使命
ラヴクラフト家歴代当主達によって真実を歪められ魔族と称されるようになってしまった『イェルサの民』
私がその事実に、家に不信感を覚えたのは〝あの日〟がきっかけだ。それから不審に思われない程度で我が家について調べ始めた。おかげで我が家がどれだけ罪深い家なのか思い知らされたのだが。
最早ここまで知られていたとは。ならば隠す必要も、実家を庇う必要もない。庇うつもりなどないが。
あの日、私が見た信じられない光景。優しかった父、美しい母を持つ私は伯爵家の次男として生まれ何不自由なく育っていた。貴族らしく、美しいものに囲まれ世の中の汚い部分など何も知らなかった無垢な幼い私。
「そこまでご存じなのでしたら、殿下からお聞きしていますか……?」
私の主、リオネル殿下。私が彼を主と定め、常に傍に控える事を伯爵家は喜んだ。我が家の使命の事もあるが父が喜んだのは王太子に最も近いとされる殿下に取入る事でクレプス教の教えを布教しいわば洗脳することが出来る。そうなればいずれ、国教に定められる事もあるかもしれない。そんな甘い考えを父は持っているのだ。だが、父は愚かだ。リオネル殿下がそんな宗教に傾倒するとでも本気で思っているのか。
父のリオネル殿下に対する認識の甘さ。それが父の野望を打ち砕く事になるとは思いもしなかっただろう。
「いや……? 殿下からは何も。ただお前は今後も重用していくから適当に爵位を与えようと考えておられるそうだ」
「……恐れ多い。私は、罪人の一族だというのに」
私の生まれながらの罪、そして大切な物を見捨てた罪。
「私には、4歳年下の兄弟がおりました……」
伯爵家の次男として愛されて育ってきた私は、兄が私を可愛がってくれるように下の兄弟にも自分と同じように愛そうと思っていた。しかし―――
「母が産気づき、使用人や父や兄、祖父母も固唾を飲んでその時を待っていました。ですが思いの外長引き、幼かった私と兄は自室に戻されたのですが……私は楽しみで、母が心配で、夜中使用人の目を盗んでこっそり母に会いに行きました」
今でも思い出す。近寄らないようにと、母の苦し気な声を聴きながら騒ぐだけで何もできなかった父と祖父を蹴とばすようにして大人しくさせた祖母。兄も緊張しているようでぎゅっと手を握っていた。私は幼かった事もあり、出産が命がけという事も解っていなかったので呑気にまだかまだかと逸っていた。それが中々に難産で朝方産気づいたというのに夜中になってもまだ生まれる事はなかった。部屋に戻されても寝られない私はそうして部屋を抜け出した。
母は泣いていた。祖父母は体を抱きしめ合いながら沈痛な面持ちで母から顔を背けていた。そして父は―――
『コレは死産だ。そう報告しろ。そしてスラムに捨ててこい、報酬は弾むが他言すれば命はないと思え。勿論、お前の親兄弟全ての命だ』
『は、はいっ! すぐに!』
しざん? なぁにそれ? ぼくのおとうとは? いもうとかな? ねぇ、どこにいくの? あかちゃん、ないてるのに、どこにつれていくの?
『旦那様っ!! お許しを! 私の一族は決して魔族などではありません!!』
『黙れ!! 薄汚い魔族め、口をきくな!! お前とは時期を見て離縁してやる!! お前の実家への支援金も返してもらうからな、覚悟しておけ!!』
あんなに激昂する父を見たことは無かった。父はいつも優しく母とは政略結婚とは思えないほど仲が良かった。いつも凛として美しい母が、みっともないくらい泣き喚き父に縋っている姿も初めて見た。
あまりに大きな声にびっくりして私は動けなかったが、そこから部屋の中は忙しく動き出した。祖父母はため息を吐いた後、母を冷たい目で見下ろし何も言わず去って行ったがそれまで母に向けられていた眼差しの違いに驚いたのを覚えている。その眼がとても人を見る目ではなかった事がとても怖かった。
抱えられた赤ん坊は医師が布に包み足早に去って行った。赤ん坊はしっかりとした泣き声を上げていたのに、父は捨ててこいと。何故?
