『黒』の末路
妊娠について触れています。
不快に思われる方はご注意ください。
拾った私の自由デショ?
本来なら既に消えていた命を拾ったのは私なのだからこの命の所有権は私にある。勿論ゼーレ様にも許可を得ているのであの晩餐会での出来事は芝居に近かった。近かったというのはゼーレ様はそれまでは本当に魂を喰らうつもりでいたし、実際魂は一度ゼーレ様に取り込まれた。寸前で待ってもらって転移の応用で体と首を離れたように見せかけたのだ。一見すると完全に首から下はゼーレ様によって喰われたように見えた事だろう。
「お前……! ちっ!」
「お怒りはご尤も。しかし、アデルハイト殿下の安全とリオネル殿下の手足となりえる人間の育成は必須。ゼーレ様の怒りを買った彼はある意味で最も信用できる人間です」
「どういう意味だ」
眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌なリオネル殿下。睨み付けるようにされまるで尋問されているみたいな気分。アデルハイト殿下は困ったようにして私と殿下の間をオロオロしている。ジェフはそんな私達を黙ってみていてラヴクラフト様達に至っては空気と同化したかのように息を殺している。
殺伐とした空気。リオネル殿下からは殺気が放たれている。向けられているのは勿論、私とジェフだ。
「先ほど言った相談の一つ。私を解任していただきたい」
「「「!!」」」
「私の代わりとなれる人材。それが彼、ジェフです」
この時の為、ジェフという新たな人間を作った。出身国や両親、経歴を偽装して三年の間に体力も魔力量も大きく底上げさせた。
私がいなくなった時の為に。
「理由は」
「ダメだ、認めない!! 絶対に認めない!!」
未だに眼光鋭いままのリオネル殿下と焦るアデルハイト殿下。そんな二人の前にスッと右手を出す。ずっと手袋をつけてきた。それを初めて人前で外す。
「「「―――っ!!」」」
差し出した右手を何かと見る全員が、息を呑む。言葉に詰まり、しばらく時が止まったかのようだ。
「……残念ながら、私は……、平均以下のようです」
「!!」
「敵となる人間は未だ多い。信用できる人間や手駒となる人間は少しでも多い方が良い。……ジェフは、裏切りが出来ない身。それをしたら今度こそゼーレ様に魂を喰われてしまう。これほど勝手のいい人間はいないでしょう」
右手の素肌はまるで石のように固まり、指先はひび割れのように亀裂が走っている。『黒』の、『イェルサの民』の避けられない運命がこれだ。
「人の身に精霊と同等の力を宿した『黒』は成人自体が珍しい。そして、成人を果たし寿命を迎えた者達の末路がこれ。行き場を無くした魔力が体内に留まり肉体が結晶化する。先端から始まりやがて全身に広がって……崩壊する」
「「「……っ」」」
「とても人が死ぬ様ではありません。見られたく、ない。……ご相談のもう一つは、フロイド様との婚姻無効を願います。彼には……特に見せたくないのです」
行き場を無くした魔力によって肉体は魔力結晶と化す。それが全身に広がったら最後、肉体は完全に崩壊し死を迎える。肉体の破片は良質の魔力結晶であるが、最も高品質なのは心臓。砕け散った肉体の中でも心臓部分は大きさそのままで残る紅い魔力結晶。
最高品質の魔力結晶を求める者が欲しがるそれは、汚らわしいく悍ましい『黒持ち』の心臓なのだ。
「初めから離縁する事前提に私を呼び出したのでしょう。一年から三年ほどの婚姻の間にグリーンフィールド家に相応しい令嬢を選定、その後離縁させてその相手と再度婚姻させる。王命での婚姻を更に王命での離縁。詫びとして新たな婚姻は王家からの紹介。……先ほどお見かけした金髪の女性がそうでしょう」
「……」
沈黙は肯定ととる。フロイド様を含めグリーンフィールド家が拒めない家柄。混乱を極めた我が国でバーセル侯爵家の名に怯むことのない家柄を考えると他国の貴族もしくは王族の可能性も高い。
「ちっ! 大使館に閉じ込めていたんだけどな。……あのクソ女っ」
