第三節 何か、来る
そして、現在の状況に陥っているのである。
やれやれ、これからどうしたものか…お嬢様は立場もあるから攫われる理由は分かるが…何で俺も一緒に攫われてしまったんだ?
これでその場に居たのでついでに攫いましたーとかだったら…何て日だ!
て言うか、ヒッポリュテさんはお嬢様の護衛じゃなかったんですか?
護るべき対象が攫われてしまってますよ?ついでに僕も〜
しかし、これは良い機会じゃ無いか?
はっ、まさか…これはユージン達が与えてくれたチャンスなのか?
此処で俺が持てる知識でお嬢様を助けることで、お嬢様は俺に恩を感じ真面目に授業を受けてくれるようになる。
ありがとう、ユージン!
アンタが与えてくれたチャンスは無駄にしないぜっ!
ここから脱出した時に、もしも隣町でも問題ない…何故なら、イアソンから送られて来た手紙には皮袋に包まれた銀貨が20枚程手元に残っている。
帰る分には問題ないだろう…あとは、どうやって脱出するかだな…と、そんなことを考えている間にお嬢様が目を覚ましたようだ。
「ッ…ここは…?」
「どうやら、僕達は誘拐されてしまったようですね。」
「そうみたいね…」
意外にもお嬢様な、冷静な様だ。
慌てて取り乱してしまうと思っていたが、肝が据わっていたようだ。
すると、ドンッと扉が勢いよく開かれた。
そして部屋に入って来たのは、顎に髭を生やした如何にも悪人って風貌の男。
少し汚れた衣服、強烈な酒臭、腰には短剣を帯びたドレッドヘア。
「よぉ、ガキども…気分はどうだ?」
「貴方、この私が誰だか知っての狼藉かしら?」
「あぁ?テメェの事なんざ知るかよっ!」
「ガハッ…」
ドスっと言う音が響き渡り、お嬢様は血を吐きながら身体を浮かしガラクタが積まれた場所に吹き飛んでしまった。
おいおい、これはエキストラにしてはやり過ぎじゃ無いか?
流石に…エキストラじゃない?
「うっ、がふっ…」
お嬢様は、苦しそうな表情で血を吐く。
アレは骨が何本か折れてしまっているんじゃ無いだろうか…ふと男の方を見ると彼女に向かって歩み出していた。
これ以上は、死にかね無いと思った俺は男に声を掛ける。
「演技だとしても、やり過ぎですよ!」
「あぁ?テメェは黙ってろ。これは演技じゃねぇ…これからお前達はある男に引き渡し売り払うんだよ。」
そう言って男は、俺の顔面を殴って来た。
痛っ!?
鼻から流血する。
本気で殴りやがったなこいつ…めちゃくちゃ痛てぇ…
あー、察してしまった…これは、仕組みなんかじゃない…本当の本気で人攫いに出会ってしまったんだ。
男は、興が削がれたと言って部屋を後にした。
しっかりと、鍵を掛けて。
男が去った後…扉の奥で行われている会話に耳を傾ける。
ーー
『簡単な作業だったなぁ?』
『当たり前だ。』
『後は、奴に送り付けて金を貰うんだよ。』
『て言うか、やり過ぎた、大切な商品なんだろ?』
ーー
やはり、演技では無い…彼等は本物の人攫いに間違いない。
会話の内容が明らかにそういった連中の話す内容だ。
まぁ良い、取り敢えず縄を燃やし解く。
次に、足にも結ばれた縄も炎魔法で焼く。
よし、これで動きやすくなったぞ。
お嬢様の方に目をやる。
「痛いよぉ…ヒッポリュテぇ…父様ぁ…母様ぁ…」
お嬢様は、苦痛の声を漏らし泣きながら居ない筈の家族達の名前を呼ぶ。
今すぐに、治してやろう。
俺の怪我は彼女に比べたら大した事ないからな。
「今すぐに、治してあげますね… あぁ 美しく慈悲深き 天の祖よ どうか我が救済の声を聞いて欲しい この声に応うるならば 汝の癒しを彼の者に!ーー『中級治癒』」
男達に気付かれないように、小さな声で詠唱する。
中級の治癒魔法でお嬢様の傷を治す。
彼女の傷は思ったよりもだが、中級の治癒魔法なら折れた骨など簡単にくっ付けてしまうので大丈夫だろう。
「痛ぃ…あ、れ…?痛く、ない…?どう、して…?」
いつの間にか傷が治ったお嬢様は、自分の顔や体をペタペタと触って不思議そうに呟く。
そして、ゆっくりと俺の方を見る。
「貴方が…やったの…?」
「静かに。
そうです、お嬢様の怪我が思ったよりも酷かったので急いで治癒魔法を掛けました…」
「そう…って、貴方も怪我してるじゃない!」
「僕は鼻血が出ているだけなんで気にしないでください。」
随分としおらしいな…やはり、いくらあのお嬢様でも此度の事件は相当に応えてしまっているらしい。
それはそうだよなぁ…逆にどうして俺はこんなにも冷静なんだろうか…
しかし…面倒臭い事になってしまったなぁ…今頃、ユージン達は大慌てなんじゃ無いか?