混乱している中、一人の使用人が部屋を抜け出した私を探しに来て部屋に戻された。慌ただしくしていた事と私をしっかりと見ていなかった事が咎められるかもしれないので使用人には勝手に部屋を出ていた事、部屋をのぞいていた事を内密にしてもらった。
ベッドに戻り目を閉じるも全く眠れない。きっと良くない事が起きている。言い知れぬ心のざわめきが翌日まで続き、結局その夜は一睡もできなかった。
『生まれた子は残念ながら死産だった。……オリビアは塞ぎ込んでいるし、出産で体力も落ちているのでしばらく別邸で過ごさせる。お前達もこのことは忘れるように』
翌朝、いつもと同じように振る舞う事を意識して食堂に向かうと、既に父と兄が揃っていて私が着席するなりそう言った。兄は残念そうにしていたが反論することは無かった。私は普段通りを意識して極力いつも通りを演じる事にしたのだ。
『母上は大丈夫なのですか!? お見舞いに行きたいです!!』
『体への負担がかかる。諦めなさい』
『でもっ』
『デリック! いい加減にしないか!!』
『『!!?』』
あまりの剣幕に兄上と二人固まった。今まで見た事のない父の怒りの顔が恐ろしく、私は何もいう事が出来なかった。兄もそんな父の姿と母への対応に不審に思っていたようだが黙っていた。
その後、母の体調が整わず伯爵夫人としての役目を果たせないという理由で離縁。結局それ以降、二度と顔を合わせることなく今日この日までやって来た。
「学院に入学し、ある程度家から距離を取れるようになってあの日の事を調べるようになりました。実家ではあれ以来、決して触れていはいけない話になっていましたので。……その理由はすぐに分かりましたよ」
年齢を重ねるごとに知るこの国の常識。そして我が家の特殊性。
そして『黒持ち』の置かれた状況とこれまでの迫害の歴史。
『黒持ち』という存在を知った時に解かった。
生まれたあの赤ん坊は『黒持ち』だったのだと。
だから、父は母を遠ざけ離縁した。まさか自分の妻が『黒持ち』を産むなど考えてもいなかったんだろう。その後は嫡男である兄や私を邪見にするようになり後妻を迎えた。生まれた子は女の子であったが将来は婿を取って継がせようと話まで出ている。それまで嫡男として育てられてきた兄からすれば寝耳に水。反発したが父は相手にもしなかった。
『嫌なら出て行け』
それで終わり。
私は理由を知っていたからもう父に対する愛情を求めていなかったが、兄は違う。突然母と離れることになり、父は厳しくなった。それは厳しいを通り越して罪人を相手にしているようだった。それなのに兄は父から認められようと懸命に努力を重ねたのだが、報われることは無かった。
学院を卒業してすぐに兄は父の奴隷にされてしまったのだ。
隷属の首輪を嵌められた兄は、その時漸く自分が父から愛されていない事を受け入れたが時すでに遅し。異母妹が婿を貰って結婚し子を成し次期伯爵としての働きをするまで兄は伯爵家の、父の奴隷となったのだ。私は知っていながら何も知らない顔をしていた。父に従順なふりをして愛を求めず、息を殺して生きてきた。
兄は絶望しながらも自死する事も出来ないまま父の言いなり、義母の言いなり、異母妹の言いなりのまま淡々とした日々を送っている。
兄を犠牲に私は捨てられた兄妹を探すことにした。当時の医師は年齢を理由に退職した後、田舎に帰ったというのでこっそり会いに行ったのだが、彼は私の事を覚えていたのか酷く取り乱した後命乞いを始めた。それを利用してあの時の事を吐かせることにしたのだが怯えて言葉が途切れ途切れで聞き取りは難航した上に肝心な事は一向にしゃべらない。
