婚姻無効
夕食会の準備を終えた頃、部屋の外がドタドタと騒がしいなと思ったらノックも無しにバンッと開け放たれた。
「リズっ!!?」
慌てた様子でそう叫んだのは我が夫、フロイド・グリーンフィールド。相当焦っていたのか汗を流し呼吸が荒い。はぁはぁっと息が乱れ肩で息をする愛しい人。三年ぶりの再会だ。
「……只今戻りました、フロイド様」
「リズ……、リズっ! あぁっ! リズ……!」
涙を貯めリズリズと繰り返すフロイド様はゆっくりと歩き出し私の存在を確かめるように体に触れる。最初はそっと手を取り、徐々に腕、肩と上がっていき頬に触れる。両頬を包み目と目を合わせると、涙が遂に決壊した。
「っり、リズっ!! ~~~っよく、無事で……っ」
額と額を合わせ、さめざめと涙を流すフロイド様。三年振りの再会。
(あぁ……、やっぱり好きだなぁ)
目を閉じてしみじみ思う。フロイド様の温もり、匂いすべてが愛しい。気づけば私も涙を流し、しばらく二人して抱き合いながら泣いていた。
「リズ様。そろそろお時間です」
ジェフの声に我に返る。慌てて離れようとするも、フロイド様は全く離そうとしない。それどころか力がさらに増し逃れられない。
「あのっ……! フロイド様、夕食会に遅れてしまいますので」
「……」
「フロイド様」
「……」
「フロイド様?」
「……」
ぎゅうっときつく抱きしめるフロイド様はイヤイヤと言わんばかりに首を振り離れる事を拒否するが、時間が迫っている。こちらとしても名残惜しいが、まずは夕食会だ。
「フロイド様。陛下に夕食会に招かれているのです。遅れる訳には参りません。お離し下さい」
「……」
「フロイド様!」
「~~~っ」
それでもフルフルと首を振る。流石にはぁ~っと深いため息を吐くとフロイド様は漸く離してくれたが、どこか責めるような目をされている。
「どうしてっ……」
「はい?」
「っどうして、すぐに知らせてくれなかったっ」
「……」
予想通りの言葉。夕食会の準備があると銘打って会いに行かなかった。だってその頃はあの金髪美女とお茶会をしていただろうから。
グッと飲み込み、にっこり笑って夕食会に誘う。有無を言わせないよう、圧を込めて。
「……っ」
渋々引き下がってくれたフロイド様は漸くジェフという男性がいる事を認識。不機嫌オーラ全開にしてジェフを睨み付け、ハッとした顔をすると「まさか、着替えを手伝った訳ではないだろうな!?」と声を荒げた。ジェフは眼鏡をかけておりセオドア元王子であるという事を知らないフロイド様は遠慮なく牽制する。そんな彼を微笑ましいと言わんばかりのジェフはクスリと笑い、「髪を整えた程度のお手伝いです」と言い切る。髪に触れたくらいでそんなに怒らないで欲しいが、お気に召さなかったようだ。奥歯をギリィっと噛みしめる音がした。
「お早く」
「っ、あぁ」
ちょいちょいと袖を引っ張り促した。時間が本気でヤバい。
廊下を優雅かつ速足で駆け、何とか間に合った。
集まったのは私とフロイド様の他は王族ばかり。コーデリア殿下、リオネル殿下、アデルハイト殿下、ジュリエット王妃、アーサー国王。最後に陛下が席に着いたところで開始の合図がなされ手を付ける。
「リズには苦労をかけた。だが、そのおかげで新たに国交を開かれる。国にとってもアデルにとっても良縁となろう」
「恐れ入ります」
心持ちアデルハイト殿下の顔色が悪い。リオネル殿下は取り繕っているけどピリッとした空気感がある。何も知らないコーデリア殿下と王妃様も少し空気が可笑しい事に気づいたようだ。
陛下だって気づいている。だけど陛下はやはり国王なのだ。一個人の感情より国の有益を取る判断を下す。息子達から責められたとしても。
「褒美を用意せねばならん。何が良いだろう」
私が言い出す事を待っている。
フロイド様の性格を考えればいきなり王命で離縁を言い渡されでもしたら反逆罪となったとしても抵抗してしまう事をよくわかっているのだ。そうなれば、グリーンフィールド家は一族諸共国家反逆罪で処刑の未来もありえる。
水面下で他国の王女との縁談が組まれている以上、私が取るべき選択は一つ。
「恐れながら。褒美を強請る事が可能なのであれば、ただ一つ。願いがございます」
「リズっ!!」
「アデルっ! 座りなさい」
「ですが!!」
「アデルハイト」
「! ……っ申し訳ございません」
リオネル殿下と陛下が諫める。お二人は為政者として国を選ぶがアデルハイト殿下は頭でわかっていても感情が先走るようだ。特に、私に関する事には。
怪訝そうな顔をするフロイド様。言い知れぬ悪い予感に心臓の鼓動が早まっているようだ。
彼自身、王女の縁談相手だという事はちゃんと解ってるのかな? それとも、解ってるけど断るつもりでいるのだろうか。……決定事項ではあるけれど最後にきちんと話す時間は取らないといけないね。
「私が望むのは……」
全員の目がこちらに集中する。あぁ、アデルハイト殿下。そんな泣きそうな顔をなさらないで。リオネル殿下、面白くなさそうな顔ですね。フロイド様。……ごめんなさい。
「フロイド・グリーンフィールド様との、婚姻無効を望みます」
「「「……!!」」」
「……は……?」
王妃様とコーデリア殿下は驚き、アデルハイト殿下とリオネル殿下は顔を顰め、陛下は表情を一切変えず。フロイド様は寝耳に水と言わんばかりに呆けている。
ガシャン!
