一方その頃の王都では
リズが力の解放を行う少し前、エヴァン・コールドリッジは封印の地に降り立っていた。
魔王が眠っていた事もありそこには毒々しいまでの魔素が溜まり、いくらコールドリッジと言えど長時間留まる事は難しい。目的を果たしたらすぐに離脱する、その為に行う事を頭の中で何度もイメージし、更には不測の事態に対しての対処を何通りもシミュレーションを行う。
魔王をぶん殴ると宣言したリズに同調し、それには絶対自分も混ざると決めていた。
コールドリッジにとって魔王やイェルサは許し難い存在となったが目的自体は変わっていない。
この世界から人間を消し去る事、それがコールドリッジの目的であり、追い求める理想の世界への第一歩なのだ。
「殴り飛ばしたら性悪女の魂も消し去って……後は狂いながら人間を殲滅してくれれば、満足だ」
魔王を復活させ人間を滅ぼそうと決めたのはコールドリッジ自身の生い立ちと記憶の継承が大きい。理不尽なまでの暴力と理不尽がコールドリッジを最悪の道に導いた。
コールドリッジは後悔などしない。どんなに恨まれ憎まれようとも、止まらない。止まっている時間がない。
目的の為には手段を選ばない。
選んでやる必要なんかない。
コールドリッジは逃げることなく歩き出す。
向かうは聖獣達が囚われる地。この世に留まれるギリギリの状態で眠る彼らを叩き起こす。
「眠ってもらった所悪いが今すぐ起きろ」
魔王も神も恐れぬこの男に、怖いものなどない。
*****
『封印が解かれた。喜べ皆の者!! 我らが王のご復活だ!!』
おおぉぉぉ!!!
美しい男とも女とも区別できない美しさを持つ魔族が配下の魔族にそう告げると雄叫びが上がった。歓喜と興奮で暴力的まで高まった魔力が空気を振動させ再構築した結界を揺らす。
ひぃっと恐怖の声を上げる民達は耳を塞ぎ、近くにいる者同士が体を寄せ合い、大丈夫だと言い聞かせながらその恐怖から身を守る。
国王アーサーと第一王子リオネルは満身創痍であったが魔術師団が持っていた回復薬で全快。テキパキと指示を飛ばし魔術師団・騎士団・軍をまとめ、徹底抗戦の準備をしていた。そして行方不明となった王太子の捜索も同時に行っている。
魔術師団による結界の解析が行われたが結論からいうと同じものを構築することは不可能であるという判断が下された。これほどまでに細かく繊細でありながら強靭でありしなやかな魔術式を再現できる魔術師は現在の魔術師団には存在しないというのが解析のプロの見解であった。この術式を解析する事にもかなりの神経を使うが、それ以上に魔術師としての好奇心を刺激され興奮が止まらないと言った様子。下手に破ろうとすればその者の魔力と生命力を奪いその力を結界維持に利用する。特大の魔力弾や術式を無効化する魔術や魔道具を使ったところで結界はビクともしないだろう。突破するには複雑に絡み合う術式を正確に読み解き、正しい手順で解除していくという地道な物。しかもトラップが仕掛けられており、一つでも間違えば最初からやり直しという鬼畜仕様である。
解析専門のプロからは「解きたい!」と心の声が駄々洩れだが、これが生命線であるのだから間違っても解くな! と叱っている同僚魔術師達。その中には最早芸術だと言って泣き出す者や自分との力量の差を目の当たりにして落ち込む連中も発生してしまった。
フロイド・グリーンフィールドはリズと再び出会えたことに歓喜の涙を流し、言葉を交せなかった事に涙し、目が合った事に涙し、結界からリズの気配を感じて涙し、泣き続けていた。それでも泣きながら対策に参加し部下に指示を出し自身も王太子の捜索を行うという器用な事を行っているのだ。
魔術師団の中ではフロイドとリズはあまりの格差にいくら王の後ろ盾を得た結婚であろうと反対だった。フロイドは宮廷魔術師団の期待の星で侯爵家の嫡男。そんな彼が『黒持ち』と結婚など、決して許されるものではないと憤った者も多い。中には下衆な言葉をフロイドに投げかける者もいたが、それはフロイドの才能に嫉妬した事による侮辱だった。
『氷の貴公子』と呼ばれた学園時代から現在に至るまでフロイドには浮いた話など一切なかった。多くの女性が秋波を送っても決して微笑むこともなく、逆に冷たい目で見降ろされる。決して靡かない男。それがフロイド・グリーンフィールドであった。
そんな男が妻に迎えたのは学園でも落ちこぼれで存在そのものが汚らわしいとまで言われる『黒持ち』
誰もが言葉を失い、間違いだと騒いだが王自ら後ろ盾になると宣言した結婚式でコレが間違いではない事が判明し、絶句した。
宮廷魔術師団長でもあるバーセル侯爵に直談判した者もいる。『息子の経歴に疵をつける気か』と。そう言い切ったのは娘をフロイドの婚約者に再三薦めてきた侯爵の学友。本当にフロイドを想っての事なのか、娘を新たに妻の座に納めようとしているのかは知らないがしつこいくらいこの手の話は方々から上がって来た。
あの『氷の貴公子』が汚らわしい『黒持ち』と結婚なんて認めないという年頃の令嬢は多く、本邸にも別邸にもリズと住んでいない事が分かると不仲説が浮上。王の命令で仕方なく結んだ結婚で数年の内に離縁するだろうという噂も出ていた。なのに。
「鼻水出てますよ」
「ジェフ、リズがいた、リズにまた会えたっリズと目が合ったんだ……! 今、私はリズの結界の中にいるっ! これはもう、リズの中にいるといっても過言ではないっ!!」
「ならここにいる人間全員リズ様の中にいる事になりますね。確かにとても心地いい空間です」
「私以外も……リズの中に……? そんな事、許されない……! 今すぐここから出て行け!!」
「それ死ねって言ってるようなものですよ」
「リズを堪能できるこの幸せ空間に、何故他人が……! リズを感じていいのは私だけだというのに!!」
「解析してる魔術師なんかもう、うっとりしてますよ。フロイド様よりリズ様(の結界)に詳しいのでは?」
「……よし、消すか」
「全て終わったと人知れずどうぞ」
「「「いや、ちょっと待て」」」
さっきから訊いていれば何とも緊張感のないやり取りなんだ! と多方面からツッコみがが入る。結界から出て行けというのも可笑しいし、消すかの発言に対して止める事をしないこの部下も可笑しい!!
