リオネルの独白
妊娠出産についての描写があります。
ご注意ください。
「アデル……!?」
上空での攻防を結界の強化・補強を行いながら見つめるしかなかった。ゼーレ様の気配がないと騒ぎ出した弟、アデルハイトの指示に従い私は父上と共に地上からの防衛に専念する事となる。戻り際、リヒトを代わりにおいてきたのは魔族に対抗できると思っての事。光の上位精霊であるリヒトならアデルの役に立つと思ったからだ。
なのに……!
「王太子様が……!」
「そんなっ!?」
「ああっ!?もうっ終わりだぁぁぁ!!」
アデルハイトが魔族の手に落ちた。
気絶したのかピクリとも動かない王太子を見て民はあちこちで絶望に膝を付き、頭を抱え子供のように泣き始めた。
そんなまさか。
信じられないのはこっちもだ。
この国で今一番の魔力持ちはアデルハイトだ。少し前まで魔術師として勤めていたリズは終の棲家を求めて旅立ち、職も辞した。
ただの平民魔術師となったリズ。彼女の寿命は残り僅かだと手紙に記されていたこともあり、今回の件での緊急呼び出しの対象からは外した。今後、彼女の手は借りれないのだから自分達で祖国を守るという意識を植え付けさせる為でもある。
私達は彼女に頼り過ぎていた。
魔術師となる為の研修期間中におけるザカライアとの争い。西方司令部全体での隠蔽工作のせいで彼女の功績は全てなかった事にされていた。
その前からもだ。学院時代においても彼女が正当に評価されることは無かった。本人は早々に諦めた事で試験はかなり手を抜いていたのだったな。恐らく一般的な魔術師の中での最低ラインを狙って。
アデルハイトの置かれていた状況を打開できたのも、彼女の功績だ。元からリズをねじ込もうとは思っていたがフロイドがリズに思いの外惚れていた事は予想外ではあったけど。
……王太子の座に興味はなかった。だから別にアーヴィンがその気ならあいつが王太子であればいいと思っていたんだが、あいつにもその気はなかった。あの側妃から生まれたというのに野心などはなく、唯一の兄として慕ってくれたアーヴィン。そう言えば学院時代には夜中こっそりリズと会ってたんだったか。『黒持ち』に対してその頃から大して偏見もなかったのか。
私は私なりにリズを気に入っていた。アーヴィンが決心し、王太子の座を狙うというのならリズを娶り平民に落ちるつもりだったしな。王族の籍を抜け平民となってしまえば側妃達から命を狙われることもないだろうと考えて。……リズには悪いが子供も作るつもりもなかった。そもそも彼女に子供は産めないという事は城に連れてきた時から学院卒業までの期間の身体検査で解っていた。
女性機能に全く発達が見られなかったのだ。
成長期であるにもかかわらず必要な栄養を摂る事も出来なかったリズ。成長できずに大人になってしまった事で、妊娠出産出来ない体となってしまった。
原因があるとするなら私だ。彼女の学院での扱いを知らなかった訳じゃない。むしろ毎日フロイドに報告させていた程だ。良く知っていた。知っていたのに改善させなかったのだ。
結局私も怖かった。『黒持ち』を他の平民生徒と同等の扱いをしろというだけの事に、怖気づいていたんだ。
『魔族』の味方をするのかと、そう糾弾されることに。
生まれてから一度も会ったの事のないアデルハイトが『黒持ち』だという事を知ったのはいつだったか。母が荒れ、公務以外では父を避けるようになり、側妃達からの嫌がらせがエスカレートしていた頃。母に用があり私室を訪れた時だ。いつもは常につけている侍女すら外の扉の前に出されていた事に不思議に思ったが急ぎの用事があったので止めるのを聞かず中に入った。広い部屋には誰もいない。不審に思いながら探していると母と対面する父の姿を見つけた。
防音の結界を張っていたので聞かれては不味いものとはわかっていたがずっと私生活では会話もなくなっていたというのに隠れて、それも防音をしてまでする話は何だろう?そう思ったので気づかれないように隠れて唇を読んだのだ。
『あんな魔族をどうして生かしておくの!?早く殺して!!私の『完璧』を取り戻すのよ!!』
『落ち着いて、ジュリエット!!アデルハイトは魔族なんかじゃない!私と君との、可愛い息子だ!!』
まだ見ぬ弟アデルハイト。唯一の実弟。それが魔族?
