緊急会議
目下の敵はクレプス教でありクラシオン共和国であるという事が判明。奴らは常に他国の領土を狙っているため戦争準備もバッチリ。国民も教会の考えに染まっている為、戦争反対論はほぼ出てこない。連戦連勝の百戦錬磨。それがクラシオン共和国。
奴らが出るのは分かりきってはいたがこうも動きが早いとは。シリル王国と同盟を組み、協力を申し出てくれたバラチエ、ストランド、サルヴィーニの三国に加えてザカライアとその周辺国と有志が集まり情報交換を行えば、すでにクラシオン共和国軍およびクレプス聖騎士団が侵攻を開始していた。最短で一月後には国境に到達。開戦となる。
「急ぎ国民に退避命令を! 同盟国から受入を許可された! 速やかに伝達! これは王命である!」
「は!!」
一気に慌ただしくなる。それと同時に一気に緊張が高まった。ここにいる人間の多くは戦争を知らない世代ばかりだ。もっとも知っていたとしても高位貴族が前線に立つはずもなく安全な所で騎士団や軍を指揮するのが定石。どれほど悲惨で惨いものなのかは人伝に聞いた程度で想像すら出来ない筈だ。
「〝血濡れのエヴァン〟噂通りの人間なら奴が通た道は赤く染まり屍の山が出来るという。信者には心優しい司祭だが異教徒には徹底した再教育を称した拷問を行い廃人にさせているらしい」
「クレプス聖騎士団第三騎士団長の肩書も伊達ではない。実戦経験が豊富な分、我が国の騎士団以上の統率力があり戦法も豊富。一筋縄でいくような相手ではありません」
翌日、緊急招集をかけられて集まったのは各地の辺境伯とその代行、王国軍元帥と大将三名、魔術省を代表してリオネル殿下と宮廷魔術師団長。その他公爵家当主が集められた。
挨拶もそこそこに陛下は現在の王国が置かれた状況を説明し、改めて我が国の王太子はアデルハイト殿下でそれを変更する気はないという宣言をした。その後オールバンス様に交代し、クラシオン共和国及びクレプス聖騎士団が部隊を編成しすでにこちらに向かって進行している事を説明。わずかに動揺が走る。
「王宮に侵入したクレプス教のスパイが昨日捕らえられ、自爆した。そこには第一王子リオネル殿下もおられこれは完全なる宣戦布告である」
第一王子リオネル殿下が爆発に巻き込まれ亡くなる可能性は高かった。教会の教えには『魔族に与する者は魔族等同義。魂を清浄する為教育を施さねばならない』というものがある。あの爆発も奴らから言えば『教育』に過ぎないのだ。
「我が国は宗教は自由に選択する事が出来る。クレプス教を信仰するのも自由だ。しかし、宗教分離を掲げる国家として一宗教に過ぎないクレプス教に忖度する必要はない。誰がなんと言おうと、アデルハイトは次期国王だ。そのことでクラシオン共和国が抗議し我が国に侵攻するというのなら、徹底抗戦するのみ! どの道、アデルが王位に就かなければ王国は滅びるのだからな」
『不可侵の森』の結界はザカライアのオーブ様、シリル王国のゼーレ様、バラチエ、ストランド、サルヴィーニの聖獣及び神獣によって保たれている。ゼーレ様の力が弱まり結界が弱体化した際、他の4柱で何とか保っていたがその負担は大きく現在も引きずっているらしい。再びどこかの一角が落ちればカバー不可能。そうなれば魔王が復活し、人族は狩りつくされてしまう。
「しかし……、彼の国に目を付けられるとは……」
ため息混じりにそう言葉を紡いだのはキャラハン公爵。王国北方に領地を持ち、麦の栽培が盛んで国内流通の4割を賄う食糧庫ともいえる地域を治める公爵が重いため息を吐く。それもそのはずでキャラハン公爵領はクラシオン共和国が直進してきた場合真っ先に被害を受ける可能性が高いのだ。王国軍が常駐し、公爵家からも私設の騎士団が常に警戒しているが昔から異常気象など災害時には真っ先に攻められる土地である為、国の方針とは言え土地を踏み荒らされる事に憂いている。
「キャラハン公爵。確かに、恐らく真っ先に被害が出るのは公爵領だろう。だが……」
「わかっています。わかっていますが……。領民を説得するのも時間がかかる。それにこれから収穫時期が重なるとなると、避難を拒む者も多いでしょう」
