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王太子、空を翔る

 

 シリル王国王都、プレアデス。

 いつもは王都らしく華々しい活気に満ち溢れた美しくも力ある様であるが、今はその面影もない。突如として現れた魔族が上空から人を餌として選別しているのだ。どれが旨いのか涎を垂らしながら吟味しているのを国民は震えながら、泣きながら、狂って笑いながら、兎に角逃げようと走り回りながらただその視線を受け続けるしかない。目を合わせただけで発狂してしまう恐怖に、()()()()()を知った国民は、無意味な謝罪を繰り返しながら命乞いをするのであった。


 結界は今のところ持ちこたえている。聖獣ゼーレの守護結界は魔族の侵入を拒み続けているのだが、それでもいつ破って襲われるのか気が気でない状況。それは更に恐怖とストレスを与える。現状、魔族は結界を破っては来れていないがこちら側も魔族を撃退することも出来ていない。


 騎士や魔術師が不測の事態に備え、国民の避難誘導を行い結界の強化に尽力しているがそれもいつまで続くのか。国民からは早く魔族を撃退してくれと懇願され、冒険者ギルドにも依頼が殺到している。しかし、あれだけの数の魔族を相手に国民を守りながら撃退することが出来る人間はどこにもいない。まず、結界内部にいる限り外に出る事も叶わないのだ。逃げ出すことも出来ず、撃退する事も出来ない今の状況に国民の不安感はさらに高まり騎士や魔術師、警官隊に詰め寄る。暴動一歩手前であった。



「一体、いつまで続くんだ!!?」

「はやく奴らを討伐してよ!!」

「あんたら魔術師だろ!?何やってんだよ!!」



 大半の人間は魔族など見たことがない。物語の中の空想上の生物であると理解する者も少なくなかったのだ。それがいきなり現れて舌なめずりされる状況に、平静を保てるはずがないかった。早く倒して、目の前から消してほしい。そんな思いで騎士や魔術師に詰め寄る彼らを責める事など出来ない。


 騎士、魔術師も魔族など今日初めて見た者がほどんどだ。纏う空気、オーラ、魔力、それらすべてが自分達とは違う生き物であると実感させられた。そしてあっけなく理解する。


 敵うはずがない、と。


 本能的な恐怖。圧倒的な力の差。支配する者とされる者。

 人如き、魔族に対抗など出来るはずがないのだ。そう、理解するのに時間はかからなかった。絶望し餌になるしかないと諦めた時、一人の若い男が空へと舞い上がった。


 まるで翼でも生えているかのように自由自在に飛び回るその男の姿は美しく、天使のようである。魔族に捕食されるしかない哀れな我々に神が遣わしたのだろうか……?

 あまりの美しさに心を奪われた。そして気づいたのだ。あれは、あの御方は神の遣いでも天使でもない。あの方は……!



「王太子様……!」

「王太子、アデルハイト様っ」

「王太子様だ!」



 我々が()()を見るまでずっと魔族と呼び蔑んできたこの国の王太子、アデルハイト殿下だ。彼はその特徴的な黒髪を隠しもせず、美しく靡かせながら飛んでいるではないか。真っ直ぐ一直線に、魔族に向かって怯むこともなく。


 一瞬寝返ったのかという考えがよぎった。しかし、それは違った。

 魔族は一斉に王太子に狙いを定めて攻撃し始めたのだ。今まで餌として見てきた国民になど目もくれず、全ての魔族が王太子アデルハイトに向けて襲い掛かった。


 結界の外に出た王太子アデルハイト。

 向かってくる魔族に向けて不敵な笑みを浮かべたのだった。




 *****




 思っていたよりもバランスを取るのが難しい。


 初めて空を飛ぼうとした時はリズの助言もあったことから大きめの板の上に載って板ごと持ち上げるようにして地面から数センチの高さを浮遊したんだ。初めは感覚を覚える為に板を敷いていたけど慣れてきたら小さくしていって最終的には板なしでも浮遊出来るようになったのは初めての浮遊から3か月後。嬉しくってリズに報告したら返事と一緒にお祝いの品が届けられた。リズと一緒の黒色のブレスレット。滞在先の国の伝承に送る相手の幸せを祈ったアクセサリーを贈る風習があるというので僕の他に兄上やフロイドにも贈られた。でも祝いの品だから僕のはちょっと特別。既製の品ではなく、リズがデザインした物なんだ。フロイドからは歯軋りしながら羨ましがられたけど、これは僕がもらった物なんだからね!あげないよ!


 空中浮遊はバランスを取るのが難しいけど、それ以上に自分を持ち上げられるほどの魔力を持ち、それを一定の出力で放出し続け繊細な魔力コントロールが必要となるもので中々出来る人がいなかった。風の精霊と契約した者であればちょっと高く飛んで浮くことは出来るけど、リズみたいに飛び回ったり高高度まで上昇して急降下、急停止するなんて芸当誰にも出来なかった。かくいう僕もそこまで上手くない。でも飛ぶ事自体は問題なく出来るようになったんだ。


 いざ自分がやってみるとよく解る。どれだけリズが規格外だったのか。難なくこなしてしまう彼女にとっては大したことではないと思っているのかもしれないけど、そのほとんどが常人では到底不可能な領域の御業だ。僕がそれを知ったのも随分後だったけど。


 飛ぶのは気持ちいい。何もかもから解放されて自由になれる気がするから。それに風に吹かれるととても気持ちいいしね。逃げ出したくなった時もあるだろうから気分転換に、と教えてもらったんだけど教えて貰っといてよかった~。


 あいつら(魔族共)は空から降りてこないし。結界張ってあるし本当に下りて来られたら困るけど。


 ……捕食目的で来たんじゃないことくらいわかる。コールドリッジの目的が神の敵である『黒持ち』の僕を討伐する事なんだからこの召喚した魔族を使って僕を葬り去る事が目的なんだろう。どうしてそこまでして僕を殺したいのか。

 クレプス教の教義によるもの?そんな訳ない。だってコールドリッジ自身が『黒持ち』なんだもの。自分自身が教会の教えに反しているというのに教えを守るなどありえるのか?教えを守りさえすれば『黒持ち』でもいつか救われる日が来るー、とか思ってんの?