自分の娘が攫われたんだ、落ち着いていられないだろう。
それにしても、早くここを出て行かなければ…
男達は…どうだ?
俺は再び扉の奥に耳を傾ける。
『結局、あの二人はどうなるんすかね?』
『アレだろ、女の方は醜い貴族の性奴隷行き…男の方は一生タダ働きの労働奴隷だろうな。』
『俺達は金さえ入ればどうでも良いけどな。』
うわぁ、本当に不味いですね。
こんな美女をあんな汚ないクソ貴族の性奴隷にされてたまるかっての…俺は、若い女の子が汚いオヤジに犯される同人誌が一番に嫌いなんだよ!
それに、一生タダ働きなんてごめんだからな…すぐにこの場から逃げ出してやる。
どうするべきか…特大の魔法で男達を扉ごと吹き飛ばすか?
そんな事をしたら大事になって、大きな騒ぎになってしまう。
それは避けるべきだなぁ…お?
あんな所に、いい脱出場所発見〜!
まずは、この扉全面を土魔法で覆い被せる。
これでかなりの力を込めなければ開く事は不可能だろう。ドアノブは壊して置いた。
そして…土魔法で足場を構成して、窓の方へと近付く。
う〜ん…ここは無理そうだな…土で構成されていたら水で徐々に溶かせるのだが…硬い岩で出来ているので無理そうだ。
お嬢様の方は、ようやく落ち着いて来たようで…俺の行おうとしている事を眺めている。
他の場所はどうだろうか…ん?
一箇所だけ、岩が朽ち果てそうになっている場所を発見した。
ここなら…水魔法でふやけさせると…ほーら、この通り簡単に崩れて抜け道が出来ました〜
「さてと、ではさようなら〜」
悪いが一足先に退散させて貰うぜ!
「え…どうして?私を置いていくの?お願い、何でも言う事聞くからぁ…お願い…ふぇぇ〜…」
泣き出してしまった…ふむ、泣き顔も悪くないな…もう少しいじめてみるか?
「なら、ちゃんと僕の授業を受けてくれますか?」
「約束しゅるからぁ〜、助けてよぉ…」
ふむ、合格。
お嬢様の、縄を焼き解いて解放させる。
俺はお先に、出来た抜け穴から脱出する。
お嬢様も、それに続いて脱出に成功した。
ーー
脱出に成功し、外に出る。
が、何処だここは…見知らぬ町。
辺りはすっかりと真っ暗になっているようで、恐らく深夜帯だろう。
建物も比較的に少なく、あの城砦都市を象徴する城壁がない所を見ると…少なくとも此処はガレスでは無い別の町だろう。
隠れる所も少ないので、移動しなければ直ぐに見つかってしまう。
「どうするのかしら?」
「取り敢えず、この場から離れましょう。お嬢様は此処が何処だか分かりますか?」
「ふん、ガレスの隣町ね。一度だけ来た事があるわよ。」
それは助かる…
「なら、馬車乗り場はありますか?」
「あるわよ。」
「案内して欲しいです。」
お嬢様は、深いため息を吐きながら「何で貴方の為にそんな事をしなきゃ行けないの?」と言って来た。
全く、ダメだこりゃ…
ドガァン
と言う、轟音が先程俺達が捕まっていた場所から聞こえて来た。
まじょか…俺の予想ではあと数分は気付かれない筈だったのだが…
お嬢様は、ひゃん!と言う声を上げながら肩を震え上がらせる。
「今回だけよ?」
そう言って、進み出した。
やれやれ、怖いならそう言えば良いのに…まぁでも、初めて会った時は、カチンコチンだったが…今は、カチーンって感じか。
暫く歩くと、何匹もの馬が繋がれた小屋に辿り着いた。
そこには、くたびれた様子の老骨が暇そうに立っていた。
資金は十分にある…これなら帰れる。
「あの〜、馬車を出して欲しいのですが…」
「こんな夜中にか?夜道は危険なんじゃが…」
そう言って、渋る老人にアムスフィア銀貨を渡す。
「よし、行くぞい!」
ノリがいいですなぁ…
お爺さんの話では、この町はレートと言うガレスから三つほど離れた町らしい。
最初は、お嬢様からこの町の名前を教えて貰おうと思ったのだが…そういえば文字が読めないし書けないんだった。
自分の名前は書けるし読めるが、それ以外の文字はからっきしだとか。
しかし、夕方に攫われたとなるとたった数時間程度でこんな離れた町に連れて来られるのか?
