回想:フロイド・グリーンフィールド2
続きです
『黒持ち』リズ。
彼女は私のクラスメイトになり命令通りに彼女を監視した。
私自身、『黒持ち』を見るのは初めてだったので純粋に興味があった。何故なら多くの魔術書には『黒持ち』の異常なまでの魔力量や魔術に関して多く記載されていたからだ。そのせいか忌むべく存在として扱っている割には他国との戦や内乱ではその魔力で『黒持ち』が活躍したらしい。
魔術に長けた存在。または、魔術との親和性が高い『黒持ち』が一体どんな魔術を使うのか。興味があったのはこの一点のみだった。今思えば本当に最低なことだが、彼女がクラス中から忌み嫌われているのは知っていたし、何なら学院の何処ににも彼女の居場所などないことも気づいていた。
なのに、放置した。
『黒持ち』なのだから仕方ない。
『黒持ち』だから、何をされても仕方ない。
当時の私は本気でそう思っていたのだ。
学年の上下、生徒教師問わず彼女は罵倒され続けていた。
そんな彼女を見て私は『またか……』としか思わなくなっていたのだ。
「彼女どう? どんな子だい?」
今日も生徒会の仕事をサロンでこなす。殿下は休憩に入った瞬間にそう尋ねてきた。
「どうも何も……。別になんてことはありませんよ」
作業していた手を止め、殿下の従者が淹れたお茶を飲む。
本当に何でもない。つまらないヤツ。そう答えると殿下は面白くなさそうな顔をしていた。
「……オレがお前のクラスに入れたのは失敗だったか? それとも学院中で嫌悪されている状況で〝何てことない〟と答える無能だったのか。お前は」
「!!」
そう言われてもピンとこなかった私がパッと背筋を伸ばしたのは、偏に殿下から〝無能〟呼ばわりされたことに対してだった。
「殿下。私はまだまだ未熟者ではありますが、それでも殿下の側近候補としてよくよくお仕えしているという自負がございます。〝無能〟呼ばわりされる覚えはございません」
腹が立った。
いつかは王家に魔術師としてお仕えするだろうと思っていたし、第一王子と第二王子のどちらかの側近にもなるやもしれないことは入学する前から意識していた。強引ではあったがその後はそれに見合う努力もしてきた。なのに、
「……〝無能〟は取り消そう。だが、それなら君の目は節穴だ。何の為の『監視』だと思っていた」
「何の……? 『黒持ち』が悪さをしないように……」
「はぁ……」
本気で意味が分からなかった。
『黒持ち』の監視だろう。勿論行ってきた。だが、特段怪しい動きはない。警戒は解かないが、脅威とも思えないようなヤツだし。
だが、殿下のため息は大きい。本当に呆れられてしまったのだろうか。一体何が悪かったというのだ。
「俺は彼女に関すること全てを『監視』してもらいたかった。『黒持ち』に対する偏見は勿論あるだろうが、それを『普通』と見做して〝何もない〟と報告するのは君の目が節穴だとしか言いようがない。本気で彼女を監視していたのか?」
「、それは」
「彼女の授業を受ける態度は? 授業中、彼女を取り巻く他生徒の様子は? 休憩時間は? 教室で過ごしているか? 昼休みは? どこで食べている? 何を食べている? 教師からの反応は? 他生徒と比べて違和感はないか? 放課後は? 何をして過ごしている? 寮に戻ってからは? 女子寮だから詳しくはわからんだろうけど、女生徒から何か聞き出せないか? 寮での食事はどうなっている? 部屋は? ベッドは? 風呂は? ……彼女は『平民』が受けられる学院や寮での生活を何も不自由なく過ごせているのか?」
「……」
答えられなかった。
全て、知らない。わからない。
『監視』なんて名ばかりだった。
私は彼女を見ていなかったのだ。
「……フロイド。君が俺の側近候補になったのは半ば強制的なものだった。悪かったとは思うが、良かったとも思っている。不思議と君とは本音で話せる、いい友人だともね。だからこそ、私は君の意見を聞きたいと思ったんだ」
