対峙
リオネル殿下の発言後、第一王子派の貴族は悲鳴を上げどうにか思い留めようと説得を試みたが口で殿下に敵うはずもなくあっけなく撃沈。翌日には準備を整えて出て行ってしまった。
「そこに私がいるのが解せぬ……」
「出てきたって言っても転移出来る君が一緒なら毎回帰れるしね。使わない手はないよ」
「酷い扱いだ……。何故だ」
「まぁまぁ。こちらとしては是非ともご協力願いたいと思っていたんです。やはりこんな時期に第一王子が城を空けるというのは心証が悪いですから」
リオネル殿下、ラヴクラフト様とその他数名が国王陛下からの勅使として各国を回る。この外遊は未だ国交のない海の向こうの国との国交成就も含まれている大切な使命だが、事態は急を要する。正式に国交を結ぶ事が出来なくともこの先、クラシオン共和国と争いとなった際どちらの陣営にも関与せず中立の立場を貫いてくれればいい。争いの終結後、正式に国交を結びたいというのがこの外遊の目的。
アデルハイト殿下の即位までに友好国として国交樹立さえ出来ればいいのだ。今は、敵対せず傍観してくれればいい。だが、クラシオン共和国と協力関係を築かれるのは困る。敵は少ない方が良いのだ。
協力を仰ぐ目的で外遊に出たがまぁそうれほど簡単にはいかない。仲良しこよしでやっていける程、この世界は甘くないのだ。それなら協力関係を築けずとも不可侵条約を結び敵対しない方がいい。その為にも第一王子自らが足を運び身を危険に晒して協力を願い出る。それも戦争による人材供給や武器供与を目的とせず争いに発展しても両国に手出し無用というもの。それを守ればその後シリル王国の魔石や魔道具の輸入を他国よりも割安。たとえ王国が破れ、国が亡ぼうとも国としては何の痛手もないのだ。
魔道具の発達がやや遅れている南方、資源が乏しく閉鎖的な東方。欲している物を用意し協力を仰ぐのはいいが、先にクラシオン共和国と協力関係を結んでいたら?
「クラシオン共和国は共和制ではありますが実際はクレプス教教皇が治める宗教国家です。そしてクレプス教と東方は頗る仲が悪いのですよ」
えっそうなの?
「クレプス教は一神教。ですが他国に行けば他国の神があるものです。歴史が古ければその分信じてきた神が。それを悪とし改宗させるクレプス教のやり方を東方は嫌い、クレプス教そのものが禁止の国も多いのです」
説明してくれたのはラヴクラフト様。あまり他国に興味なく、学院の教科書に載っている程度の知識しか持ち合わせていない私にわかりやすく説明して下さった。勉強不足を怒る事もなくただ無知な私に説明して下さる。
でも何故殿下以外のお付きの人達は驚愕した顔をしているのか。
「お気になさらず。あとでしっかり、きっちり、躾ておきますので」
「? 大変ですね」
「労い下さりありがとうございます」
ガクブルッ! ひぃぃ!! とかうめき声が聞こえた気がしたけどラヴクラフト様に手を取られてしまった。
「さぁ! 周る国はまだまだあります! リズ様、よろしくお願いいたします」
本当にこの人臆さないな。殿下の側近の方達も未だにビクッと震えるというのに。何のためらいもなく手を握るとは。フロイド様とはまた違う対応に若干戸惑う。
「さぁ、しっかりお食べ下さい。体が資本だというのにリズ様は折れてしまいそうではありませんか! これはいけません! グリーンフィールドにもしっかり抗議しておきますが、リズ様ご自身ももっと気を使わねばなりませんよ。貴女は貴女だけのものではないのです。王太子殿下の側仕えとしても今後末永くお仕えするのであれば、食生活は見直すべきです!」
お、おぉぅ……
「はははっ! 君がたじろぐとか珍しい! 今後はリズへの対応はデリックに頼もうか」
「恐れ入ります。是非そうしてください」
「……」
なんだこれ……。
え、なにこれ?