 ……そんなタイプの人間か~?そんなに熱心なら三年前の侵攻の時、どうして現れなかった?そのあとも姿を消し続け、今日漸くその姿を見せた。ていう事は何か準備をするに漸くすべてが整った、そう考えるのが妥当。でも、一体何をしようとしている?



「何が目的だ?僕を殺すだけならここまで魔族を召喚するなんて大規模な事、する必要なんかない」



 飛び掛かってくる魔族を躱し、浄化していく。魔族に対抗するには聖属性または光属性が有効だ。『黒持ち』である『イェルサの民』である僕には全属性の魔法が使えるから積極的に前に出る。手から放った光に飲み込まれ肉体が光の粒となって消えていく魔族達を見極めながらコールドリッジの目的を推考する内に、こんな会話が聞こえてきた。



『イェルサの魂、もう随分集まってきましたね』


『あぁ。アレを回収した後はあの男ともう一人の女の魂とでほとんど揃う。完全とはいかないが、きっとご満足されるだろう』


『残るはほんの僅か。魂で地上を彷徨っているのか人間に入り込んでいるのかはっきりしませんが、それも時間の問題です。我らの目的は漸く果たされる』



 我らの目的?

 それに魂が揃うとは。



「『イェルサの民』の魂を狩って、完全なものにするという事か!」



『イェルサ』の魂を欲する人物。そんなの決まってる!



「魔王を復活させる気か!?コールドリッジ!!」



 推測でしかない。だけどきっと間違いない。

 僕の中にある『イェルサ』の魂を回収して全ての欠片が集まったらイェルサを復活させることが出来る。そう信じて過去、魔王は地上を破壊して回り最終的にはシリルを含めた各国の英雄達が協力して『不可侵の森』に封印した。封印を解けば再び魔王はイェルサの魂を探し求めて破壊の限りを尽くすだろう。



「目的は魔王の復活だとして、その狙いは?復活なんかしたら世界中の人間を殺し尽くすぞ!?」



 人によって殺された魔王の最愛の女性イェルサ。当時精霊王だった魔王が自然の摂理を破ってでも死者蘇生をしようとしたがそれに反対した精霊たちによってイェルサの魂は砕かれ散り散りにされたのは、精霊王に禁忌を犯してもらいたくなかったからだ。人を愛したのなら人の死にも向き合わなければならない。


 精霊王(魔王)には、それが出来なかった。


 だからこそ、未だに魂は輪廻の輪に戻る事なく地上に留まっている。魔王に回収されれば精霊王だった時代に築いた自然の摂理に反することになるから。いつか失った悲しみを乗り越えてくれると精霊達は信じたが故の措置だったというのに……。



「それににしたって、これでは魔王に全て破壊されてしまう!コールドリッジは何を考えてるんだよ!!?」



 僕の魂を狙って魔族が次から次へとやってくる。初めは雑魚ともいえる連中だったけどだんだん手強くなってきた。下級から上級になるにつれ知能レベルも上がってきている気がする。魔法攻撃も上級魔族の方が威力が増し洗練されている。……ちょっとヤバいかも!



「アデル!!加勢する!」


「兄上!助かります!!」



 空中での攻防に気力と体力魔力を削られ弱気になってきた頃、リオネル兄上が加勢してくれた。兄上は自力で飛ぶことは出来ない。だからフロイドの父君であり宮廷魔術師長のバーセル侯爵と契約した中位精霊の背に乗ってやって来た。兄上、カッコいい!



「魔族相手なら、リヒトの力が役に立つだろう。頼んだよ、リヒト!」


『お任せあれ、我が主よ!!』



 リオネル兄上の精霊は光属性。魔族の討伐に相性が良い。……なんかボロッとしてるけど多分大丈夫なはず!



「兄上!コールドリッジの目的は魔王の復活かもしれません!」


「は!?魔王の復活!?」



 やっぱり驚くよね。普通そんなの考えないもの。

 精霊と契約した者にはわかるはずだ。彼らは自由。僕たちのようなたかが人間が彼らを扱えるはずがない。契約を交わしたとしてもそれは対等であると認めたというだけの事。決して主人と下僕という関係ではない。そんな事思っている人間に契約など出来るはずがない。


 力の弱い下級精霊であろうとそれは同じ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 魔王はかつて精霊王だった。

 そんな魔王を復活させれば自分のいう事を利く殺戮兵器だとでも思っているのか?下級精霊ですら我々の手に余るというのに。


 何故その最たる存在である精霊王を従える事が出来ると思うのか。


 闇落ちしたが故に魔王となったが精霊王はこの世を創り出したと言われるほどの存在なのに。

 何がしたいの?どうしたいの?


 コールドリッジの目的は魔王の復活?本当に?復活のその先に求めているものが、本当の狙い?では復活の先にあるものって?



「―――あぁっそんな!?ゼーレ様!!」



 思考に耽って気づかなかった。

 ゼーレ様の気配がさっきから全くないという事に。


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