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アーサーとヴァージル

 

 リオネルの言葉にショックを受けて放心状態のアレクシス。それでも風の魔力で作られた壁が崩れることなく近衛騎士達の行く手を阻んだまま。近寄る事も助けに入る事も出来ない事態に焦燥に駆られる。そんな中でも冷静さを失わずにいられるのは守るべき国王、王太子、第一王子の三人に余裕すら感じられる姿があるからだろう。強襲であったにも関わらず、誰一人取り乱すこともなければ一人助かろうと命乞いをする事もない。


 そんな彼らを前に、自分達が取り乱してどうする!!


 騎士や魔術師、兵士の心は一致して己が出来る事を遂行する。風の壁は国王達三人と強襲してきたコールリッジ司祭達三名をぐるりと囲むようにして作られ、その外側にいる騎士達は近寄ることが出来ない。魔術師数人がどうにか穴を開けようと奮闘し、騎士達も剣を振りかざす。


 無意味に見えようと何もせずにはいられない。少しでも消耗してくれればそれだけ壁を破る助けになると考え、一心不乱に剣を撃ち込み、魔術師達は魔術で攻撃する者や壁を消滅させるために解析を行う。


 一刻も早く救出しなければならない。その一心だけでこの強固な魔術を破ろうとしているのだ。




 そんな騎士や魔術師の奮闘を視界の隅で認識しつつ、目の前の実の弟から目を離さないのは国王アーサーだ。彼は先ほどヴァージルが発した言葉に、強い殺意を抱いてしまった。


『義姉上が、貴方に嫁ぎさえしなければ……!』


 その言葉はジュリエットを最愛と公言するアーサーにとってとても耐えがたい言葉である。言葉だけを受け取るなら王妃ジュリエットを娶らなければよかったのだ、そう受け取るだろう。

 しかし、この言葉がそれを意味している訳ではない事などアーサーは知っている。何故なら。



「ジュリエットは、私の、私の婚約者になるはずだった……! それを兄上が攫った!! そのせいで、そのせいで彼女がどれだけ傷ついたと思っている!! どれだけ苦しかったと思っている!! どれだけ、涙を流したと思っているのですか!!」



 ジュリエット・エマ・ラファティ。彼女は確かに王太子であったアーサーの婚約者候補だった。しかし、同じ年という事もあり、ヴァージルとは幼い頃から交流があった。幼いながらもジュリエットに恋したヴァージルはきっとこのままジュリエットと婚約するんだと淡い期待と薔薇色の未来を夢見ていた。


 しかし、それは全て彼の妄想に過ぎなかった。


 ジュリエットを欲したのは実兄であり王太子のアーサーも同じ。王太子妃候補にジュリエットが加えられたと聞いたときの絶望は、人生初めての挫折だった。


 思い込みが強めのヴァージル。勝手に相思相愛で二人の仲を引き裂かれたと感じたのだが、表立ってアーサーを非難することは無かった。何故なら王太子であり優れた兄に秋波を送る令嬢は少なくなかったからだ。王太子という身分に加えて顔立ちも一級品。アーサーもそれを解っているから上手く令嬢達を躱してきた。きっとジュリエットもその他大勢の令嬢と同じく当たり障りのない仲になるに違いない。それなら、まだチャンスは残っている。他国の姫を貰う事も、自国の令嬢でもジュリエット以上に利益のある縁だってあるのだから、きっと、いつかきっと!


 そう信じ内に燻る想いをひた隠し、ずっと機会を狙っていた。決して女性を侍らす事などせずに、浮いた話など一切させないように細心の注意を払ってきた。それもこれも、たとえ自分の思いが実らずとも愛する女性以外を傍に寄せたくなかったヴァージルの精一杯のアピール。だがそれも空しく婚約者候補から正式に婚約者となり、婚約者から王太子妃になった。もう決して手に入ることが出来ない、近くて遠い存在になってしまった王弟の最愛。だが、神は決して見放さなかった。