困惑してどうすればいいのかわからないが時間は有限。急いで各国を周らなければならない。それに国内貴族の動きも足並みが揃っているとはいい難い状況。そちらはオールバンス閣下の兄であるオールバンス公爵と第二王子殿下であったアーヴィン様―今は臣籍降下しヘインズ伯爵と名乗っている―が中心となって取りまとめてくれている。
アーヴィン様自身は軍属の身であり指揮官として前線に出る事となるのでその準備もあるだろうに、こんな時でも己の利益を優先させようとする貴族のまとめ役まで買って出て下さったらしい。今のうちにしっかり休める時に休んで下さい。
それぞれやるべき事を迅速に行い、開戦の準備を整える。
王国北部の国民の避難もほぼ完了。
そしてついにその日を迎えた―――。
「魔族に穢されし哀れなるシリル王国の民達よ!! 我らはクレプス聖教会より遣わされし聖騎士団である! 汚らわしき魔族の王子から其方達無辜なる民を守る為、遥々クラシオン共和国からやって来た!! 安心すると良い! 直ちに其方らを解放するため、我らが魔族の王子を打ち滅ぼそう!!」
馬上より高らかに宣言した男は聖騎士団の白銀の鎧を身に纏い、シリル王国を亡ぼす為率いてきた軍勢およそ7万を背に威風堂々たる姿を見せた。
士気は高く行軍の疲れも見せないどころか緊張は最高潮まで高められており肌に突き刺さるような殺気があちらこちらから向けられる。
対する王国側は王国軍3千。明らかな戦力差である。
率いるのは中央司令部エグルストン大将。そしてその補佐として王姉ブリジット・ドナ・ラファティ中将が対峙する。
「随分物々しいが一体何が目的だ。 ここから先は我らがシリル王国の領土。許可なしに立ち入る事は認められない。即刻立ち去るがいい」
総勢7万の軍勢を前に一切怯む事なく向き合う大将。先程の騎士も威風堂々とした姿であったがこちらも軍人としての貫禄がある。
「シリル王国中央司令部大将エルグストン殿とお見受けする。私はクレプス教聖騎士団副団長マティアス・ジュイノー。教皇猊下からの命にてシリル王国の浄化と魔族である王太子アデルハイトの討伐に参った!」
変わらず馬上からそう宣言した騎士は眼下のエルグストン大将を見下ろし更に続ける。
「哀れなる王国の民達よ。軍人と言えど貴殿達も人の子。神は必ずやお救い下さる。魔族を打ち滅ぼし民達にかけられた邪法を解除し、真の自由を得た時こそ其方達は神に許されるのだ。我ら共に、アデルハイトを打とうではないか!」
「話にならん。貴殿達がやっている事はただの侵略行為である。このまま帰るなら良し。私の忠告を無視し、剰え国境を越えようものなら自衛としてこちらも迎え撃とう」
「「「!!!」」」
ブワッと解き放たれた殺気。総勢7万の敵兵に対しエルグストン大将一人の殺気だが十分対抗出来るほどに鋭いそれは、すでに最高潮まで昂っていた戦意が天元突破寸前にまで高められた。騎士団副団長マティアス・ジュイノーも驚いた様子を見せたが彼らの目的は変わらない。
「我らは魔族を打ち取る。それが教皇猊下からのご命令であり我らの役目! 邪魔建てするというなら容赦はしない!」
殺気に殺気で返すジュイノー。両陣営の昂りは今にも決壊しそうである。
貯めていた水が一気に流れ出す寸前、まるで何も感じないかの様子で現れたのは艶やかな黒髪の少年。
「初めまして。クレプス教聖騎士団副団長、マティアス・ジュイノー。私はシリル王国王太子アデルハイトだ。討伐というのは私を討伐するという事か?」
武器も持たず鎧すら着用していない王太子アデルハイト殿下は実に穏やかな表情を浮かべている。敵兵の殺気と殺意の全てが向けられているというのに、全く動じないその姿に王国側の軍人達も驚きを隠せない。職業上、国の防衛の為送り込まれた軍人達だが彼らの中にも『黒持ち』の偏見は残っている。国王が王太子に指名し聖獣ゼーレ様からも認められた存在だとしても、そう簡単には受け入れられないのが現実である。
大将や少将の前で大っぴらに言葉にはせずとも、今回集められた軍人達の大半は「『黒持ち』の為に前線に立つなど不満でしかなくいっそ差し出してしまえ」と考えている。魔族を守る為に命をかけるなど何故しなければならないのか。
