第十五節 あの日より、暫くして
「ようやく、辿り着いた。」
あの『魔神の怨嗟』…エレシウス領の全土消失から半年が経った…
直ぐに引き返そうと思っていたが、幾つもの負の連鎖が重なって半年という余りにも長すぎる月日が経ってしまった。
ようやく、辿り着いたエレシウス領を見てマーリンとアルトリウスは言葉を失った。
そこは確かに、彩り豊かな畑が一面に広がって居た筈だった…しかし、目の前に映るのは大きなクレーターだけだった。
先程まで、自分達が歩いて来た道は確かに正道だった筈だった…アムスフィア王国の領内の道は全て、煉瓦の道が続いている。
その煉瓦の道を歩いて来たと言うのに、そこから先の道が綺麗さっぱり消え去っていた。
まるで、最初からこの場所は存在していなかったかのように…流石のマーリンでも、この状況は想定外だったが為に暫くその場で呆然と立ち尽くすしか無かった。
ここに来る前に聞いた話で何となく状況は把握していたが、いざ自分の目で確かめてみると酷い有様だ。
弟子…ダインスレイヴが居た城砦都市ガレスも…長い間、世話になったダインの家族や村人達が住んでいた村は、たった一瞬で何もかも消え失せてしまった。
ここに来て、ここで過ごして、自分にもまだ悲しい、嬉しい、楽しい…そんな感情が残っていた事を気付かせてくれた彼等の笑顔を思い出す。
全てが終わったら、最後にもう一度だけ訪れようと思っていた…だが、それはもう叶わない。
そんな現実が、時間差で襲いかかって来た。
「マーリン…」
悲痛な表情をし、一粒の涙を流したマーリンを見てアルトリウスは彼女を後ろから優しく抱きしめる。
「貴女達も、誰か大切な人を失ったの?」
二人にそう尋ねて来たのは、目が真っ赤に腫れて目下にクマが出来た女性だった。
「ええ。」
「死んでしまったのは、確認したの?」
「いえ、そんな暇なくて。」
「なら、この道を少し戻った所に…ジュネーヴ様が微力ながらに建てた野営地があります。そこにもしかしたら…」
「感謝します。」
マーリンとアルトリウスは、その言葉を聞くとすぐに野営地があると言う場所に足を運んだ。
ーー
辿り着いた場所は、アムスフィア王国には似つかわぬ絶望感と喪失感の空気を醸し出したそんな場所だった。
寄せ集めた、木や藁などで作られたボロボロの建物が幾つも並んでいる。
野営地…と言う名の地獄だった。
野営地に居る全ての人間が、誰一人として笑顔を見せない。
食べ物を食べていても、知人または他人と話していても、住居があっても…決して、笑顔の人間は見えない。
少し野営地の奥へと歩くと、他の建物よりも少し高い位置にも建物があった。
その中へ入ると、空気は先程よりも重かった。
彼女にとって、人いやあらゆる生物の死や別れは日常茶飯事の事だった。
これまで多くのそういった現場を見て来たが、これ以上に酷い光景は初めての事だった。
(あの沢山の掲示板と紙の数…)
ここは冒険者ギルドの代わりとなる建物なのだろう。
しかし、掲示板に貼られているのは魔物討伐や資源調達などではなく全てが人の捜索で溢れかえっていた。
そこでも、多くの人々が悲しみと絶望に暮れていた。
むしろこっちに居る人間の方が、絶望感が強い。
ある者は、ボロボロになりながらもようやく戻ってきた矢先に、家が消え、愛すべき家族を失って心が折れて膝から崩れて落ちる。
ある者は、悲しみのあまり発狂しながら自分の身体の至る部分に刃物を刺し続け、周りの人間が泣きながら止めている。
ある者は、自分がどんなものよりも信仰していた主に裏切られたと叫び、聖書やロザリオを地に投げつける。
地獄だ…ここは正に地獄。
そして野営地の何処を探しても、ダインとその家族が見つかる事は無かった。
ーー
この事件の真相は何となく理解している。
