第十節 それでも俺は
地下室の階段を降りると、そこはまるで下水道のような造りになっていてそこら中からいやな不腐臭が漂ってくる。
しかもただの腐敗臭ではなく、獣臭、血の匂い、吐瀉物やアンモニア臭が部屋一面に広がっている…気を抜けば意識を失ってしまう様な悪臭にダインは思わず嘔吐してしまう。
「うげぇ…」
そんなダインを見たクロセルも我慢出来ずにもらいゲロ〜と言うイッコウ並みの勢いで嘔吐する。
一体どうしたらここまで凄い臭いになるんだ…ああもう、嫌な予感しかしないんだが…
奥まで進むと目の前に巨大な鉄の扉が立ち塞がった。
「立派な扉ですね…」
「ここに居る。」
はて、何を根拠にそう言っているかは知らないが彼が居ると確信しているあたりから推測するに此処に例の行方不明の子供が居るのだろう。
セタンタは厳重に封鎖されている扉の前に立つと思いっきりその扉に向かって渾身の前蹴りをお見舞いした。
扉は物凄い轟音を立てて粉々になった…扉が破壊された事によって部屋の中が見える様になる。
其処は部屋と言うよりは刑務所と言うイメージの方が正しいだろう。
大きさの違う鉄の檻には、一つの余もなくびっしりと詰まっていた。
それは、人だけでなく魔獣や魔物も牢屋に入れられており…人間、エルフ、獣人、ドワーフ、魔族の少年少女達が泣き叫びながら俺達に助けを求めていた。
「セタン…!?」
セタンタに話しかけようとしたダインは、彼から放たれる強烈な殺意と怒気を前に躊躇う。
しかし、それ以上に憤怒していたのはヒッポリュテだった。
彼女の視線の先には、彼女と同じような髪色と肌を持った少女が居た。
おそらく、アマゾネスの同胞なのだろう。
そんな彼女達を尻目にダインは先程、発見した依頼を受けていた行方不明の魔族の少年を発見する。
すぐに助けようとかけだした時…「ダイン!」と言う叫び声が聞こえたと思うと、突然背後に魔族らしき男が現れダインの体に向かって短剣を突き刺さした。
何とか反応したダインは、軌道逸らして何とか急所を外すがそれでも完全には受け切る事が出来なかった。
油断したっ!
そうだよな、こんな奴隷市場みたいな場所に誰も居ない筈が無かった…反撃して捕えれば…そう思った時には、既に遅く。
ふと、駆け寄って来たクロセルとダインの横を二つの影が通り過ぎたと思ったら…セタンタの槍が、ヒッポリュテの雷切が、相手の胸元を…相手の首を…無慈悲に貫き刎ねて居た。
「……え?」
そんな、情けない声を嘲笑うかのように…一方的な殺戮がたった2人の手によって行われる。
相手は、俺達を囲むようにして三十人程の魔族と人族の男女だった。
彼等も決して弱くは無いのだろう、だが相手が悪かった…悪過ぎたのだ。
味方としては頼もしい…同時に恐ろしかった。
どうして、クロセルはそんな顔でこの状況を眺められるのだろうか…嗚呼、そうだ。
俺が馬鹿だった…この世界は弱肉強食…そして、生と死が蔓延る異世界なんだ…
俺に許されたのは、せめて無辜の子供達にこの地獄を見せないように檻に岩の壁を覆わせる事だけだった。
そしてかろうじて2人の殺戮にお怯えて縮こまって居た誘拐犯らしき奴らも捕えておいいた。
その数分後、敵は壊滅し2人が戻って来た。
「凄い!あの数をたった2人で倒しちゃうなんて!ねえ、セタンタ!ヒッポリュテ!明日から私に稽古を付けてよ!」
そう嬉しそうにするクロセルを見てダインは、自分の疎外感を改めて感じた。
魔獣や魔物なら分かるさでも…人を殺したんだぞ?
どうしてそんなに平気で居られる?人が死ぬのを見たのはコレが初めてじゃない…クロセルが誘拐された時だ。
数人ならまだ耐えれたかもしれん、でもあんなに殺す必要は無かった!