フロイドの知られざる一面を知ってショックを受ける者もいれば、人間らしい一面があったのかと感心する者や、意外とぶっ飛んでる事に面白がる面々など様々な反応が見られた。
これも全て結界のおかげだと、国王は密かに思う。
愛する最愛の妻との間に生まれた二番目の子供。それが『黒持ち』だと聞いた時は一瞬目の前が真っ暗になったが、どんな子でも妻の子である事には違いなく、抱いた赤ん坊は元気でとても可愛かった。
その子を処分するなど、とても出来ない。一生日の目を見れない生活が待っていようと、この子を生かす。そう決意した時は未来でこんな事になるなど想像もしていなかった。
誰もがこの人類の未来を左右するであろう攻防戦に言いようのない緊張感を感じていた。普段は飄々と掴めない態度の軍人、エルグストン大将も真剣に部下達や騎士達と連携の確認を行っている。生と死を賭けたこの戦いでは誰もが無口になっていた……のだが。
「おぉ! この魔術式はまた一層と複雑な……」
「魔力攻撃反射、物理攻撃反射、生体エネルギー吸収、自動修復機能、それに自然影響耐性に状態維持機能も! そこに……これは? ……自動撃墜機能!? 結界を破ろうとした者を判別して攻撃するのか!! なんという結界だ……!」
「難解な、非常に難解な構築式……! これでもまだ全てを解析しきれていないなんて……!」
「美しい……! なんてっ美しいんだ……!」
「……この場にいる魔術師達はおかしな連中ばかりなのか?」
「「「……」」」
人類の未来が掛かっているというのにこの異様な様子に困惑する軍人と騎士。魔術に関してはそれほど詳しくない者や貴族出身者からすれば義務として学院に通った時に学んだきりの者達もいるのだが、心は一致して『何やってんだこいつら……』状態である。
ある種職業病と言うべきか、新たな魔術を知ると学びたいと思う知識欲求が高い魔術師だがここに招集されたのはスタンピードによる魔物討伐の為に選抜された魔術師団の中でも精鋭と呼ばれる人間の集まりだった。その欲求は他の魔術師に比べると数倍も高い所謂〝魔術馬鹿〟と揶揄される者達だったのだ。
フロイドが部隊編成を行った討伐部隊は攻撃・防御・回復・補給・修復、それぞれのエキスパートと呼べる人材を集めたらこうなった、というしかないのだが、実力は折り紙付き。中には何故この人が? という者もいたりするが配属された仕事を完璧に熟す姿を見て今まで日の目を見なかっただけの優秀な人間であることを知ったという事もあった。
魔術師団では実力主義を掲げているものの、それは形骸化されつつあり貴族の上に平民が立つことはほぼなくなっている。その状態に現在の宮廷魔術師団長は異を唱え、改めて内部改革を行ったのだ。その背景にはリズが魔術師団を差し置いて当時第五王子出会ったアデルハイトの護衛魔術師に抜擢された事が大きい。
当時は『黒持ち』という事を知らなかった為、魔術師団からは不満の声が上がったのだ。平民の魔族が王族の護衛など務まるものか! と。
魔術師団内では定期的に実力向上の為の順位付けを行っていた。トーナメント形式の魔術大会なのだがそこでも貴族は平民に金を持たせたり脅したりしてわざと負けるように指示をしていたのだ。実力を測る為の大会で八百長など意味を成さない。貴族だろうと平民だろうと己の力がどこまでなのかを知る事は、戦場に於いてとても重要な事である。
魔術師団長は大会のルールを一新。脅した、脅された事実が勝敗に関与しないよう大会前の誓約のレベルを数段上げた事で貴族であろうと平民であろうと不正が出来ないように改変したのだ。
そうしたら結果はこれまでとは真逆。平民出身者の方が上位を独占してしまった。
この事で更に貴族出身者と平民出身者とで揉めることにもなったのだが『実力をつければいい』というフロイドの一言で争いは沈静化。その大会圧倒的勝利で優勝を修めたフロイドに言われたらグゥの音も出なかったという。
とまぁ、そんな中でフロイドに認められた魔術師の集まりなのだが集まったのが変態的魔術馬鹿であったのには編成した本人も困惑したものだった。まとめ役にジェフを副官に置いたが苦労は多かったであろうことは目に見えている。個々人で行動し研究するタイプが多いので団体行動には難ありのこの部隊。次はもっと協調性について考えるべきだと遠い目をしたジェフは語る。
「その筆頭はあなたなんですがね……」
「何の事だ。それより見ろ、この魔術式を……! なんて、美しいんだっ!」
はぁ~……と心の中で大きなため息を吐くジェフだった。
(((いや、お前も大概だからな?)))
結界に夢中な部下とリズにご執心の上司に挟まれ、更に軍や騎士団との連携について確認を行いながらフォローを入れたり喝を入れたりとさっきから止まる事のないジェフに対して、周りからすれば彼もまたおかしい人認定をされていたのであった。