普段のさわやかな悪い笑顔はない。ただ、とても悲しそうな顔だった。
「他の側近候補達は『黒持ち』と聞いた瞬間、顔を歪めた。汚らわしい、悍ましいとね。だが君は驚きはしたけど嫌悪の情はなかったように見えた。だから客観的な情報を自分の中の偏見と結びつけず、見たままの情報を報告してくれるだろう、とね……」
「―――――!」
失敗した。私は自分の中に偏見はないと思っていた。むしろ、『黒持ち』に興味があった。
なのに、出会った彼女は書物に載っているような『黒持ち』でないことに早々に、それも勝手に失望したのだ。
彼女からすればそれは勝手に押し付けられた理想だ。書物に載る『黒持ち』は彼女ではないのだから。彼女に非は一切ない。なのに、勝手に失望した私はもはや『黒持ち』に用はないと。常態化しているいじめに、いやそんな生ぬるいものではない。暴力に、悪意に満ちた日々を知らん顔していたのだ。
『黒持ち』なのだから仕方がない、と。
「……彼女、ちょこちょこ見かけるよ。大抵誰かしらから暴力を振るわれているか、教科書や帳面を探しているところをね。……フロイド」
「……はい」
「そう落ち込むな。これで側近候補を外そうとは思わないし、第一もう過ちは犯さないだろう?」
「勿論です!!」
「ふふっなら、今後は詳しい報告が出来るようにしっかり『監視』を頼んだよ?」
「はいっ!」
そうして、私は彼女を。リズをしっかり『監視』することになった。殿下の期待にも応えられるように。
*****
そうして監視するにあたって殿下からの指示は『必要以上に手を出すな』というものだった。
あくまでも目的は『監視』で、すべての悪意から守れというものではなかった。勿論、あまりに見かねる行為には止めに入るようにとも。
だが、殿下と話してから『監視』する彼女を見ると止めに入りたかった。どうして昨日までの自分はこの行為を平然と受け入れてきたのだろう?どうして『仕方ない』と思っていたのだろう。
暴力の嵐だ。クラスメイトからは当たり前のように。上級生からも手を上げられていた。魔術の私用行使は禁止されているにも関わらず攻撃魔法を繰り出し、的になっている彼女をさらに別の生徒が攻撃する。
周りも止めるどころか相手の生徒を助長する。
蹲り、体を縮めて震える彼女はただただ頭を下げて相手が飽きるまでただその時を待っていた。
視界の隅に教師が見えた。多数の生徒が寄ってたかって一人の生徒を的に攻撃魔法を行使している姿を見ても何事もなかったかのように歩き出す。
周囲は嘲り、罵り、罵倒する。
これが『黒持ち』であるリズの毎日。
どうして気づかなかった。
どうして何も思わなかった。
どうして『仕方ない』で済ませた!!
一人の人間を、何故ここまで追い詰める!?
彼女が何をした!?
彼女は私達と同じ『人間』だ。
痛みもあれば悲しみもある。
憎しみも、恐怖も、恨みの感情もだ。
編入して3か月。
これが彼女の毎日だ。
今日だけではない。編入してから今までずっと。誰にも頼れず、誰にも助けを求められず。彼女は孤独に一人耐えてきてのだ。
これまでのことを回想し、後悔の念が押し寄せる。いつの間にか生徒たちは消えていた。慌てて彼女の様子を確認すると、今まで跪き平伏した体勢だったのが地面に倒れピクリとも動かない。
(―――――!)
息が止まった。
他の生徒は恐らく崩れた彼女を見てさすがにまずいと思って逃げ出したのだろう。あんなに群がっていたにも関わらず、一人もその場にはいなかった。
いや、そんなことより!
私は彼女に向けて駆けだした。遠目から『監視』していたのが災いした。遠いっ……! 早くしないと、彼女が死んでしまう!
そう直感し、身体強化をかけ渡り廊下を駆けだした。
すれ違う生徒や教師からの声も耳に入らない。
あぁ、どうか!