「だが、そうなれば多くの領民の命が脅かされる。説得するのも領主としての責務だろう」
「……ふんっ簡単に言ってくださいますな」
反論したのは王国軍中央司令部大将エグルストン。侯爵家出身の貴族であるが統率力は高く部下からの信頼は厚い。公爵に対しても臆することなく発言するのは国の防衛を務める責任感の強さを表す。
「そもそも! 本当に王太子殿下には聖獣様の主としてのお力はあるのですか!? 聞けば現在は殿下の護衛魔術師が聖獣様に魔力供給を行っているというではありませんか! 実績のない王太子殿下の為に、国を危険に晒すというのはどうかと思いますがね!!」
「貴様!!」
それからは会議にならなかったのは言うまでもない。
アデルハイト王太子に懐疑的な派閥と国の維持が最優先と考える派閥。クレプス教と大きく揉める事を回避する為、王太子を変更したらどうだという意見や過激な発言も飛び交う。簡潔に言えば殿下を処刑しクレプス教と敵対する意思はないと示す
渦中のアデルハイト殿下は机の下で拳をぎゅっと強く握りしめながら俯くことなく言い争う大人を見つめている。王太子として国の責任者の一人として逃げずにいる。まだ人前に出て間もなく、大勢の目が怖いと夜になって震えるこの小さな王太子の前で、いい年した大人が一体何をしているのだろう。
「クレプス教によって国が亡ぶか、瘴気に飲み込まれ滅ぶか……。どちらにせよ、このままでは国は亡びる。屈したところで結界が破られれば王国だけでなく世界が滅びる」
「その世界が滅びるというのも、俄かに信じ難い。大昔と違って今は対抗できるはずだ!」
「そうです! 戦略も兵器も過去とはわけが違う! 例え魔族が復活し魔王が蘇ったところで臆する事はありません!!」
「魔族と戦った経験もなくして何故そんなことが言える!? 真っ先に被害を被るのは民なのだぞ!?」
「ではどうしろと!? クレプス教に目を付けられればこの国は奴らにいいように使われ搾取されるだけだ! なら敵意はないと示し自治権を勝ち取る方が賢い方法だ!」
「奴らを甘く見過ぎだ!! これまで攻め滅ぼされた国の末路を知らんのか!!」
話し合いは平行線を辿り、その間にクラシオン共和国が同盟国を集め規模を拡大させながらシリル王国に向かっている。その先頭に立つのがクレプス教聖騎士団だ。白銀の鎧を身に纏い、神の使いを自称する彼らは行軍する中、民から多くの寄付金を集めそれを資金として更に軍備を整えていた。寄付金を行わなかった場合は彼らの庇護を受けられない為、貧しい村の住人達も貴重な食糧を持ち出している。これでは冬を越すのも厳しいだろう。
不安と不満があっても口に出すことも出来ず貧しい者同士肩を寄せ合って生きるしかない。戦争に勝てば王国の豊かな食糧庫が手に入り飢える事もないのだ、必ず勝たねばならない! そういきり立って演説する聖騎士団の青年は実に血気盛んである。
このまま侵攻すれば二十日もすれば国境付近に辿り着くだろう。そこで交渉となるか開戦となるかだが、まず間違いなく開戦になる。王太子を語る魔族によって支配された哀れな民を救う為、聖騎士団が悪の魔族を滅ぼさん! とか何とか言って。
「敵は共和国軍3万、属国から集めた混成部隊が2万、同盟国から1万5千とクレプス聖騎士団が5千。その他に補給として周辺国から協力を得ている。交渉を行いはするが聞く耳を持たないだろう。そうなればすぐに開戦。逃げ遅れた民は巻き込まれてしまう」
「これは……」
「なんだ、この光景は!」
「聖騎士団……? なぜ、こんな……これは現実か……?」
リオネル殿下に促され、黙って壁に現在のクラシオン共和国軍が現状どこまで侵攻してきているのかを事実として映し出す。初めて見る魔術に困惑する人間が多い中、軍関係者は事態の深刻さと緊急さを思い出す。
「陛下。これが事実であるなら我らは急ぎ準備をせねばなりません。国の為、私達には国民を守る義務がある」
「うむ。頼む。皆も覚悟を決めてくれ。すでに内輪で争っている段階ではないのだ」
