囚われる
この世界はクソだ。
人は生まれた時から、生まれる前から優劣が決まっている。
建前上は人は平等でどんな人間でも対等だという。老いも若きも男も女も命の重さに変わりはないのだと。
本気で言ってるなら笑うしかない。何ともお花畑な思考の持ち主だ。
人は平等なんかじゃない。対等でもない。優劣は必ず存在する。それが生まれた環境に大きく左右されたものであろうとな。
格差は広がり続け更に平等とは遠くなる。
初めから富裕層に生まれた人間は食うに困らず平凡だと嘆き、貧困層に生まれた者はその日暮らしがやっと。本能的に死にたくないから生きているだけでそこに目的も目標もない。
これが平等?笑わせる。
神よ。あなたのお創りになった世界はとても美しい。しかし、この美しい世界に蔓延る害虫がこの世界を穢している。
神よ。この世界に何故人など創り出したのです。それがいなければなんと完璧な世界なのでしょう。
神よ!あなたにはこの世界を生み出した責任がある。この美しい世界に『人間』というゴミ虫を創り出した責任が!
神よ……!貴方が創り出した美しい世界に蔓延るゴミ虫を、貴方自身で一掃することが再び完璧な世界を取り戻すための唯一の方法。
責任を果たしてくださいね、我らが神よ。
*****
「いつから!?ゼーレ様の気配がない……!」
繋がりは辛うじて感じる程度。それも今にも途切れてしまいそうな程弱まっている。クソッ!慢心していた。ゼーレ様の存在は永遠だと、そう勘違いしていた。顕現されて数年。たったそれだけで僕自身、ゼーレ様に依存していたなんて……!
「結界が弱まってる。兄上!すぐに戻って結界の強化を!」
「だがお前はどうするつもりだ!?一人で戦う気か!!」
「結界が破られれば大惨事です。この結界を強化・補強出来るのは兄上と父上だけ!僕の事はお構いなく!!」
「構うわ!死ぬつもりか馬鹿者!!」
死ぬつもりなんて一切ない。泥臭くても生き残るつもりだ。だけど現実問題、結界はかなりのスピードで弱体化している。ゼーレ様との繋がりが薄くなっているのが原因か何かはわからないけど、このままでは時間の問題だ。
僕も結界を張れるが戻って結界を強化すると僅かな時間差で弱まった部分から魔族が侵入する可能性が高い。奴らの目的が僕である以上、ここから下手に動く訳にはいかない。謂わば囮。魔族が再び人を餌と認識すれば結界は今度こそ破壊される。兄上と父上に強化をしてもらわなければあっという間に魔族に喰い殺される未来しかないではないか。
「行って下さい。僕は死なず必ず生きて戻ります」
「……リヒト、お前は残ってアデルについてやれ。必ず生きて戻って来い……!」
『お任せください。我が主よ』
「必ず戻ります。兄上も、ご武運を!」
「あぁ!任せたぞ」
弱体化した結界をすり抜け戻っていくリオネル兄上。兄上に任せておけば大丈夫。なんやかんやで一番国民を想い国民の生活レベルを上げようと奔走しているのだから。
僕がいなければきっと兄上が王太子となっていた。その事で負い目を感じていたけどそんなことも兄上にはお見通し。
『私は王位に興味なくてね。それよりお前の陰に隠れて暗躍する方が性に合っているんだ。ほら、こんな性格だろう?疲れるんだよ、取り繕うの』
そう言って苦笑いを浮かべた兄上は僕の頭を優しく撫でた。それが嘘だとは思わないけど、これまでの兄上の努力や思いを簡単に無かった事にするなんて出来るだろうか。期待と妬みを一身に受けて来たというのに、僕の存在が邪魔に思ったことは無かっただろうか。
『リオネル殿下はお嫌いな方には殊更いい笑顔を浮かべる特殊能力者ですよ。アデルハイト殿下に向けるのは自然な笑みでしょう?』
そう教えてくれたのもリズだったね。
兄上とリズの関係性って謎。二人に聞いても上司と部下以外に何があるの?って顔をするけどある意味フロイドよりも深い仲って感じ。なんていうか、熟年夫婦みたいな阿吽の呼吸っていうのかな?本人たちは気づいてなかったけどフロイドなんか影でハンカチ噛みしめてギリギリしてたもんなぁ。
で、結局その助言のおかげで兄上に対しての後ろめたさが無くなったんだよね。よくよく観察したら兄上って好き嫌い激しいし。
それを気づかせてくれたのはリズだ。こんな所でも僕はリズに救われている。
あぁ、改めて僕はリズに何も返せていないんだなぁ。
「リヒト。すまないが力を貸して」
『勿論!!ご存分に我が力、お使いください』
リヒトからの力強い言葉が有難い。
さぁ、気を引き締めて行こう。あちらもリヒトが残った事で警戒が強まったみたいだ。
しかし、魔族と言うのは上位の存在になればなるほど美しい姿だな。ま、僕も兄上も整っているけどね!リズだって褒めてくれたんだから!