舌打ちをして忌々し気に顔を歪めるリオネル殿下。まさか王宮に来ているとは思わなかったようだ。それに他国の人間であることも間違いなかった。
私の意志と王家の思惑は一致している。残すところはフロイド様のお心一つだけ。……それが最も難しい。グリーンフィールド家の愛は重いというのは周知の事実であるがそれが呪われた血によるものであるというのは一部の人間しか知らない。愛した人間以外を愛せない、最愛以外には見向きもしない盲目的な愛情。
一応それをフロイド様は私に向けてくれている。言うなれば相思相愛な状態なのだが、貴族として子孫を残すには問題がある。
「子を残せる方に。……私には、それが出来ない」
「「「……」」」
悲しいなぁ……
私は自分の子を、愛する人の子をこの腕に抱く事は出来ないのだ。
原因は幼少期からの栄養不足だろう。月のものが今まで来た事がないのだから、多分そういう機能が発達しなかったんだと思う。
ふふっ、子が産めないのにフロイド様との婚姻を夢見てしまった。彼は次期侯爵として子供を残さなければならないのに。
「子が出来ないは離縁理由には十分でしょう」
白い結婚だから子が出来ないのも当然だけど、もしそうでなかったとしても授かる事は出来ない。私が原因でフロイド様の足枷にはなりたくないのだ。
「……気づいたのは、いつ」
「初めからです。代々仕える侯爵家の嫡男に私のような者が伴侶として立つなどありえない。時期をみて離縁をさせるのは目に見えていましたよ」
「……フロイドは本気だ」
「一個人の感情など、国の安泰の前には捨てるべきでしょう。その立場にあるなら尚更」
「っまだ本決まりではない」
「それはほぼ確定事項でもあるという事でしょう」
苦虫を噛み締めたような表情のリオネル殿下。真っ青なアデルハイト殿下。何故か絶望したような顔をするラヴクラフト様と黙って事の成り行きを見届けるジェフと事務官二人。何でラヴクラフト様はそんな顔をなさっているのだろうか?
水面下で行われていただろうフロイド様の新たな、いや正式な結婚相手の選定。誰が相手であろうと私でないというなら国内貴族から今後は批判されることもないはずだ。
『イェルサの民』と呼称を変え、魔族でないと訴えたところでそう簡単には蔑みはやまない。
「あいつはお前以外を愛せない。結婚しても、破綻するのは目に見えている」
「貴族の結婚に愛は必ずしも必要ではないのでしょう?」
「お前はバーセル侯爵家の呪いを知らない。そう簡単に諦められるなら、呪いなんて言われないだろう!!」
叫ぶようにして怒るリオネル殿下は私を睨み付る。……離縁は婚姻の前から決定していただろうに、どうしてこうも渋るのか。理不尽。
フロイド様は私が離縁を口にしたらどうなるかな、と結婚した時から考えていた。きっと離縁させる前提での婚姻。私の身分があまりにも低すぎるからの苦渋の選択。でもフロイド様の愛は本当で、私も彼を愛している。
〝愛〟など知らずに育った私が、誰かを愛する日が来るなんてね。少なくても10年前には想像もしていなかった事だ。
夢見た事もあった、誰かと家族になる事。
相手がフロイド様だなんて夢にも思わなかったけど!
夢見る事が出来て、本当に幸せだったよ……
「彼にはアデルハイト殿下が王位を継いだ後、何十年も仕えて支えて行って貰わねばなりません。彼ほど優秀な人間もまた、貴重です」
「リズ、でもフロイドはリズを!」
「言ったでしょう? 彼には私の死に様など見せたくないのです。……きっと、狂ってしまう」
「「「―――……」」」
ふぅぅっと大きく息を吐き、両殿下を見据える。
「私リズは、現在の職を辞職した上でフロイド・グリーンフィールド様との婚姻無効を願います。私の死後数年は私の魔力結晶でゼーレ様に魔力供給を行う事が可能。その期間はおよそ三年。アデルハイト殿下の王位継承までの期間をギリギリ支えることが可能であると申し上げます。どうか、どうかお願いします」
そう言って私は頭を下げた。
長い沈黙、空気が重く冷たいがそもそも既に内定しているのだ。こちらから離縁を申し出たくらいでそんなに怒らないで貰いたい!