そうして元帥以下大将三名は退室し、残された各代表は無言となり静寂が訪れる。
重苦しい空気が流れる中、口火を切ったのは第一王子リオネル殿下だった。
「開戦となるか交渉で済ますことが出来るかはわからない。自爆に巻き込まれた身からすれば交渉などしても王族及び特権階級である貴族は軒並み粛清され、その後はクラシオン共和国の属国となると考えている」
皆表情は硬い。これまではまだ侵攻してくるにせよ交渉するにせよ時間があると考えていたのだ。しかし現実はそう甘くはなく、すでにクラシオン共和国は我が国に軍を進め今もその規模を拡大させている。軍全体を上空から見てもその規模は大きく士気も高い。交渉に臨んだところで殿下の言う様にシリル王国は名を残す事は出来ても王族や貴族は処刑されるか奴隷落ちが関の山。
そしてそうなれば、王太子殿下は見せしめの為に各国に引き回され最期には処刑させるだろう。
「私達が最優先させるべきは国民の安全。彼らの命を財産を矜持を守る為に私達は特権を与えられ生活する事が出来ている。民あっての私達であり、民あっての国だ」
「殿下……」
「……」
感動する人もいれば不満が顔に出る人間もいる。そんな奴らは今は胸中でどう逃げるか、どうやってクラシオン共和国に取入るかを必死に巡らせている事だろう。
「シリル王国王太子はアデルハイトだ。一宗教に我が国の王太子を断罪する資格も権利もない」
それは陛下と同様の考えだ。主権国家である王国がクレプス教の教えに従う事もクラシオン共和国に慮る必要もない。
「国の為、私達王族も尽力する」
そうして殿下は王太子アデルハイト殿下に目を向け軽く頷く。アデルハイト殿下は大きく頷き立ち上がる。
「私は王太子として国を守る責務がある。私を快く思わない者、処刑した方が良いと思う者、疫病神だと思っている事だろう」
ぎゅっと拳を握り、それでも堂々前に歩み始める殿下は陛下の前にまで行くと膝を折る。何をしようとしているのか、この場にいる人間はその様子をただ黙って凝視する。
「国王陛下にお願い申し上げます。私をクラシオン共和国軍との交渉の場に行かせていただきたい」
「なっ!?」
「王太子殿下御自ら……!?」
動揺が走る。まだ若干12歳の少年が王太子として危険極まりない国境へ赴くというのだ。
「ならん! お前は何があっても、生きねばならんのだ!!」
「生きて帰ります。私はこれまで秘匿されてきた。その私が突如王太子として指名されたことに戸惑いと不信感を抱いている人間は今まだ多い」
うっと気まずそうに顔を背ける貴族達。ゼーレ様の加護が無ければ今でも殿下は『黒持ち』と呼ばれ続け〝北の塔〟に幽閉されたままだったろう。加護を得て数百年ぶりに聖獣様から認められた王太子だが、今でも怯えられ蔑みの目が向けられている。聞こえるように嫌味や侮辱を言ってくる者もいる。
「私には経験が足りません。交渉の席に立っても何の役にも立たないでしょう。それどころか、私を排除せんと向かってくる可能性の方が高い」
ほうぉ? もしかして? これはリオネル殿下の入れ知恵? それとも殿下が自ら考えたのか?
「攻撃を仕掛けてきたら、我らは正当防衛を訴えられる。我が国から仕掛けてきたのだと訴えたところで今この軍の状況を映し出す魔術があれば、世界各国に我が国の正当性を訴える事も可能」
状況によるが、こちらが手を出さなければ向こうが先に仕掛けてきたのだと国際社会に訴えることが出来る。『黒持ち』だ魔族だなど呼ばれているが、黒髪の人間は世界を見れば多数存在するそう珍しい髪色ではない。東方や南方諸国の多くは黒やそれに近い色をしている。
そんな国が黒髪というだけで魔族と称されると知ればどうなる? 問答無用で殺されるとすると?
「クレプス教勢力は強大であるというのが共通認識ですが、それはあくまで大陸西部の話。大陸全体、海の向こうの国を含めれば大して大きいものではございません」
「! それは……」
「確かに……だが」
そこで再びリオネル殿下が発言する。
「私が各国を回り、協力を得てきます」
自信たっぷりに言いのけるリオネル殿下の笑顔は今日もすこぶる黒かった。




