三年後
七日後。
約束通り国際裁判所に出廷してきたクラシオン共和国代表は自国からシリル王国への侵攻を認め、正式に謝罪を行った。潔く出廷してきたことから速やかに捕虜7万の軍勢を解放。勿論無傷で精神が病んでいるなんてこともない、健康そのものの状態でお還しした。これも魔術でサクッと返品したよ。捕らえていた七日間は私の掌の上でコロコロ転がしてた。流石に7万ともなると食糧の問題もあるからね。ちょっとした異界というか亜空間というか、そこで強制的に眠ってもらっていたのだ。そこでは時間の流れも違う為、彼らにとって七日間は10分程度眠っていた感覚である。
その上で裁判は行われることとなり、それから約二年に渡る裁判で共和国は多額の賠償金の支払い命令の他、侵攻に関わったとされる首相・大臣・軍指導者は処刑されることとなった。また、クレプス教教皇ウジェーヌと聖騎士団長、副団長と現場で命令を下す立場にあった隊長格の処刑も決まった。
他国への理不尽な侵攻は前々から危険視されていた事もあり、シリル王国に人的被害はなかったもののこのような処罰を受ける事となった。
ただ、教皇ウジェーヌに関しては年のせいか裁判が始まって一年半後に死亡。戦犯としての死を与えられなかった事に対して心残りであったが、あのまま生きて戦犯扱いされた挙句に処刑されたとあれば国民の暴動が起こっていたかもしれない。ある意味とても慕われていたと言える。
そのウジェーヌが最期に残した言葉が。
『ご復活の日は近い』
というもの。
一体何の復活なのか。クルム神の復活なのか、はたまた自身の復活なのか。教会関係者にすら意味がわからないらしいものを、他国の人間が理解など出来るはずがない。結局戦後処理の疲労による錯乱とされ、ウジェーヌは教皇としては簡素な葬儀で神の国へと送られた。
……気がかりなのはどこを探してもエヴァン・コールドリッジの姿がないという事。
彼は侵攻直前となって参加を取り止め、謹慎していたという。だが、何処に行ったのかその足取りが全く掴めないでいる。気味が悪い。
私はというと、裁判が行われている間の約二年、南方東方諸国に出向き正式に国交樹立の為に各国を周り、侵攻戦で使った通信技術の提供・魔術師同士の交流会など忙しく動き回ったのだ。
そして今日、漸く母国であるシリル王国に戻ってこれた。転移が出来るのでどこに居てもすぐに戻れるのだけどあまりに軽々やると顰蹙を買うらしく、気づけば共和国の侵攻から三年の月日が経っていた。
「只今戻りました―――っぐえっ!!」
「リズ―――!! バカバカ!! 偶には戻ってくるって言ったのに!!」
「うっぐ!! で、殿下……っちょ、苦しっ」
「何で一回も帰ってこないんだよ!? 心配しただろ!?」
ぎゅううぅぅっ!! と抱きしめてくるアデルハイト殿下。
三年前の小さな体からは想像出来ないほどに大きく成長を遂げて今では私の身長なんか頭一つ分高いではなか。筋肉もしっかりついて痩せていたあの頃とは全くの別人レベルである。しかも、幼かった顔つきも大人に向けて精悍な顔つきに変わってきている。まだほんのり少年らしさの残るイケメン。うん、陛下によく似ていらっしゃる。
時の流れをしみじみ感じつつ、逞しくなった両腕の拘束から逃れようと藻掻く。くっ、ダメだ……!
「殿下、ちょっと、放して……」
「今までどこほっつき歩いてた!? 仕事なんか他の役人だとか魔術師に任せておけばいい!! どうせリズの手柄を横取りするしか能がないんだから苦労したらいいんだよ!! 選民思考の無能なんかのせいでリズが苦労する必要なんかない!!」
さらに、ぎゅううぅぅ!!
心なしか、体がミシミシいってる気がする……。
それより殿下……。お口が悪くなっているような。あれかリオネル殿下の影響か、クソッ!