「子が中々授からなかった事で兄上は側妃を娶った。国の為とはいえ、ジュリエットがいながら他の女を抱いた! 私だったら、私が夫だったらそんな思いはさせなかった! 子供が欲しくて結婚したかったわけじゃない、ジュリエットだから結婚したかったのに!! 兄上が横槍なんか入れなければ……ジュリエットが悲しむ事も! 側妃達に馬鹿にされることも! その子供達に下に見られる事もなかった!! 全部兄上のせいなんだよ!!」 



 ヴァージルの本音。厳格なまでに己を律し、浮いた噂などこれまで全くなかった王弟の、命を燃やすような魂の叫び。

 その姿はまるで、一途に伴侶を愛し狂おしい愛を注ぐと言われるバーセル侯爵家の呪いに侵されたかのようだ。初恋を忘れられず他に目もやらず、ただひたすら愛する人のみを見つめてきた王弟の狂気にも似たひたすらの恋情。


 それが実の兄の妻、ジュリエット。決して恋をしてはいけない相手。


 ヴァージルとて何度も諦めようとした。兄の最愛を想うなど、弟として、人として許される筈がない。思いを胸に秘めたまま誰か適当に娶り、生涯を共にするべきだと。


 しかし愛する女性が夫である兄によって苦しめられているなど、耐えられなかった。傍について抱きしめたかった。慰めたかった。自分こそが、貴女を愛していると何度伝えたかったことか……!

 幼馴染で王弟であるという事を理由に、周囲に怪しまれない程度にジュリエットに会いに行った。他愛無い日常会話。ただそれだけでもヴァージルにとってどれだけ貴重で尊い、愛しい時間だったことか。完璧な王太子妃を求められていたジュリエットは弱音を吐ける人間がいない。家から連れてきた侍女は侯爵家からの監視の意味もあり、私的な時間でも気が抜けないジュリエットにとって、ヴァージルとの息抜きの時間はとても貴重な物だった。


 ある時から化粧で隠しても隠しきれない隈の存在を知るヴァージル。それがどういう意味だったのか知ったのは、家族での夕食会の時だ。


 不妊を理由に側妃を娶る。婚姻して丸三年の月日が経っていた。

 何も言わなかった兄、気丈な義姉ジュリエット。そんな二人に対し、怒りが芽生えたのはこの時だ。

 婚約者候補に挙がったと聞いたときに感じたのは悲しみと納得。ジュリエットなら選ばれるのは当然だと思ったからだ。兄に対しても、尊敬と憧れを抱いていたヴァージルは羨望はしたし、いつかチャンスがあれば必ず叶えて見せるという野心を持った。しかし、怒りはこの時が初めてだ。


 どうして何も言ってくれなかった。そんなに私は頼りなかったか、信用できなかったのか。


 どうして相談してくれなかった。愛しているなら子などなくてもいいではないか。


 何故、何故、何故!!



「……だから、ジュリーに呪詛の種を植えたのか」


「「「!!」」」



 呪詛の種。ジュリエットの雰囲気が変わったのは側妃を娶ってすぐの頃。表向きはいつものように完璧な王妃を演じるジュリエットだが、明らに纏う空気が変わった。守ると約束し、自分の人生など二の次に、それ以外での一番はジュリエットに捧げると、そう約束したのにも関わらず。



「側妃など、結局兄上は制御できなかったではないか。娶った三人の内二人も他の男と子を成した阿婆擦れを選んだ兄上には、誰かと一緒になる資格などなかった話だったのですよ」



 憎いという感情を前面に出すヴァージルに、アーサーは怒りを抑えるようにして紡がれる言葉に耳を傾ける。不本意ではあるが、ジュリエットを悲しませたのは紛れもないアーサー本人によるもの。痛い事ではあるが、なかった事には出来ない事実。



「感情に任せ、兄上を罵り公務を放棄してくれれば離縁もしやすい。そう考えたのに……。リオネルを孕んだのは誤算です」


「ヴァージル」


「側妃と仲良くしてくれれば離縁させて私が貰うはずでした。出戻りの王太子妃など、何処にも嫁げないのですから。なら、王都から距離を置き自由に動き回れる私と一緒になればいい。彼女の曇った心も、私がきっと晴らして見せる。その為にも、ジュリエットには自分の気持ちに素直になってもらいたかった……」