「魔族……! 汚らわしい、悍ましい、なんと穢れた存在なのかっ! この世に存在するだけで悪でしかない! クレプス教聖騎士団の名に賭けて、今ここで! 貴様の息の根を止めてやろう!!」
ギラッと怪しく輝く剣を抜刀したマティアス・ジュイノー。天に向かって突き上げ、軍勢も身構える。
「話がしたい。私を殺して後はどうする。民をどう扱うつもりだ」
「ええい! その穢れた口を閉じよ! 貴様と交渉など虫唾が走る!! すぐにその口から二度と言葉を発せられないようにしてやる!!」
天に向けて突き上げた剣の先。そこに魔力が一極集中する。かなりの濃密な魔力が更に凝縮され高魔力弾、火属性の濃縮火玉が形成されていく。
「殿下、これ以上の交渉は不可能と判断いたします。即、離脱を!」
「殿下、生き延びて下さい。それがあなたの役目です」
ジュイノーの魔術の危険性を察知したエルグストン大将とブリジット中将はなおも交渉を試みるアデルハイト殿下を背に庇い、戦線離脱を促す。その間も高魔力弾はその濃度を濃くし威力は絶大な代物に成長し続ける。
「……ダメか」
「殿下、離脱を!」
残念そうに呟く殿下に、危機感は無し。その緊張感の無さに大将はぎょっとする。本来この場に殿下程の年齢の子供がいたとすれば殺気と異様な雰囲気に飲み込まれ取り乱す。それ以外に気絶や悪ければ発狂ものだというのに、殿下は落ち着いている。
流石に殿下を危険に晒す訳にはいかない。何とか戦線離脱させようとするが、ジュイノーの方が準備を整えてしまった。
「汚らわしき魔族よ! 我が炎によって葬ってくれる!!」
そうして剣を王国側へと向け、剣先の高濃度魔力弾である超圧縮火玉が王太子アデルハイトに向かって放たれた。青い炎を纏った高温度の火玉は触れてもいないのに草木を焼き一直線に殿下に向かって高速で迫る。握り拳大程の大きさでありながら対象に触れ爆発したならば半径30メートル程の範囲を焼き尽くす威力を持つそれはエルグストン大将の前に躍り出たアデルハイト殿下に直撃―――!!
「闇の精霊よ。飲み込め―――!!」
ズゥォォォォオン!!
迫りくる火玉を前に立ち向かったアデルハイト殿下。両の手を伸ばしその言葉を発した直後、現れたのは黒い靄。その中には何とも形容し難い程に美しい顔をした中性的な上位精霊。黒の衣を纏い優雅かつ繊細な装いはその精霊の雰囲気にピッタリ合っている。
迫る火玉に臆することも怯むこともしない闇の上位精霊は、微笑みを浮かべ殿下の言葉通りあの超圧縮火玉をものの見事に飲み込んでしまった。まるで初めから何もなかったかのように。
「―――な……」
全力ではなかったにしろ、ジュイノーの火玉をいとも簡単に飲み込み今もケラケラ笑いアデルハイト殿下の周りをクルクル回る心底楽しそうな精霊は全くダメージなど受けていない。
信じられない思いをしているジュイノーだが、驚かされたのは敵だけではないのだ。
「……なんと」
エルグストン大将やブリジット中将もあまりの事に思考が追いつかない様子である。
あのまま火玉が直撃でもしたら骨すら残らず殿下は死に、部下である3千の軍人達もただでは済まなかった。唯の火力玉ではなく爆発と同時に別の術式も起動し、破壊力が跳ね上がる仕様の超高濃度火玉はその威力を発揮する事なく闇の中に消えた。
「……っ化け物め!!」
自分のそれなりに自身のあった魔術を威力発揮することなく消されたジュイノー。これまであの火玉を始めに放つ事で相手の戦意を喪失させてきたのだろう。ただ、歴戦の騎士ともあれば立て直すのも速い。動揺も僅かに次の手に出る。
だが。
『交渉する気は皆無。即実力行使と来たようですね』
「「「!!??」」」
『皆様。どうかご覧ください。彼らは我が国の王太子に対し魔族と罵り、更には交渉すら受け付けない態度を取り悪辣な魔術をもってして王太子アデルハイトの抹殺を企てた! こちらは丸腰の、それも12歳の少年がまずは交渉すべく立ち向かったというのに」
演技がかったセリフを吐くのはシリル王国第一王子リオネル。
アデルハイトとジュイノーの間をぐるっと円を描く様にして上空に現れた南方と東方の各国代表達を映した映像が現れ、その中には薄っすら笑みを浮かべたリオネル殿下が悲しみを押し殺したような表情を作りこちらを見ていたのだった。