「おかえり~。お疲れ様だったね」
「で、殿下っ! たすけっ……ぐっ!」
「バカバカバカ!! リズの馬鹿―――!!!」
「あっははははっ!!」
意識が薄れる程の歓迎の抱擁を受け、漸く解放された時には疲労が押し寄せグラッときてしまった。最近よく眩暈に似た感覚に襲われる。
「! リズ!?」
「大丈夫です……。ちょっとクラッときただけなので……」
頭を押さえ、目を固く閉じる。グルグル目が回る。あ~、ぎもぢわるい……。
「ご、ごめっ……! リズ、ごめん!! 疲れてるのに、僕っ……」
悲痛な面持ちで今にも泣きだしてしまいそうなアデルハイト殿下はオロオロしながらもしっかり支えて下さったおかげで倒れ込まずに済んだ。すっかり身長は追い抜かされてしまったが、まだあの頃の弱気な殿下も垣間見れて少し嬉しく思ってしまう。
大丈夫であると見せる為に顔を上げて微笑んで見せれば多少ほっとした様子だけど、やっぱり心配そう。本当にもう大丈夫ですよ。
直属の上司であるリオネル殿下に報告を上げた後、国王陛下へも報告の為に執務室に向かう。その後恐れ多い事に身内だけの夕食会へ招待されてしまった。各国へ技術提供していた際、各地でも晩餐会だとかお茶会だとかにも招待されたのでテーブルマナーの方はまぁ大丈夫な筈だ。気が重い事には変わりないけどね。
「フロイドとはもう会ったか?」
陛下との談笑の際、三年も会ってない夫の名が出た。当然と言えば当然だが、フロイド様とも三年会ってない。各国に移動する度に手紙のやり取りはしていたけど、この三年。全く声も聴いていないのだ。
転移はやろうと思えばやれたし声を聴きたければ言葉を交す魔術もあった。だけど、手紙のやり取りだけで済ませた。
それを決めたのは私だ。
「いいえ。この後ご挨拶に向かおうと思っています」
「そうか。三年も離れ離れにして申し訳なかったな。今日は夫婦で楽しんでくれ」
「恐れ入ります」
四日後には正式に慰労会が開かれる。同行した魔術師や官僚の皆様は報告を上げた後自宅に戻り、愛する家族と過ごすのだろう。その後は三年頑張った分、長めの休暇を貰える。
陛下への報告も終わり、夕食までの時間を潰す為もう一度アデルハイト殿下の元に戻った。
ん? フロイド様の所へ行かないのか?
「もう、十分。役目は果たしたと思うのですよ」
うんうん。
私、よく頑張った!
殿下の執務室に向かう為、廊下を歩く。ふと懐かしい声が聞こえてきて窓の下、素晴らしく整えられた美しい庭園に佇む男女の姿がある。楽しそうに、嬉しそうに笑い、男の方に駆け寄り腕を取り散歩に誘う美女。キラキラ輝く金の髪と新緑の瞳はよそ見をすることなく、まっすぐに目の前の男のみを映している。
「フロイド! 一緒にお茶にしましょう!」
声まで可愛らしい。例えその声が名目上、自分の夫を誘う声だとしても彼女に誘われたら仕方ないなと思わせる、そんな声と容姿、仕草。
どれをとっても私にはない、まるで対極のような女性。
着飾り屈託なく笑う彼女と、痩せこけ目の下の隈も治らない上に今は帰って来たばかりでくたびれている。普段の状態であったとしても、彼女の足元にも及ばないだろうけど。
「……あぁ」
嫌がる素振りも見せず、歩き出す彼の背中を見送る。
お似合いの美男美女。そこに割って入るなど出来るはずがなかった。
「……いいんですか?」
「……何がでしょう」
雑用を押し付けていた部下が戻って来たようだ。気配無く背後に立つのが上手くなったなぁ。
「さぁ、どうせリオネル殿下もいらっしゃるでしょうからあなたの紹介も済ませておきましょう。愚かな真似は、しませんね?」
振り返り、国を転々としていた際に酷き使っていた部下に挑発的な顔を向け、念を押す。答えは決まっているが、確認と覚悟の本気を見る為に。
「勿論。決して二度と、二度と間違いません。間違ったその時は……」
決して目を逸らさずに決意を込めたその部下である年下の男は一呼吸おいて口にした。
「この命、あなた様にお返しいたします」