私は兄を、自分の息子に隷属の首輪を嵌める事に躊躇いを見せなかった父の事を忘れていた。アイツは他人がどうなろうとどうでもいい人間だ。元医師は念のためにこの事が外部に漏れださぬよう誓約を行っていたようで、私が欲しい情報は一切語る事が出来なかったのだ。
だが、それでも諦められない私は元医師に詰め寄った事で誓約に接触しない程度の情報を貰った。
失念していたが、あの時の赤ん坊は死産という事で役所に届け出を出している。それを頼りに知ったのはその子が妹だったという事。
『女の子』、『黒持ち』、『親無し』、『捨て子』、『4歳年下』
それに該当する人物が一人。
学院でたった一人の『黒持ち』
もしかして、そんな思いがあったがそれを証明する術はない。
それでも一目会いたくて、違うかもと思いながら、もしかしたらなんて。
ひっそり会いに行った彼女は長い黒髪で顔を隠していた。どうにかしてしっかりと顔を見たいと思ったのだが周囲からの顔を晒すなという言葉を守っているのか、ついぞ私が卒業しても真面に顔を見ることは無かった。
学院を卒業しリオネル殿下の側近として本格的に働く様になり、第五王子に新たに護衛魔術師が就く事が決定され宮廷魔術師団長の息子であるフロイド・グリーンフィールドとその『黒持ち』との結婚式がトントン拍子に決まった。
(顔を、見る事が出来るだろうか……)
父は『黒持ち』が護衛魔術師になる事に大層不満に思っていたが国王陛下の手前、結婚式に参加しない訳にはいかず、渋々参加したのだ。
そこで初めてまともに顔を見た。
(……っ母上!!)
髪も、目の色も違うが顔立ちは瓜二つ。記憶の中にある母と同じだった。
信じられない思いだが、本当に、あの子は……
「リズは、私の妹です……」
「!」
オールバンス様の目が大きく開かれる。本当にリオネル殿下は何も話していなかったんだな。
私の実力のみを買ってくれた殿下は、私の家や私が見捨ててきた者になど本当に興味がなかったのかと思うとクスリと笑ってしまう。
あの日もリズの作った魔道具で〝もしかして〟の想いを抑えきれず検証していたところに殿下がやって来た。私は血縁関係がある事を何度も何度も確認して、兄から採取した毛髪も検証して確証を得た。
「リズは、私の妹……。ラヴクラフト伯爵家の長女。私の……妹っ」
喜び、悲しみ、後ろめたさ、心の底から祝う事など出来なかった。フロイドは仕方なく結婚したのだと思っていたし、平民なら隠れて過ごすことも出来るが狐狸渦巻く貴族社会に足を踏みいれる事になる。そうなれば必ずあの子は辛い目に合う。何より父がどう動くか。
父はあれほど仲の良かった母を追い出し、後妻を迎えた。今では兄を奴隷として扱い私をいないものとしたあの男が、あの時捨てた赤ん坊だと気づいたら、どうなるのか。だが、
「あの男は気づきもしなかった……。黒髪に目がいって顔立ちなんてまるで気づいていない。一度は愛して! 愛されて! 夫婦だったのに!! なのに!!」
簡単に捨てられた。『黒持ち』だったから。『黒持ち』を産んだから。『黒持ち』と血の繋がりがあるから。
教会の歪んだ教えに忠実な我が一族からすれば、決して許されない事実。父が魔族の血を引く女を妻にしていたという事も、子を成したという事も、アイツからすればなかった事にしたい事実。
でも、残念だったな。
リオネル殿下がこの事を知ったら激怒する事は間違いない。兄を隷属した期間、お前も殿下から隷属されてしまえばいい。家族の情など、とっくに消えてなくなっているのだから。
「私が〝記録〟します。今、この国で起こっている事を、人が懸命に抗っている姿を全て」
私が出来る事などこれくらいだ。
決して事実を歪めさせない。ありのままの姿を記録する。
それが本来我が一族に課せられた〝使命〟なのだから。