ナイフとフォークを落とし、隣に座る私を凝視する。口を開け、何を言ったのかわからない様子のフロイド様だが、陛下の発した言葉に意識を取り戻すことになる。
「それが望みか?」
「陛下!! これは冗談です! 本気にしないで下さい!!」
「いいえ。本気です」
「!! な、にを……」
「私は、フロイド様との婚姻無効を望みます。婚姻していた事実を、無かった事にしてほしいのです」
「っ!!?」
王女の降嫁先が離婚歴のある男というのも懸念されるだろう。例え向こうが望んだ婚姻だったとしても平民を妻にしていた男が王女の婚家となる事に不満を持つ人間は少なくないはずだ。
あの様子から考えるに王女様の方がフロイド様に気があるように見えたので気にせず嫁いでくるかもしれないけどね。白い結婚だという事も知られているみたいだし。離縁するには十分、理由になる。
「待て、待ってください!! こんなのっ」
「リズ。……本当にいいんだな?」
「お、お持ち、お待ちください、陛下!!」
「はい。それを望みます」
「リズ!!」
立ち上がり両肩を揺すられ、前言撤回させようと必死なフロイド様。もう夕食会はお通夜のように思い空気で満たされている。王妃様とコーデリア殿下は心配そうにしてくれているが、割って入ってくることはしない。彼女達もまた、王族なのだ。国の利益の為、民の為に感情など見ないふりが出来る人達。
フロイド様は貴族で由緒ある侯爵家の嫡男だ。その責任は大きく重いもの。
個人の感情それを捨てる事など、到底許されない。
「国王陛下。どうか、我が願い。お聞き届け下さい」
「リズ!!」
「フロイド・グリーンフィールド」
「っ!!」
陛下から重みのある声で名を呼ばれたフロイド様は緩慢な動きで礼を正す。
「取り乱してしまい、申し訳ございません。ですが、」
「王命で婚姻を結ばせてしまった事にまずは謝罪しよう。すまなかったな。そして、王命で結んだその婚姻を今度は王命で解消させよう」
「!! お、お待ちください!! どうか、どうかそれだけはっ」
なりふり構わず懇願するフロイド様の姿を見ているのは苦しい。私を愛している事がわかっているからこそ、胸が張り裂けそうだ。
(好き。好き。好き。……愛しています。フロイド様)
この想いを断ち切るつもりはないけど、一緒にはいられない。愛しているけど、今生ではお別れする方を選択します。とても、辛いけど……
「今日、この場でフロイド・グリーンフィールドと妻リズとの婚姻無効を宣言する。証人は王妃、リオネル……コーデリアの三名の王族だ。……異論は認めない」
「陛下!! どうか、どうかお考え直しを!!」
「認めぬ」
「っそん、な……!」
泣き崩れるフロイド様をよそに、私は立ち上がり陛下方に向かって礼をとる。
フロイド様の隣に立っても恥ずかしくないように、お義母様から習ったカーテシー。時間を見つけては何度も練習した甲斐あって生まれつきの貴族に比べても遜色ないレベルにまでなった。
「っ」
「我儘を訊いていただき、誠に感謝いたします。……少し、疲れが出たようですのでこれにて退席させていただきたく」
「……無理をさせた」
「いいえ。我が国の太陽に栄光を」
「リズ……!」
そう言って私は部屋を出た。勿論、泣き崩れていたフロイド様も一緒に出ようとしたけど陛下に退席を許されなかった。すれ違う時「明日、お時間を」と伝えたが今晩にも乗り込んできそうだ。
部屋から出ると扉の前に待機していたジェフが少しオロオロしていたけど与えられた部屋まで護衛を務めてくれた。陛下にはジェフの正体は明かしていない。彼も三年ぶりの父親と再会したいだろうけど、それは今後のリオネル殿下の采配に任せよう。
部屋に着くと大きく息を吐く。ためらいなくドレスを脱ぎ捨ていつもの魔術師衣装に早変わり。脱ぎ捨てられたドレスはジェフがきれいに直してくれた。死んだことにされているとはいえ元王族にこんな事させるなんて私は悪女見たいだな、なんて馬鹿な事を考える。
ジェフを下がらせたあと、ベッドの上に倒れ込みしばらく目を閉じる。疲れた……。
(さて、出て行ったあとはどうしようか……)
明日フロイド様と話し合う。平行線を辿ったとしても私は二日後に王都を出る事は決めた。その後の生活だけどどうするかな。また西方のあの村辺りに世話になるか。田舎ではまだ偏見は色濃いだろうから山にでも篭って猟で生計を立てるかな。あぁ、でもそうだ。
(死に場所……探さないと)
私の世話をしてくれた『黒』の女性は死ぬ2か月前には両足が完全に結晶化し歩けなくなった。その後一か月かけて徐々に結晶化していって最後には砕け散ったんだ。……動き回れるうちに、死に場所を見つけておおかなければ。
目を閉じれば短いながらも幸せだった時間が蘇る。殿下に愛された、フロイド様に愛された。それでもう十分、生まれてきてよかったと思える。これから先はこの幸せを胸に余生を過ごせる。あぁっ! なんて幸せんだろう。貴方に出会え、愛されたとういう事は本当にもう、奇跡でしかないっ!
(愛しています。フロイド様。愛しています)
貴方の幸せを心からお祈りします。
だから、どうか。どうか、お許しください。
「先に逝く事を、どうか、お許しください……」
パキッ
……指先からの無機質な、無慈悲な音が静かな部屋に響いた……。