少なくとも1日は過ぎていると考えた方が妥当だろう…それならヒッポリュテ達も捜索範囲を広げていると思うし、途中で保護される確率も高い。
あー、やばい酔ってきた。
お嬢様は平気な様だな…うぷっ
後ろから男達が追いかけてくる様子は今の所、大丈夫そうだ…このまま見逃してくれればありがたいんだけどな…
「ほれ、着いたぞ次の町ワーテに。」
よし、順調だ。
今日はもう遅いからこの町の宿に泊まろう。
幸いにも銀貨があるし、金銭面の心配は無い…お嬢様も仕方ないわと言って納得してくれたので今日はここで、泊まる事にしよう。
翌日、ようやくガレスに着いた。
辺りはこの間と同じく真っ暗だ、それに奴等は未だに諦めて居ないかも知れないからきをつけようか。
「さぁ、お嬢様…帰りましょう。」
「ええ。」
そう言って、歩き出した。
すると、前の細道から2人の男達が剣を構えて現れた。
「ようやく見つけたぜ?」
「ったく、無駄な銭使わせやがって。」
「ッ!」
慌てて、反対方向から逃げようとしたが…その道を塞ぐようにしてドレッドヘアの男が立っていた。
お嬢様は、絶望した表情をしてその場に崩れ落ちる。
逃げるのは不可能…戦うしか無いか?
「面倒掛けやがって、殺す。お前達は、俺の手で殺す!」
「お嬢様、僕が相手を引きつけます、その間に逃げて下さい!」
やるしか無い、どっちみちコチラがやらなければ殺されるんだ。
「やれ。」
二人組の方の男達が、俺達に向かって走り出した。
一人は俺を狙って、もう一人はお嬢様を狙って。
ドレッドヘアの男もそれに続いてこちらに走ってくる。
俺は、岩の絶壁を、奴の目の前と後ろに形成し閉じ込める。
お嬢様の周りを、ロックウォールで囲んで防護壁を形成して狙いを俺一人に限定させる。
その影響でお嬢様を狙っていた男の反応が少し遅れ、僅かな時間が出来た。
その間に俺は自分を狙って来た男に、威力を高めた『疾風の槍風』を膝に向かって放つ。
命中…まともに喰らったんだ、歩く事は出来ないだろう。
次に…お嬢様を狙っていた禿頭の男が剣を振り下ろそうとしていた腕に風刃を放ち切断する。
っ、吐き気を催してしまう。
やり過ぎたか?いや、そんな甘い事は言ってられないんだ…手を抜けばこちらの命が危ないんだ。
殺しはしない、戦闘不能に追い込む。
「クソガキがぁぁぁあ!」
ドレッドヘアの男が、岩の壁を蹴り破って凄まじい速度で襲い掛かってきた。
俺はすぐさま、高威力に調節したフレアを5発ほど放つ。
「舐めるな!」
しかし、その男はフレアを綺麗真っ二つに斬り裂いて見せたのだ。
嘘だろ…?
この男…他の二人と違って強い…!でも、イアソンに比べたら屁でも無い!
俺は、地面に手を付いて岩魔法を発動させる。
男の走っている前の方に、気付かれない程度の岩を形成した。
ビンゴ…奴はその存在に気付かずにつまづき身体が前のめりに倒れる…
そして、男の顔目掛けて岩魔法を発動しアッパーを喰らわせる。
「かっ、はっ…」
男は、その場で一回転をして地に倒れる。
ふぅ…勝ったのか…?
男達は立ち上がる様子は無い…その隙にお嬢様を連れてこの場を去ろうと動き出した。
次の瞬間ーー何とも言えない悪寒が背後から襲って来た。
「……?」
な、何だ…身体が震える…空気が変わった…何か、来る…危険察知がビンビンに反応する。
コツ、コツ…と言う靴の音が嫌と言うほどに大きく聞こえてくる。
勘弁、してくれよ…




