな落ち込むな。でかい図体が落ち込んでるとゴーレムみてえで邪魔だ」
なんということだろう。こんなに落ち込んだのは初めてだ。読む用のお気に入り本に紅茶をこぼしてしまった時でもこんなになることはなかった。予備があったし。
「喜怒哀楽のうるさいやつだな。筋肉もりっもりで威圧感ありありの癖にメンタル弱々かよ。結局どうすんだよ」
ああ……耳が痛い。筋肉は日々の鍛錬だし、威圧感は身長と戦闘のせいだし、メンタルは生まれつきだ!
俺に決定権を委ねないでくれ……。
「だっせえなまったく。戦場に立ってりゃかっこいいのになぁ……」
「まさか……俺が……」
「ちょ、そこ立ってみろって」
言われるがままに腹筋をやめて立つ。こういう時に主従が逆転してると常々思うのだが、まあ二人だけの時以外はちゃんとしているのでいいかと思ったり。
「うーん。やっぱり素材はいいんだよな。朝焼けみたいな髪色。切れ長な目と獅子のような眼光。整った顔と超高身長に無駄のない体。お前これでよく、その低すぎる自己肯定感でいられるな」
「そんなことを言うのはシュバルツくらいだ……」
「まあ周りに女がいないっつーのもあるだろうけど」
たまに領内を見回っている時に女性と会うこともあるが、挨拶をしてきたと思ったら逃げてしまうし。唯一会話をしてくれるのなんて、薬師のマリ婆くらいで……。
「……だからって言って、本の女性に入れ込むのもどうかと思うけどな」
「っ入れ込んでいるんじゃない! 崇めているんだ!」
至高の作品「白百合の聖女」に出てくる黒薔薇ローゼ令嬢。
気高く美しく強く……なんと麗しい。あの方こそが俺の心の主君だ。叶うのならばあの方にお仕えしたかった。作中内の悪役ではあるが、王太子の婚約者としてとにかく努力家で、忠義に厚く人情深い……素晴らしく立派な人物だ。
魅惑的な漆黒の髪はたなびき、鋭く美しい瞳は冷ややかに、闇の色をした不敵なドレス姿の美しさはもう……。
「あーはいはい。わかったから。わかったから黙れ。俺がそれを何十回聞いてると思ってんだ」
「何回でも聞いてくれ」
「ふざけんな。嫌だよ。……つかその黒薔薇令嬢? とドレッドノート侯爵令嬢似てね?」
似て……る?
確かに鋭く美しい眼光が似ていた……というか瓜二つだった。
待て、俺は神(ローゼ様)とドレッドノート侯爵令嬢の見分けがついていなかったのか?
それとも個別で好きなのか?
俺はもしや不埒者なのではなかろうか……。
「まぁためんどくせぇこと考えてんな。別に趣味がああいう女ってだけだろ」
「し、しかし……」
「だったら今度の夜会で確かめてこいよ。ドレッドノート侯爵令嬢も来るだろ? リガード公爵の代わりでお前も護衛で行くんだし」
そう言われても……俺は一体どんな顔をして夜会に出席すればいいと言うんだ!?
非情にも時は待ってくれなかった。
俺は戦闘中も鍛錬中も公務中もいつでも彼女と夜会のことを考えていたが結論は出ず。
俺は生まれて初めて窮地に立った。敵に四方を囲まれてもこんなことにはならなかったのに。
「お前そんな顔で夜会行くのかよ。ひでえ顔だぞ」
「うう……」
「ま、頑張ってこいよ」
「何をだ!」
久々に殿下にお会いしたが、酷く驚かされた。ドレッドノート侯爵令嬢以外の知らない女をエスコートしているのだ。そういえば今までも会場内でしかエスコートされていなかったが、ここまで露骨なのは初めてだ。
「……アン・ドレッドノート侯爵令嬢様がいらっしゃいました」
彼女はこれを見て傷つかないだろうか。というかなんて嫌な主君なんだ。こんな浮気者に仕えたくなんてない。ああ、ローゼ様がこの世にいらっしゃれば……。
「美しい……」
会場のざわめきは増し、彼女のヒールの音がダンスホールに響き渡る。
カラスの濡羽のように艶やかな髪は彼女が歩くたびに揺れ、あの時魅た眼光は変わらず、まるでローゼ様のような麗しいドレス姿。
夜会の黒薔薇。アン・ドレッドノート侯爵令嬢。
こんなの、黒薔薇令嬢ローゼ様ではないか。彼女は、一体何者なんだ?