治癒の魔法は才能の部分が大きく学院広しと言えど扱える人間は極僅かだ。私はその方面の才能はなかったようでこればかりはからっきしだ。
ならば、あの怪我を癒せるのは……
全力で走りながらも頭ではその後の算段をつける。一分一秒でも惜しい。早くしなければ彼女が!
彼女がいたのは中庭だ。階段をすっ飛ばし、慌てて中庭に出る。
そして、足が止まった……
噴水前に倒れている彼女。辺りは彼女の血で赤く染まり、炎系の魔術を使われたのか周囲は焼けていた。
噎せ返るような血の匂い。普段血などほとんど見ることのなかった私は足が竦んでしまった。
震えて前に踏み出せない。急がないといけないのに。急がないと、彼女が……! 一人の人間の命が間近に、手の届く距離にいるというのに、何もできない自分の無力さを思い知った。
足が震え、目の前の光景に恐怖し涙が勝手に流れた。
(動け、動け、動け!!)
心の中で自分を叱咤する。よろよろと一歩踏み出せたが、次が続かない。頭が真っ白になった。気づかないうちに頭を垂れ、絶望が押し寄せてくる。
「……いたい」
バッ
声の方に頭を勢いよく向ける。そこには。
パタパタと制服についた汚れを払う姿があった。
生きていた。それも、思っていたよりも大丈夫そうだ。安堵したら腰が抜け、その場に崩れ落ちてしまった。
ほっとしたのもつかの間。彼女の次の行動に目を剝いた。
「……ちゆ、おぼえた。きょうか、しててよかった。きょうはあぶなかった。……せーふ」
小さな声で呟きながら、自身の体に治癒を施し始めたのだ。先ほども言ったが、治癒魔法は才能によるところが大きい。故に扱える者は少ない。それが、目の前にいる。
驚くべきことに彼女は呪文を唱えることなくその体を癒してのけた。
黄金の光が彼女の体を包み、瞬く間に癒していく。火傷をおっただろう肌は今は何もない。怪我をしたのは服が破れていなければ信じてもらえないほどだ。
全ての傷が癒えたのか、彼女が次に目を向けたのは噴水だった。辺りをキョロキョロ見回し、警戒している。彼女の位置からは私のことは見えなかったようだ。周囲に誰もいないと判断した彼女は噴水に向かって右手を出し、手の甲を下にして人差し指を向ける。そこからちょいちょい、と上に曲げた。
(!!)
またもや詠唱無し。
噴水から現れたのは水を吸ってぐにゃぐにゃに歪みふやけた教科書。それに帳面、ペン、カバン。
それらが宙に浮き彼女の前に飛んできた。
吸収された水を乾かそうとするのか。詠唱無しで宙に浮かせたことも、編入してたった3か月で治癒魔法や浮遊の魔法を覚えたことにも驚いたがここから先も十分驚いた。
私なら、風と火の魔術で濡れた教科書やカバンを乾かそうとする。複合魔術は単体で使うよりも難易度が上がる。それをやろうとしているのだ。そう思った。
「かわかしたら、もとにもどる……? いや、かみがごわごわになるしインクがにじむ。……なら、みずけだけとろう。でもインクのにじみは……? あ……しゅうふくまじゅつ。やってみよ」
そうしてまたもや無詠唱で教科書や帳面、筆記用具やカバンを修復し始めたのだ。
本人は試しにやってみているようだが、この魔術はそう簡単に扱えるものではない。専門技術になる為習うのは必要とする学部を専攻した者だけだ。なのに、何故彼女が?
「おおぉ、できた。ん、よかった」
私もまだ習得に至っていない魔術だ。それをあっさり成功させて見せた彼女はやはり、『黒持ち』所以なのか?