『リオネル殿下は外面はいいんです。面は。殿下はお顔だけでなく性格も可愛らしゅうございますよ。リオネル殿下に中身まで似てはいけません』
その後兄上にぶん殴られてたなぁ。女の子殴るなんて兄上は酷いって言ったらリズしか殴らないって。ある意味特別扱いしているからいいんだよって言ってたけど、やっぱり殴っちゃダメだよ。
って話が逸れたや。下っ端魔族はあらかた片付いたから残りは中位から上位魔族。忘れているかもしれないけど僕は結界の強化と自分の浮遊のあ為の魔力を常に消費している。まだまだ余裕があるとは言い難い中での新手の登場。……ダメもとで帰って欲しいと告げたら帰ってくれないかな。
『イェルサの魂の回収を行う。さっさと魂を差し出すがいいぞ人の子よ』
柔和な笑みを浮かべそう言ってきたのは赤髪に紫の瞳の美丈夫。神の如く美貌と言っても過言ではないが、魔族に神の如くと言うのも変な話だ。
「断る。『イェルサ』の魂を差し出すという事は僕の命も差し出すという事。許容できないな」
『お前一人の命で国に残る人の子の命が救われるというのにか』
はっ!何が救われるだ!
魔王の復活が目的なら遅かれ早かれ人など魔族から淘汰されるだろうに。それを解ってて言ってくるのだからこの魔族は絶対に性格が悪い。
そして、非情に不味い。
(こいつ、僕より強い。万全の状態でないにしても、勝てる見込みは低いな……)
禍々しいオーラを纏うこの魔族の男は余裕の笑みを浮かべているというのに。リヒトの力を借りたとして良くて五分五分。体力の差、経験値、任務に対する忠誠心。それらで総合的に考えたら恐らく向こうが実力でも経験値でも上。体力も忠誠心もとなれば結果は明らか。
嫌な汗が滲んできた。コールドリッジの前にこの魔族野郎をどうにかしないと!
『命乞いはしない、と?』
「する必要なんかない。僕は生きてこの国と民を守るのだから」
勝てなくてもいい。負けなければいいんだ。
そう思えば気持ちもいくらかマシだ。
魔族の男は不思議そうな顔をして首を傾げた。僕の返答がそんなに意外だったのか?
『どんな生物でも結局は自分の命を最優先する。『人』はそうではない?我々を封印した連中もそう言っていた者達ばかりだ。『守る』と。口では簡単だが自分の命を引き換えに『守る』価値が『人』にはあるのか?』
男の言葉を察するに、初代国王の時代に封印された魔族でその当時シリル王と共に戦った仲間達も人間を守るために戦ったという事だろうか?