「アン、君の家にも手紙が届いているとは思うが、君との婚約を破棄させてもらう」
「わかりましたわ。その件は後ほど書簡にて」
正気とは思えないが、殿下が婚約破棄を伝えた。それなのに態度は変わらないまま……。まるでローゼ様のようじゃないか。
「い、いいのか? 婚約破棄だぞ」
「ええ、別に構いませんわ」
「り、理由とか……」
「殿下の心変わり以外に何があるのでしょう」
声すらも尊い。はっきりとした物言いに聞こえやすい声量、戦場でも響くであろう声域。
「ア、アン。君は聖女であるリリーに酷いことを……」
「するわけないですわよね? そんなことをする時間がありませんわ」
「な、ならこの証拠は……」
「私の字ではございませんわ。ちゃんと確認なさって」
もうだめだ。供給過多で倒れそうだ。シュバルツ助けてくれ。俺は茹蛸になってしまう。
なんでこんなにも貴いんだ。語彙力が飛びそうだ。美しい、好きだ、この世の宝。
「ア、アン! 君は!」
ああもう黙ってくれ殿下。貴方のような男が彼女の時間を奪うなんて笑止千万。
!
「殿下、お下がりください」
……殺気。
前から一人。後ろから三人。
ドレッドノート侯爵令嬢は……。
「キエエエエエエエエ!」
殺気にいち早く気づき、ドレスの中から短剣を出して敵の剣を弾き、背後の敵にフォークを投げて牽制をしていた。狙いが殿下の連れだということにも気づいたらしくさりげなく守っている。
「……どけ。俺は聖女リリーに用がある」
「チェストォォォォォォーーーー!」
ドサっと敵の腕が床に落ちた。彼女が隙を逃すはずもなかった。全くどんな切れ味なんだ。
会場内は阿鼻叫喚。酷い騒ぎだ。ひとまず殿下の身の安全を確保し、彼女の援護に回る。
護衛に指示をし、ドレッドノート侯爵令嬢に駆け寄る。
「ドレッドノート侯爵令嬢! 俺も援護する」
「頼みましたわよ!」
彼女に剣を向けた者全員を殺してしまいたいが、それではいけない。全てを潰すのに情報は大事だ。彼女はこのままだと全員の首を取ってしまうだろう。
「頼まれた! ……から首だけはやめてくれ!」
「そんたできんどね。剣を抜いたや、切っか切らるっか!」
「なんて言ってるかわからんが、それでも一人は生かさないと情報を吐かせられないぞ」
一瞬だった。俺が雑魚を一気に処理し、彼女は次々に首を取っていく。
「キエエエェェーッ!」
全ての敵を倒すと、会場は赤く染まっていた。俺は戦場で見慣れているが……ドレッドノート侯爵令嬢は……。
まるで軍神かのように、返り血を浴びてそこに気高く立っていた。
「ドレッドノート令嬢、頬に血が」
「返り血ですわ」
「勿論だ」
この後話すことがなくて、とりあえず短剣を所持していたことを叱った。
殿下の護衛としても来ていた自分が持っているのは当たり前だが、令嬢が隠し持っていたのは怪しまれてもおかしくない。今回は混乱に乗じて俺が何とかしておくが、本来なら許されない行為だからだ。俺が貸し出したということにしておこう。
彼女ときたら、己が身や人々を守るために必要だと言って常に短剣を持っておく重要さを教えてくるし、敵について考察は鋭いし、フォークの投げ方について議論は白熱するし。
話の節々から、根性の強さとロマンス小説愛読者仲間の気配がする。
これは……。
「ずっと……気になっていたのだが」
「……な、なんですの」
深呼吸をした。
これで違ったら俺は腹を切る。
「そのドレスはもしや黒薔薇令嬢ローゼ様をイメージしているのか?」
「その通りですわ! もしや貴方は……」
「「同士」」
その瞬間キツイ握手を交わした。ああなんて今日は素晴らしい日なんだ。
「私、ローゼ様に心酔しておりますの。彼女を愛し、彼女を布教すると決めているのですわ」
俺は、異常者じゃなかった。神も彼女もどちらも愛おしく思ってもおかしくなかったのだ。
「……貴女は殿下との婚約を破棄するのか?」
「ええ……すると思いますわ。というか、私を悪役とし破棄しなければならないでしょう」
意味がわからない。彼女が元王太子の婚約者というレッテルを貼られるだなんて。
「別に構いませんの。お母様は心配されるかもしれませんが、私は一人で生きていけるくらいの胆力がありますわ」
なんて眩しいんだ。目が焼けてしまう。
というかそんなこと俺がさせない。
「リガード公爵家の嫁に来ないか? 俺は血生臭いが悪い人間じゃない」
……間違えた。
俺の嫁に来ないか? リガード公爵家は血生臭いが悪い人間じゃない。
そういうつもりだったんだ。
背後からシュバルツの殺気を感じる。違うんだ。弁解させてくれ。
ダラダラと汗を流している俺に対して、ドレッドノート侯爵令嬢はきょとん、としている。
「貴女の根性と美しい太刀筋や戦闘能力は北部向きだ! 一人で生きていくのならいっそ俺の地に……」
何を言っているんだ俺は。
誰かこの口を縫い付けてくれ。
「私、雪の上で鍛錬はまだしたことがございませんの! とても魅力的な提案ですわ!」
彼女が俺以上に戦闘狂なおかげで事なきことを得た。
正式に婚約破棄が決まり次第、新たに婚約を結ぶ運びとなったのだ。
「キエエエエエエエエ!!」
今日も戦場で彼女の声が響いている。
「どうなってんのお前らの思考回路」
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