あの巨大な瞼が完全に開かれた時、鮮血の様な赤い光と共に城砦都市ガレスを含めたエレシウス領の全てが消失した。
建造物やその他の木々は、粉々の状態で世界各地に散らばったとされている。
一方の人間もまた、この世界の至る所へ転移したと言われている。
アレは、誰かが引き起こしたモノではないだろう。
幾つものイレギュラーが重なって、完成した偶然的な魔力暴走による災害だ。
少なくともこれは初めての事だ。
運良く安全な所やエレシウス領の近くに転移した人達は、持てる全ての力を振り絞ってようやくエレシウス領に辿り着いた。
しかし、その先で待っていたのは絶望だった。
この事件で多くの、人物が死亡・行方不明になっている。
マーリンが今居る場所には、大きな掲示板が置かれており…そこには、この事件に巻き込まれた人達の名前や状況が記されていた。
もうこの世界に訪れて何千年も経っている、吟遊詩人や冒険者として各地を旅していた時でさえ、このような規模の事件は見た事は無い。
掲示板に目を釘付けにする。
《死亡者リスト》と記された掲示板には、かなりの人達の名前にばつ印が付けられていた。
中には、見知った名前の人物にも死亡と記された印があった…
幸いな事に、ダイン達の名前は無かった。
そう思った時…一つの名前に、目が行った。
ダインスレイヴ・アスポロトス《死亡》その瞬間ーーマーリンの頭の中は真っ白になって、その場に崩れ落ちた。
「う、嘘よね〜?ねぇ?ねぇそうでしょ?アルトリウス?」
「マーリン!」
マーリンは、大粒の涙を流す。
「そこの御仁…この名前の人物は本当に死亡が確認されたのですか?」
「いや…確定とは言い切れないらしい、特徴と似た様な女の子の遺体が見つかったらしい。」
「女?今、女って言いましたか?」
「ああ…そうだが…」
「ダインスレイヴは、男です。」
「そうなのか…なら、死亡ってのは間違いだな…行方不明のリストに戻しておこう。」
その言葉を聞いたマーリンは、安堵する。
心から良かったと、行方不明であればまだ希望はある。
《行方不明リスト》に目を通す。
先程の、死亡者リストに記されていた名前の2倍いやそれ以上の量の人物の名前が貼られていた。
それは当然か…エレシウス領の全ての人間がこの世界にいくつも存在する大陸の何処かへ転移してしまったのだ。
しかも転移先は、地上とは限らない。
空中、海中、山中、魔物の巣の中、危険な種族の集落、迷宮の中などに転移し、そのまま即死なんて事もあり得るだろう。
死亡が分かった人物はまだ運が良い…生きて帰ってきた者は、もはや奇跡だろう。
それほどまでに、厳しい状況なのだ。
人境大陸やフランツェ大陸などの人が中心の大陸ならともかく…魔境大陸や亜境大陸…海境大陸などの非人間大陸では、事前準備なしで生き残る事はほぼ不可能だろう。
一つ一つ、ゆっくりと慎重に名前を確認していく。
ようやく真ん中に到達した時、見覚えのある名前を見つけた。
《イヤシス・アスポロトス〔行方不明〕》
《ニーニャ・アスポロトス〔行方不明〕》
《アルマ・アスポロトス〔行方不明〕》
《アーニャ・アスポロトス〔行方不明〕》
一時間後、やっとの思いで発見した。
良かった…死亡してないだけまだ安心出来る。
気掛かりなのは、父親ともう一人の娘の名前が記されていない。
そこで、ふと《生存者リスト》の方へと目をやる。
するとそこには、二人の名前があった。
《イアソン・アスポロトス〔生存〕》
《アルマ・アスポロトス〔生存〕》
無事…本当に良かった。
イアソンの名前の隣には、大きな張り紙とメッセージが残してあった。
『ダインスレイヴ・アスポロトスに告ぐ。
俺とアルマは無事だ。
だが、ニーニャ・イヤシス・ペネロペ・アーニャは未だに見つかって居ない…無論、お前もだ。
が、お前の捜索は後回しにする。