『我々を封印した奴らは『守る』と言う。だが『守られる』側の連中はどうだ?奴らを生贄にしたにすぎんぞ。切り捨てられたとも知らず命を賭け、自分達は生き永らえた。そんな『人』を『守る』価値が本当にあるのか?』
この男が言いたいことはわかる。少なくとも、生まれてすぐに幽閉され教育も自由も真面に施されなかった僕には多少なりとも。『黒持ち』という理由で追いやられた僕には、恨みが無い訳ではないから。
初めて姿を公に現した時の広場からの『殺せ!!』の大合唱。
どんなに仕方ない、当然だ、耐えろと心の中で唱えても悲しかった。
どうしてこんな事を言われなければならないの。
僕が一体何をしたの。
どうして僕だけ……?
あぁっ……、ダメだ。
堕ちていく。暗い暗い闇の中に。
沈んでいく。まるで底なし沼に嵌まったように。
囚われる。手足を蜘蛛の巣で絡めとられて。
『アデルハイト様!お気を確かに!!』
とおくで、リヒトのこえがきこえる……。
へんじをしなきゃ。ちゃんと、だいじょうぶだよって。
でも、おかしいな……。
とっても……ねむいん、だ……。
*****
『アデルハイト様!アデルハイト様!!』
精神をやられたか!
いくら魔力が強くてもまだ15歳の子供にこの魔族と対峙するのは早すぎた……!
体の力が抜け、眠るようにして意識を手放したアデルハイト様。それを狙う魔族達からの攻撃を躱しつつ声を掛け続ける。アデルハイト様の魂を奪われでもすれば主に顔向けできない上に、多くの人が死ぬことになる。それは避けねばならない。
結界は主、リオネル様と主の父君である王の手によって強化・補強されている。しかし、元の結界の強度が落ちている今、いつ破られても可笑しくはない状況。ゼーレ様の身に一体何が起きたというのだ!?
『精霊、それも光の上位精霊か。悪い事は謂わない。さっさとその魂を寄越せ』
『黙れ!お前達なんぞにこの方の魂をやるものか!!』
私の契約主はリオネル様。今私の腕の中にあるアデルハイト様の兄君だ。主からアデルハイト様を助けるよう命じられたのだ、決してこの魔族に命をくれてやるわけにはいかない!上級魔族数体が相手であっても、この方を守り切って見せる!!
『意気込みは良し。されど……、経験不足よな』
『ほんに、まだまだひよっこの分際で口は達者よ』
『我ら相手に勝てる見込みがあると思いあがったか、若造。さっさと片付けるぞ』
上級魔族三体。数で不利な上にアデルハイト様を抱えた状態での戦闘となるとこちらの劣勢……!だが、負ける訳には……!
『〝数での不利〟〝荷物を抱えての状態〟だけが劣勢と捉えているようでは……甘い』
『!!?』
私は魔族に対抗できる精霊で光の上位に存在する。相性でも位から考えても、いくら上位魔族三体とはいえ勝てずしても負けることは無い筈だ。だからこそ、主の願いも聞き入れた。私がいれば役に立つと疑いもなく。
ブォンッ!!
一体の魔族が消えたと認識した瞬間、暗闇に包まれた全身に激痛が走った。
『若造よ。光の精霊で上位である自分には我々に対して優勢とでも?……思い上がるなよ、雑魚が』
なに、が!?何が起こったというのだ!?
気づけば腕の中にいたアデルハイトは魔族達に奪われ、私の体はバラバラにされているだと!?
『あ、デル……イト……!』
顕現された肉体が崩壊していく。あぁ、なんと情けない事だ……!しかも主との繋がりもあの一瞬で切られた。もう私がこの世界に残っても先程までのように力を使う事も出来ない。力の大半を失った私は強制的に精霊界へと送られる事になる。位を落とした私ではお役に立つことも出来はしない。
『主……!申し訳、ございません……』
そうして私の意識は遠のき、光の粒子となって消えて行ったのだった。