あまりの事に立ちすくみ、父上に気づかれてしまった。幸い母上には気づかれなかったが、その日の夜は父上から弟アデルハイトについての説明が行われた。
嘘だろう……?
真っ先に思ったのはこの言葉。
そしてこの事が公になれば、私の立場も、母の立場もなくなってしまうということ。この事が世間にバレたら王族の血に『魔族』の血を入り込ませた女として母は立場を失う以上に、その命すら危ういものとなる。
母の実家リンク侯爵家は勿論、メイウェザー公爵家が母を切り捨てる事が目に見えていたからだ。それに側妃達の実家も黙ってはいまい。父の第一子として私が生まれはしたがもっと早く生んでさえいれば他に側妃を娶る必要はなかったのだと、祖父である侯爵が度々訪問してネチネチと母に愚痴を溢していた。その度母は感情を失ったかのような表情で『申し訳ありません』と応えるだけ。反発など一切しなかった。
自分を責める母を見るのが嫌だった。責めるように愚痴る祖父が嫌いだった。庇っているようで側妃に逃げる父が、憎かった。
虚ろな目で自分の不甲斐なさを責め、どこかに向かってひたすら申し訳ありませんと謝り続ける母を見ればアデルハイトが『黒持ち』などと世間に知れた際、一体どうなってしまう?答えは火を見るよりも明らかだ。
私は、弟よりも母を取った。
そうして見て見ぬふりをして過ごして来た。フロイドにリズを監視するように命じたのはもしアデルハイトが学院に通っていた場合、どのような扱いを受けるのかを知りたかったからかもしれない。
彼女にはすまなかったとは思うがあいつはこれまでの環境のせいか、図太い神経の持ち主だった。王子と知っての発言とは思えないほど、私に対しては物怖じしないリズがとても好ましかった。
認める。
私は理由をつけて一緒になろうと言ったが、あれは建前。本心は彼女に惹かれているからこそ一緒になりたいと思ったんだ。唯一、楽に呼吸が出来る相手。それがリズだから。
まっ、フロイドと相思相愛だから割って入る余地もないんだけどねぇ~。フロイド相手じゃ来世でも無理そう。執念深さはグリーンフィールド家の十八番だからな。リズには少々同情するよ。
なぁ、リズ。お前は今何をしている?
終の棲家とやらはもう見つかったのかい?
まだなら早く探すといいよ。
でないと、
「こっちが先に逝く事になりそうだ……!」
アデルを抱えた魔族が何かを仲間に告げると二手に分かれた。三人の内、赤髪の魔族がアデルと共にどこかに消えた。そして残りの二人の魔族がこちらに指先を向けた。
ビュンッ!!
指先から放たれた細い高圧の魔力砲が結界に向けて撃たれた。
ビキッ!
これまでの攻撃では当たってもビクともしないある種の万能感が確かにあった。しかし、この攻撃では魔力弾が当たった所を中心にガラスにひびが入ったように傷が出来た。
「きゃああああ!!!?」
「う、うわあああぁぁぁっ!!」
目視で確認出来るほどに傷ついた結界に、民達は恐怖の声を上げた。どこにも逃げ場などないというのに我先にと建物内に逃げ込もうとして一気に流れ込んだ。小さい者や体の不自由な者はその流れに乗ることが出来ず転倒し圧し潰されようとしている。
その姿を見て騎士や警官隊が民衆を宥めようとするもパニック状態に陥った民衆をすぐさま止める術など持っていなかった。あちこちで怒声や悲鳴が響き、それがさらにパニックを助長さる。
「落ち着け!まだ破られた訳ではっ」
私も必死で声を掛け宥めるが、アレを見てしまえば落ち着いてなどいられないのも無理はない。
私も父上も結界の強化・補強は行っている。しかし、その大本であるゼーレ様が音信不通。おかげでいくら強化しようと元の強度には遠く及ばない……!
