表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/112

 

 結界を張った事で爆発の衝撃は王太子宮に影響を及ぼさなかったがここの主であるアデルハイト殿下と聖獣ゼーレ様には何が起こったのか感じ取れたようだ。殿下にはあらかじめ自室から出ないよう言い聞かせ、ゼーレ様を護衛についてもらっていたのだ。王太子に何かあったら問題だからね。


 リオネル殿下は冷静さを取り戻し、爆発四散した男を操っていたのがクレプス教関係者であることの裏付けを取りつつ国境周囲の防衛強化、中枢に潜り込んだネズミの処分を早急に行うよう陛下に進言された。

 陛下も王太子殿下が王位に就く前に王国の膿を出し切ろうと尽力されており、防衛だけでなく国力増強を図っていた。そこにあの爆発事件。



「今はまだ、クレプス教が行ったとは断定はできない。だが、奴らの歴史を紐解けば必ずやってくる。エドガー! 国境警備を強化、各辺境伯にも協力を要請しクレプス教総本山クラシオン共和国からの動きを注視! いつでも動けるように準備を! 各国に協力要請!!」



 各々覚悟はしていたはずだ。

『黒持ち』アデルハイト王太子殿下が王族として生き、次期国王としての地位を公に公表した時から。だが思っていた以上に早かった。立太子してから三か月。常に各国を我が物にせんとするクラシオン共和国の協力とクレプス教会保有騎士団が合わされば、三か月あれば十分という事だったのだ。



「奴らを迎え撃つ!!」


「「「はっ!!!」」」



 その日から王国は急ピッチで戦争準備が始まる。

 王都にはまだその慌ただしさと戦争への緊張が緩いものの、国境付近にもなればピリピリした肌を刺すような空気が流れている。それは年配の人間になればなるほど鋭く重い。今の国王陛下の代では平和でザカライアとの争いは多くの国民からすれば睨み合あいが続いていた程度の認識だ。腐った中枢のせいで王都にはあまり情報が入ってこなかったせいで、実際は本格的な戦争まで秒読み段階だった事など誰も知らない。

 だからこそ平和ボケした国民からは『黒太子なんかを生かしておくからだ!』『魔族など王族なはずがない!』『いっそ殺してしまえ!!』そういった過激派が現れ、緊急であるにも関わらず各地の暴動に人員を取られる事となる。


 クレプス教とクラシオン共和国の歴史を見れば例え王太子を廃嫡し、処刑にしたところで奴らが止まることは無い。一度標的を決めれば奴らは止まることを知らないのだ。魔族に憑りつかれた哀れな無辜の民への救済と称してクレプス教に改宗させ穢れた血を浄化する為望まぬ婚姻を結ばされ従わない場合は魂が穢れているとされ、強制収容所に収監される。残念ながらそこから戻って来た人間は少なく、出て来れたとしても人格が崩壊している。


 何代もの祖先が開拓し広げてきた土地を強制的に奪われ逆らえば強制収容所送り。それを解っていないのだ。



「……僕が悪いの? 僕のせい? 生まれちゃダメだった?」



 戦争が起これば真っ先に被害が出るのは国民だ。弱く非力なものから死んでいく。その原因が王太子となったアデルハイト殿下が『黒持ち』であるから。そう声高に叫ぶ人間は多い。三大公爵家の二つの公爵家が取り潰され、王太子争いは終息に向かっているが未だに第一王子リオネル殿下と第二王子アーヴィン殿下が王太子となるべきだと豪語する貴族はちらほら見られる。すでに王位継承権を放棄している第二王子に王太子となる資格はないが、軍に籍をおくアーヴィン殿下の人気は高く第一王子リオネル殿下は言うまでもない。

 聖獣ゼーレ様がお決めになったのがアデルハイト殿下であるというのに、その意味をまだ理解できない愚かな人間は己の無知を知らず、王国の為だと言ってアデルハイト殿下の廃嫡を進言する始末。それがどんな結末を呼ぶのか、まるでわかっていないのだ。