「ど、どうして殺したんですか?」
「ダイン?」
「殺す必要は無かった筈です…」
「小僧を殺そうとした。だから殺した。」
「殺さなきゃ、ダインが殺されてたから〜」
分かってる…でも
「そう言う、事じゃなくて…」
「ならお前は、クロセルの嬢ちゃんが殺されても同じような事が言えるのかい?」
「っ…」
その質問に答える事が出来なかった…2人を責めたかった訳じゃない…あのままだったら俺はもうこの世には居なかったかもしれないのだから。
でも、それでも…
「もう殺さないで下さい…これ以上、2人が誰かを殺すところは見たくありません…」
「……善処するが、お前達に命の危機が生じた時はな。」
「……あーしも、気を付ける。」
「ありがとう…ございます。」
2人には無理をさせてしまっただろう…それでも2人そしてクロセルには、楽しんで人を殺せる様な奴になって欲しくは無い…この選択を甘と思う者もいるだろう。
それでいい…俺は、ただの弱い人間なのだから。
ーーー
その後、俺は捕えて居た捕虜から詳しい話を半ば強引に聞き出した。
まず彼等の殆どが野党だったが、ある日…邪神解放教団と呼ばれる集団の手によって家族や大切な者を人質に取られ悪事に手を染めて行く事になる。
最初は、窃盗や放火…それが徐々にヒートアップしていき最終的には主に子供を中心に攫い、奴隷として売り捌いていた。
さらに、今日本来ならば邪神解放教団の幹部と会いこの奴隷達を引き渡そうとしていたとの事。
邪神解放教団か…そう言えばクロセルを攫おうとした奴もその集団の幹部だったよな?
まいったな…まあ取り敢えずは、コイツらを誘拐の犯人として引き渡すか?
いや待てよ?
そうだ、こうしよう。
話を聞く限りコイツらに仲間意識はなくあくまで仕事仲間であり互いにどうなろうが気にならない、なら生き残った6人のうち4人を冒険者ギルドに犯人として引き渡す。
今回の行方不明の魔族の子供を救い出したと同時に彼等を攫って奴隷として売り捌いていた犯人を捕えたお手柄冒険者として功績を認められれば一気に名声を得るチャンスかもしれない。
残った2人は、俺たちよりランクの高い冒険者…彼女達は戦闘系の依頼を受けずに捜索系や採取系の依頼で何とかやり繰りをしていたらしく…今回の件で稼ぎの殆どを失った。
ランクが上がる程に戦闘系の依頼しか受けれず、彼女達は路頭に迷う。
其処で、俺はこんな提案をした。
「貴女達は、なるべく報酬の高い討伐任務を受けてください、逆に僕達は報酬が高い採取や捜索系の依頼を受けます。そして最後に依頼で受け取った報酬をトレードすれば互いにwin-winな筈です。」
「で、でも…アタイ達は奴らに…」
「この取引が生きている間はある条件を呑んでくれれば…当面の身の保証を約束します。その条件は、ボルーグ族の良い評判を広める事です。」
「わ、分かったわ!!約束する。」
「なら取引成立です。」
うまく行ったな。
意外にも、反対すると思っていた2人はそれを承諾してくれた。
ただ裏切った場合、死ぬよりも恐ろしい目に遭わせるとセタンタに脅されていた。
その後は、冒険者ギルドに依頼の達成報告と共に今回の事件の犯人を突き出した事でランクが一つ上がる事になった。
Eランクだ、それに伴って少しだけ受けれる依頼も増えた。
取り引きの件に関してはさほど変わる事は無いので問題ない、むしろ報酬が倍になったのだ文句は言うまい。
依頼を報告した後は日も暮れたので宿に戻る事にした。
ベッドで休んで居るとクロセルが部屋にやって来た。
フリフリのついた少しエッチなスカート風のパジャマに、肌が透けた黒タイツ姿のクロセルを見て俺の息子が声を上げる。
冷静になれっ!
「ダイン…ん!」
クロセルは、俺の隣に座るとぽんぽんと自分のタイツに覆われた太ももを叩く。
少し顔を真っ赤にして。
これは、膝枕をしてくれるってことか…ああ、クロセルなりに気を遣ってくれてるのか。
断る理由もないので俺は喜んでクロセルのエッチい太ももにダイブする。
うん、最高!