「くっ!リオネル!!まだ余裕はあるか!?」
「残念ながら……!そろそろ限界ですっ」
叔父上たちの襲撃からこちらに向かっている間も父上は黙って結界の強化・補強を行っていたが、それ以前の争い(ほぼアデルの攻撃からの防御)で魔力は底を尽きかけていた。クッソ!!あいつら余計な事しやがって!!
これももしやコールドリッジの狙いか?こちらを消耗させ、一気に国を落とすつもりであの二人を寄越した……?
……気に喰わねぇな。
今王都には魔術師団の精鋭は東部で起きた魔獣討伐に出ている。通信魔道具で緊急呼び出しを賭けはしたがあちらの討伐もある上に距離が離れすぎだ。すぐに戻ったとしても3日はかかるだろう。宮廷魔術師長であるバーセル侯爵は城に留まり王族の安全確保の為尽力している。結界強化に回す事も出来るがいざという時、王妃と婚姻を控えたコーデリアをザカライアに転移させる為に城に留まるよう父から命令を受けていた。
フロイドは先の討伐に向かっている。つまり結界の強化に回せる魔術師は今この場にいる者達だけ。
コールドリッジは知っていたんだろう。今日、最も王都の防衛が手薄になっている事を。
「やってくれたな……!」
魔獣の出現、城の警備、非常時での各人の対応。
王弟という立場であった叔父なら把握できる。
「貴方の罪は重いぞ……!叔父上!!」
愛する人の為コールドリッジの手を取った叔父なら、この期を逃す筈がない。
手駒にされている事を知っているのか、いないのか。知っていても尚、コールドリッジの手を取るだろうことは目に見えているが……。
愛する人の為に国を、国民を売った叔父上。情など当に尽きているがそれでも腸が煮えくり返る思いだ……!
『次で破るぞ』
『ウェェイ!!久しぶりの飯だぁ♡』
長い舌で舌なめずりをする魔族。その先端は二股に分かれておりまるで蛇のよう。……爬虫類かよ。
もう一人の魔族が先ほどの魔力砲を放った。今度のものは先のものよりも魔力純度が高い。つまりは威力も先程以上となるだろう。
「あ、あはは!もう、おわりだぁぁぁ」
「いや、いやぁぁぁ!?」
「た、助けてくれよぉっ」
絶望に打ちひしがれる姿を見て魔族側はニヤニヤとした笑みを浮かべ早く早くと言わんばかりに結界の近くに陣取る。ひび割れたところに再度魔力砲が辺り、ひび割れがさらに広がっていき……そして。
バリィィィンッ!!
『ヒィヤァッハァァァーーー!!割れたぁぁぁ!!』
闇色を纏った高純度の魔力砲。それはまっすぐに地上に向かってくる。アレが直撃したらその衝撃だけで多くの人間の命を奪う事になる。仮に生き残ったとしても結界が割れた今、魔族が侵入し捕食される未来しかない。
恨むぞ、叔父上……!!コールドリッジ!!
死の間際と言うのは時間の流れが遅くなると聞いたことがある。ただの気のせいだが当事者となってわかった。本当にゆっくりと流れている。だけど体を動かす事も出来ず、私は迫りくる砲撃をただ眺めるだけ。瞬きの内にその一撃で私の体は撃ち抜かれ、命を落とすだろう。
回避不可能。
……すまない。先に逝くよ。