目の前の信じられない光景に釘付けになっていた。ただ茫然と食い入るように彼女を見ていた。
「!!」
普段から顔を覆うように前髪を垂らしていたが、邪魔に思ったのか徐にかき上げ露わになった彼女の素顔。
(なんて、美しい……)
大きな瞳は黒曜石のように艶やかに煌めき、睫毛は影が出来る程に長い。魔術が成功したことに頬が紅潮している。頬や額には切り傷の跡が残っているし、大きな瞳の下には色濃い隈が存在を主張している。それでも各パーツは信じられないほど整っており配置も申し分ない程完璧だ。
現金なものだが私はこの時恋に落ちた。
『黒持ち』の所以であるその髪はボサボサでパサパサな上、土埃で汚れていても、不健康を際立てるその隈も。栄養不良が一目でわかる瘦せこけた頬も、折れてしまいそうなほど細い首筋も。
全てが愛おしい。
そう感じたのだ。
まさか恋するなんて思いもしなかった。私は今まで異性に対しては苦手意識があったほどなのだ。いや、苦手というより嫌悪していた。
侯爵家の嫡男ということもあり、王家からのお茶会や上位貴族の親睦会など嫡男としての勉強の合間に連れまわされた。周囲には大人顔負けに媚びてくる者ばかり。中には自分が高貴な身分であることを笠に言いなりにしようとする令嬢までいた。
普通にしていても冷たいと言われることも多々ある中、令嬢たちは負けじと突進してくる。
煌びやかなドレスも香水や化粧の匂いも、私は苦手になっていた。あまり視界に入れたくなくて令嬢が多く集まるような場所や催しには最低限の出席で済ませた程、逃げ回っていた。
なのに。
それなのに、何だ? この気持ちは……っ
彼女を見たい。
素の彼女をもっと。その黒曜石の瞳をもっとよく見せてほしいっ!
こんな感情初めてだ。初めて魔法を使った時のような嬉しさと胸の高鳴りがずっと続いている。
あぁ! この高揚感…… !なんと心地のいいものなのか……!
この日、私は彼女に。リズに恋をした。
リズが立ち去り、私も殿下が待つサロンへと向かう。入って顔を見るなりからかってきたが、それもどうでもいい。からかわれようがおちょくられようが、私がリズに恋をしたことに間違いないのだから。
そして、恥ずかしいとも思わない。
それはリズが『黒持ち』なのに恋をしてしまったことではなく、年ごろの男子が女子を気になり始め周りがからかってくると『好きじゃない』と照れ隠しのような態度をとる方の意味でだ。
『黒持ち』を好きになった事が世間に対して恥ずかしい?好きな子がたまたま『黒持ち』だった。それだけの事。何を恥ずかしがる必要がある?
だが、この恋が一筋縄でいくはずもない。
身分という立場は勿論のこと。不本意ながら世間からの目もある。
この恋は封印するべきだ。
もし、私がリズに懸想していると知られたら次期侯爵夫人の座を狙う他家から暗殺される可能性だってある。学院内でのこの暴力行為も更に悪化する。そうなれば本当に彼女が死んでしまう……! 学院外で襲われても誰も庇いはしない。むしろ白昼堂々、嬲り殺されるかもしれない。『黒持ち』に対する暴行は黙認されているのだ。そして『黒持ち』だけではないが貧しい平民が野垂れ死ぬなんてことはそう珍しいことではない。まともな捜査は行われずただの不慮の事故で処理される。
そんなことがあってたまるかっっ!!!
最悪の事態を想定したら怒りで魔力が漏れ出した。サロンに置いてある調度品は無事だったものの、窓ガラスにひびがはいった。
だめだ、落ち着け。
私が動揺してリズに対する恋心を知られでもしたら、想像が現実となってしまう。
落ち着け、落ち着け。と、何度か深呼吸を繰り返す。絶対に知られてはいけないんだ。
早々に殿下には知られてしまったものの
「気づくのは俺くらいじゃない?今はもう普段の『氷の君』だよ」
その渾名はやめてほしい。心底思う……
だが、周囲からは普段通りに見えているなら僥倖。この思いは決して悟らせてはいけないのだ。それがリズの為にもなる。
まだ続きます