太もものモチモチ感とタイツのサワサワ感がマッチしていてとても心地良い。
しばらく太ももの味を堪能していると…
「ダイン、ごめんなさい…」
「え?」
「私…2人が殺している時に辛そうな顔をしてたのに気付かなかった…」
「いえ…俺、僕が弱かったのが悪いんです。」
「そんな事無いわよ…貴方が誰よりも優しいのは私がよく知ってるから。」
「俺は…ヒッポリュテもセタンタもクロセルも大好きだから、手を汚して欲しく無いんです…過去に何をしたかそれはもう消す事は出来ません…だから、今を大切にして欲しい…」
「うん…」
俺はそのまま、クロセルの太ももの上で眠ってしまった。
「………」
「………」
ーーー
「何だと!?チッ!あの人擬き共が!!」
大陸に数多くある邪神解放教団のアジトの一つ、魔境大陸の魔都バビロニアに拠点を構え主に奴隷の売買部門を担当する邪神解放教団幹部『傀儡』マリオネは、その妖艶な顔には似合わない暴言を叫ぶ。
彼女の激怒している理由は単純だ、自身が管轄する奴隷牧場が愚かにも『呪いの槍』と名乗る冒険者によって壊滅させられた。
彼女にとっては痛い損害だった…魔境大陸の魔族の奴隷は高く売れる、理由は魔族嫌いの貴族達が日々のストレスを晴らすために痛めつけ快楽を得る為だ。
それ故に、この魔都バビロニアの魔族は質がいいので失う訳には行かなかった…全くやはり人擬きなどに管理を任せなければ良かった…しかし、あの場には彼女の他にも護衛として『暗闇』ダークランが居た筈だ…アレがやられたのは想定外だった。
薄汚い男達に媚を売ってようやく辿り着いた地位だと言うのに…だが、私が生きているなら立て直しは簡単だ。
念の為に、一刻も早くこの場から去らなければ…ん?
すぐにこの場から逃げようと準備していた時ーー入り口の方がやたらと騒がし…疑問に思って向かってみると。
其処に居たのは、何重にも封鎖していた扉を蹴り破って近くに居た部下達の屍の上に跨がる様にして2人の男女が立って居た。
「闇雲に人を殺すのは、これっきりだな!」
「あーしも、賛成〜…ダインに嫌われたくないし。」
「はっ、お前も小僧にほの字ってかい?」
「そーだけど?つうか、お前には渡さないよ?」
「わーてるよ、んじゃま、さっさと終わらせるかね。」
ボルーグ族の様な姿をした男の言葉を合図に、アマゾネスの女もまた動き出す。
たかだか冒険者…そう見誤った彼女はここで部下と共に迎撃する事に決めた。
彼女の目に映って居たのは、まさに蹂躙。
鍛え抜かれた精兵たちがアマゾネスの女戦士の手によって最も容易く蹂躙されていた。
稲妻の如き剣戟によって、次々と部下の首が宙に浮き、夥しい程の血飛沫が飛び散る。
更に、背丈より高い赤黒き槍を振るう男も只者ではなかった…化け物、その言葉が相応しい程の力と突破力でこちらに迫って来る。
ヒュッポリテは、戦闘の最中にセタンタを観察していた。
(ボルーグ族…嗚呼、思い出した…アマゾネスの租が、生涯で一度だけ負けた相手がボルーグ族だったな。)
数百年を超える戦闘経験から来る、圧倒的かつ素早い殲滅力であっという間にセタンタはマリオネの元へと到達した。
「チッ!来なさい、傀儡人形!」
その声と共に、マリオネの背後より目に生気の無い人間や魔族の男女が現れる。
その手には、毒が塗られた武器が握られ、足元は覚束ないながらも操られるようにしてセタンタへと迫る。
紛れもない彼女の能力、身体に仕込んだ魔道具の力によって既に精神を破壊した者を自由に操ることを可能とする常人いや悪人でさえその様な魔道具を使うのは躊躇うだろう。
しかし、性格破綻者の彼女にとって全ての生物は虫ケラ以下に過ぎない故に扱える。
が、彼女には誤算がまだあった。
「屑が。」
そう吐き捨てつつ、セタンタの槍は確実に苦しめないようにたった一突きで全ての傀儡人形達の心臓を穿った。
「ひっ、く、来るなぁぁ!」
マリオネは鮮明に迫る死から必死に逃れようと、服に仕込んだ短剣を投げるがその程度の小細工が通用する戦士では無い。
セタンタの朱槍がマリオネの脳天を見事に貫いた。
ドシャ、ッという音を立てて屍となった女を見下ろしながらセタンタは言う。
「あの世で、その腐った性根を叩き直すんだな。」
この日、邪神解放教団の奴隷売買部門のほぼ全てが機能を失った。