 ジュリエットの負の感情を餌に呪詛は成長した。しかし、強靭なまでの精神力で決してジュリエットはその荒ぶる感情を表に出さなかったのだ。それが一つ目のヴァージルの誤算。そして二つ目はリオネルの誕生。それをきっかけにジュリエットの呪詛は成長が止まってしまった事。そして三つ目。



「アデルハイトが誕生し、聖獣ゼーレの顕現。まさか、呪詛の存在を見破られるとは思いませんでしたよ」



 吐き捨てるように言うヴァージルにアーサーは腸が煮えくり返る思いだった。真に愛するというなら、何故命を蝕む呪詛を植え付けることが出来た。何故、ジュリエットの幸せを願ってやれなかった……!



「お前を、王妃呪殺未遂の容疑で拘束する」


「フンッ、囚われる覚えなどありません。彼女にとってもそれほど悪い事ではなかったはずだ」


「何?」



 怒りで体が震えるのを抑え、目の前の男を殺してやりたい衝動を必死に押し殺すアーサーとヴァージル。互いにもう修復不可能な域にまで拗らせてしまった。



「あのまま鬱屈とした思いを抱えたジュリエットが、今も生きていると思いますか?」


「!」


「呪詛で可笑しくなった反面、救われた部分もあるはずだ! 幼い頃から虐待紛いの厳しい教育を受けて来たジュリエットにはどこにも捌け口などなかったのだから。受け止めるべき兄上は側妃の元に通い、侍女を経由して実家から叱責を受け、先代王妃からは役立たずと罵られたジュリエットには、何処にも、誰にも! 吐き出す事が出来ずにいたでしょう!! 呪詛の力を借りて感情を顕わにしなければ、今頃もう、この世にいなかったでしょうから!!」


「―――……」



 紛れもない事実。ジュリエットならきっと側妃の内誰かが身籠り無事出産を終えた後、離縁を申し出て自死を選んだはずだ。実家にも帰れず、城にも居場所のないジュリエットには王太子妃としての責務を果たす事だけが自分の存在意義となっていたのだから。側妃に子が生まれてしまえば王太子妃の交代を余儀なくされるだろう。そうなれば、存在意義さえ失ってしまう。そんな時にリオネルを懐妊したのは奇跡といえよう。



「兄上は馬鹿だ。自分の事しか見ていない。口では最愛だのなんだのと言っているけど、結局は自分が一番大切なのです。だからこそ、あの愚かな側妃達も図に乗ってジュリエット苦しめ続けた。子が必要なら生まれた後はどこか離宮にでもやればよかった。それをずっと城に住まわせて、あたかも自分が主人のような顔をして……。知っていますか? 奴らが後宮入りした後すぐに気に入った男を連れ込んでた事。第一側妃の子は全員兄上の子だったようですが、遊んでいなかった訳ではない。股も緩ければ頭も緩い、兄上にお似合いな阿婆擦れ共でしたよ」



 男を手引きしたのはヴァージル。自分には決して辿り着かないように最大限警戒して好みそうな男を護衛に、教育係に、身の回りの世話にと彼女達の周りに配置した。王太子の側妃となったにも関わらず、簡単に夜を過ごす女達に、何度心で唾棄した事か。

 それでもアレらを選んだのはアーサーを含む両親とジュリエット達だ。生まれた子供がアーサーの子供でないと知れば、一体どんな顔をするのか。楽しみでしかなかった。



「ヴァージル。言いたいことはそれだけか」


「……は?」


「言いたいことはそれだけかと聞いたんだ」



 静かな怒りを込めたアーサー。身震いするほどの圧。国王たる威厳を携えた、支配者による威圧にヴァージルは一瞬怯む。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。



「ジュリエットを貴方から解放する。その為に、私は貴方をここで倒す。……命を賭けて」


「ジュリエットは私の最愛。お前になどやるものか……!」



 ドンッ!!


 お互いの魔力がぶつかり合う。アーサー、ヴァージルの雷が相手に向かって鋭い攻撃となって向かっていく。王族同士の激しい魔力の衝突に、城内に激震が走った。


誤字報告ありがとうございます。


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