そう言って彼は右手を左胸の前におき、礼をする。
この三年、礼儀作法、教養、武術、剣術、魔術、医学、その他。私が出来る限りの方法であらゆる知識と技術を叩き込ませた優秀な部下。それこそ文字通り血反吐を吐きながらも全てを身に付けようと必死に努力したこの男を、リオネル殿下なら上手く使うだろう。アデルハイト殿下の為に用意した人間だけど、先にリオネル殿下に有用だと認めさせてからの方が殿下自身も納得するはずだから。
「ゴミ処理はいつでも出来る。折角時間をかけて仕上げたんだから役立って下さい」
「仰せのままに」
きゃっきゃっと可愛らしい声も遠のき、懐かしい背中もいつの間にかいなくなっていた。
*****
「あれ? なんで戻ってきたの。フロイドは?」
アデルハイト殿下の執務室にやはりリオネル殿下もいらした。今日は夕食会までフロイド様と一緒に過ごすと思っていたらしい。
執務室にはアデルハイト殿下、リオネル殿下、ラヴクラフト様と他二名のリオネル殿下付きの事務官、それに三人娘達。彼女達もこの三年間人間の生活と仕来りや礼儀作法など色々叩き込まれたようで以前よりも人間らしくなっていた。嫌がらずに従ったのも驚きだけど、ホントに仕草が美しくなっている。
「……その事で、ご相談があります。ですがその前に紹介しておきたい人がいます」
「紹介したい? 何? フロイドの他にいい男でも見つけた?」
はははっと笑うリオネル殿下だけどアデルハイト殿下は警戒している。明らかに不機嫌になっているではないか。
「まず、アデルハイト殿下付きの手駒として育成した人材である事。それと彼が信用できるかはさておき、有用な人材であるかどうかをリオネル殿下に見極めていただきたいのです」
「へぇ。自信あるんだ」
「暇を見つけては厳しく指導しましたので、そこら辺の魔術師や騎士、諜報員に比べても決して劣ることは無いとだけ」
「ふぅん」
興味を惹かれたのか両殿下ともさっきよりもオーラが和らいだ。殺伐とした中入って来いというのも中々酷なことだしね。許可を得て外にいる男に入室を促す。
扉を開けて入って来た男。よくある茶髪にヘーゼルの瞳。さらっとした髪にしっかり鍛えられつつどこか線の細さを残した均整の取れた体躯。顔は平凡だが一際目を引くのは顔の半分を覆いつくすような大きな黒縁眼鏡だろう。前髪が長く垂れているせいではっきりとした顔がわからない。
「ご紹介いたします。ジェフ・アシュトン。まだ若いですが使える駒です」
「……!!」
頭を下げるジェフ。その一瞬だけでリオネル殿下は気づいたようだ。察しが良い事。
「ジェフ。頭を上げろ。それと……眼鏡を取れ」
「……はっ」
ゆっくりとした動きで頭を上げたジェフはリオネル殿下の前で顔半分を覆っていた眼鏡を取る。
「「「……っ!!?」」」
「っどういう事だ。リズ!! お前!!」
「兄上!!」
リオネル殿下が激高し、アデルハイト殿下が止めに入った。それでも文句を言いたそうに、罵倒したそうに睨みつけてくる殿下はジェフに今にも殴りかかりそうだ。
「使えるモノは使わねば勿体ない。これは一度死んだ身ですが正しく使えばとても有用な人間になりました」
「だからと言って、こんなことが許されるとでも!? これが世間にバレでもしたら、一体どうなる!!」
「兄上、落ち着いてください。リズ、説明を。どうしてこの人はここにいるの」
アデルハイト殿下も困惑しているけどそれ以上にリオネル殿下が怒っているから逆に落ち着いたのかも? ラヴクラフト様達もぽかーんとした後、顔色が真っ青になってる。恐らくこのジェフという男が何者で、それを知ってしまった事に今後の身の振り方一つで将来が左右されると悟ったのだろう。
「どうして死んだはずのセオドア兄上が生きているの」
殿下方の前に立つ男の正体。
それは三年前、アデルハイト殿下が立太子なさった日の晩餐会で聖獣様の怒りを買い、無残な死を遂げた元第三王子。
セオドア・レジナルド・ラファティその人であった。