勘違いするな?お前は俺の力が無くても十分に一人で生きていける術を持っている。
そんなお前を信頼して敢えて言っている。
俺の現在地は、フランツェ大陸のフランク神聖国だ。
ここに、イヤシスを見掛けたって話を聞いたから暫くの間、滞在する事にした。
お前が、何処にいるか分からんが…叶うなら出来る限りの範囲で探して欲しい。
無論、他の者達も同様だ。
そして…都合が良いのは分かってる…だが、お前達の力を貸して欲しい。
英雄戦団の元メンバー達へ、向けてのメッセージだ。
頼む、力を貸してくれ。
今更、許してくれとは言わない…お前達を裏切ったのは事実だからな…だがそれでも、ほんの少しでもお前達が協力してくれるなら…俺の持てる全てをお前達に渡そう。
尚、ダインやパーティーメンバーにその他の者達へ
俺の家族を発見したら、ここに連絡をして欲しい。
フランツェ大陸、フランク神聖国の聖都フランクリン冒険者&傭兵ギルド所属。
クラン名は、『希望の星』だ。
以上。
お前達の無事を心から願っている。
イアソン・アスポロトス』
伝言の内容はこんなものだった。
「マーリン、どうしますか?」
「勿論、決まってるよ。」
自分達の旅も重要だが、そんな物は後回しだ。
アスポロトス家には、それはもうイヤと言うほどに世話になった。
借りた恩は必ず返すのが、マーリンのモットーなのだ。
故に、探さないと言う選択肢は無い。
彼が元々、所属していたSS級冒険者パーティーは有名だった。
マーリンが冒険者をやっていた時にも、何度もその名前を聞いた覚えがある。
そう、向こうは知らないと思うがマーリンは、イアソンの顔を知っていた。
あのパーティーの強さ、団結力は本当に素晴らしいものだった。
裏で何があったのかはよく分からないが、少なくとも彼等が元とは言え同じメンバーだった者の頼みを断る筈はないだろう。
問題は、彼等がイヤシス以外の家族の顔を知っているのかだ。
たとえ見つかったとしても、イアソンの家族だと気付かずにスルーしてしまっては元も子もない。
なら、彼等と行動を共にするのが手っ取り早いだろう。
問題は、彼らが今何処に居るかだ。
「ふむ、どうする?メレアグロス、メディア。」
「どうするも何も…探すって選択肢しかねぇだろ。」
「そうね。」
「そうだな、イヤシスが心配だからな。」
何と都合の良い事だろうか…幸運にも探していた人物達がこんな近くに居るではないか。
元SS級冒険者パーティー【英雄戦団】の元メンバー。
『鋼鉄の盾』メレアグロス。
『絶弓』アタランテ。
『魔女』メディア。
その3人が、揃っていた。
「そこの3人方、少し良いかな?」
「ん?何だあんた。」
「貴方達も、イアソンさんの家族を探すつもりでしょうか?」
「そうだ…"貴方達も"と言ったな?お前達もか?」
「ええ。」
「イアソンの知り合いか?全く、あの男はまた女を誑かしていたのか?」
「いえいえ、私は彼の息子のダインスレイヴの魔術の師匠でして…捜索しようと思っていたのですが、そこで貴方達を見つけたので共に探さないかと思いまして。」
マーリンは詳しく事情を説明する。
「…ふむ。確かに、イアソンとイヤシスの顔は知っているが…他の者の顔は知らないからな。
了解した、一時的にだが、宜しく頼む。」
交渉は成立した。
問題は何処から探すべきなのかだ。
イアソンの残した伝言から予想するに、現在地がフランツェ大陸だとすると予想が正しければ…アムスフィア王国、フェルグニル竜帝国そしてフランツェ神聖国には何かしらの伝言などが残されてるだろう。
なら、魔境大陸を中心に探すのが一番良いかも知れない。
転移先が海境大陸だったのなら、もう諦めるしかないだろう。
目的地は、決まった。
行こう、生きてると願って。
1.5章は、これにて終幕です。
次は、2章です。