「……フロイドには、どう伝える。お前の帰りをずっと待っていたんだ……。こちらの都合で、あいつやお前を利用したがあいつのお前への気持ちに嘘はない。あの女の事も、こちらは拒否しているが……」
「協力を仰いだ見返りですか?」
「……あぁ。既婚でお前を愛している事も伝えたし、あいつが直接断った。だが……」
リオネル殿下にしてはとても歯切れが悪い。言いにくそうに口ごもるなんて。
「白い結婚だと、何処からか情報を得たのですね」
「……。クソッ、お見通しかよ」
「ふふっ。想像です」
私を邪魔に思う人間は多いだろう。ただでさえ『黒持ち』として邪見にされてきたんだ。彼の隣に立つのに私は相応しくないと。
「フロイド様には直接伝えます。離縁したいと。ご納得できなかったとしても、二日後には王都を去ります」
「!? 待って、待って!! どうしてそうなる!? 辞職したら今度は僕の護衛魔術師に戻ってよ!!」
「殿下……」
王太子教育も進み言葉遣いも王族として相応しくなったアデルハイト殿下。でも、今は随分昔に戻っている。
「出来ません」
「な、なん、で……? なんでだよ!? 何がダメなんだよ!?」
「だって私がいたら、フロイド様は私を見るでしょう?」
「……っ!!」
「いなくなって、気配を、痕跡を消して。戻ってこないと思わせないと。妻を娶っても義務を果たさないなら不満は溜まる。国との間に亀裂が走る。そうなっても彼は私を見ているでしょう? 私が隠れたら、ゼーレ様にも見つからない自信はありますし、義務を受け入れる下地にもなる」
自惚れかもしれない。違ったら恥ずかしいけど……あながち間違いではないと思う。
「私が生きてここにいると、フロイド様はお迎えする方に手を出さないでしょう。そして私の死を見てしまえばあの人はずっと私に囚われる。他を見なくなる。自分の死を願う。それはいけない。……だからちゃんと伝えます」
私はもうすぐ歩けなくなる。でも、フロイド様はこれから先も歩いて行っても貰いたいのだ。その隣に私ではない女性がいたとしても、歩いて行って欲しい。彼がヨボヨボのお爺ちゃんになっても最期の瞬間まで歩くのを諦めないで欲しい。
その為のジェフでもある。
何の為にジェフを、セオドア殿下の助命をゼーレ様に頼んだのか。私の死後、彼には私の代行を頼んである。アデルハイト殿下の護衛やリオネル殿下の手駒として働く様に。私の全てを懸けて彼に託した。
優秀な彼ならわかるはず。ジェフの魔術の中に私の痕跡がある事に。彼が魔術を使う度、私の想いを想い出すように。
さっきと矛盾しているようだけど違うんだ。
私が何を望んでいるのか、それは何なのか、それには何が必要なのか。ジェフにはそれが詰まっている。
『忘れないで』
そんな思いを込めて、彼を徹底的に鍛え直したのだ。だからこそ、ジェフの裏切りは許されない。その事は彼が一番よくわかってくれている。裏切りは死を与えるからではなく、私の思いも汲み取ってくれたのだ。温室育ちの彼には過酷を極めただろうに必死で応えたジェフは、希望通り私の代行としての役目を任せられるほどに成長した。
「……私に決定権はない。陛下は、本心では亀裂が生じてもお前とフロイドを引き放すつもりはないのだ」
それはわかってる。この場で承認出来るのは魔術省トップとして、私の殿下直属の部下という立場を辞職するという事と、ジェフの採用。離縁に関しては陛下に夕食会の時にお話しするつもりだ。
「……リズ、その」
「夕食会にはそれなりのドレスコードがおありでしょう? そろそろ準備しないと! ジェフ。手伝って下さいな」
「喜んで」
「ま、待って!! リズ!」
「それでは失礼します」
あのまま遮らなかったらなんと言おうとしていたのだろうか。もし、ありえないけど謝罪の言葉なら受け付けない。これは私が決めた事。王家に忖度した訳でなく、私自身が決めた事。
……悲しみで胸が張り裂けそうなのを知らないふりをする。
悲しくなんかない。悲しんじゃダメ。羨んだら、いけない。
きつく拳を握り締め、元来た道を戻る。
そんな私を、ジェフは悲し気な表情で見ていた……
今回不妊について描きましたがこの事について不快に思われる方もいらっしゃるかと思います。
ご気分を害したという方には申し訳なく思いますが、作品の都合上そういう設定を取らせていただきました。ご了承いただきたく思います。