「いっそ一時的に私とゼーレ様の魔力供給を止めましょうか。愚か者たちは『不可侵の森』近くに縛り付けて瘴気で体がゆっくり腐り落ちるのをみれば納得するかもですよ」


「いいね! 私もその案に賛成だ。しかし、そうなればザカライアとまた揉めることになるだろう?」


「瘴気が広がる前にそいつら一族を贄に結界を張れば問題ないでしょう。国の為ですもの。喜んでその命、捧げてくださいますよ」



 国の為と言いつつ王太子殿下の廃嫡を求める貴族の多くがクレプス教と何かしら繋がりがあった。クラシオン共和国に吸収された後、自分達は教会に貢献した事で財産と権力を守り共和国の属国となった後でも甘い汁を啜ろうとする害虫。今より上の地位、権力、金を求め国を売る売国奴達。



「んぐっ! うーっうーっ!!」

「うーっうぐぐぐっ!」



 勿論そんな虫ケラをのさばらしておくはずもなく、陛下はすでに各一族ごと拘束済で当主達は今目の前に転がされている。猿轡を嵌められ床に罪人のように頭を押さえつけられ彼らが憎む『黒持ち』から見下ろされる屈辱を今味わっている最中なのだ。



「アデルハイト。お前は愛されて生まれてきた私の愛する息子だ。生まれてこなければなど、決して口にしないでくれ」


「ですが、そのせいで父上と王妃様は……」



 未だに『母』と呼ぶことに抵抗がある殿下は敢えて王妃様と呼ぶ事にしている。それは今更『母』と呼ぶ事に王妃様が困惑するという理由からだ。母と呼ぶ事自体、殿下は何とも思っていない。そもそも母を知らないのだから。だけど王妃様は母として自分がやって来た行いに今も苦しんでおられる。一生付きまとうであろう罪悪感は『自分なんかが母と呼ばれる資格などない』という思いから、殿下に母と呼ばれた時思わず拒否してしまったのだ。

 殿下はそれをすんなり受け入れた。それがまた、王妃様の心を苦しめる事になっているとも思わずに。



「それでも! お前の事を愛している。ジュリエット……王妃もだ。本当はお前を抱きしめたいが、まだそんな資格はないと。そう思っている。決してお前が憎い訳では……」


「でも怖いんでしょ」


「っアデル、ジュリエットは……!」


「失礼を。お許しください、国王陛下。私はそう思われても仕方のない存在です。事実、護衛魔術師から私のような存在がどのような扱いを受けてきたのか、どうやって死んでいったのかを知れば当然の事かと。生かして下さっただけでも感謝の念にたえません」



 王太子として教育を受けるようになり、殿下も王子としての振る舞いや気迫が身についてきた。以前は父親である陛下に対しても怯えるような、伺いを立てるような態度だったのに今ではこうして真っ直ぐ陛下を見つめ自身の考えを伝える事が出来るようになっていた。



(立派になられましたね、殿下)



 微笑ましくも、なんだか寂しい思いを同時に感じる。だけどそんな感傷に浸っているのは私やフロイド様ぐらい。他の人達からすれば王太子殿下は王妃様だけでなく国王陛下にすら心を開いていないのでは……と勘ぐっている。でも仕方ない。ほとんど会ったこともない人間から愛していると言われても「え? 誰この人」となっても仕方ないでしょ。



『アデルは生まれた理由が欲しいのか?』



 ゼーレ様が徐に殿下に問いかけた。

 生まれてきた理由。考えるのも面倒だな。



「僕は、争いを生むために生まれてきたの……? 『イェルサの民』として生まれて来なければ、別の人生があった?」



 何か諦めたような、絶望に近い仄暗い瞳をゆっくりと陛下から私に向けられる。



「リズも……違ったら、違ってた?」



 たらればの話をしていてもしょうがない。現実は今が現実なのだ。



「そしたら私は殿下にお会いすることもなかったかもしれませんね?」


「あっ! ダメ! リズは僕の傍にいなきゃダメだからね!」


「例えリズが『イェルサの民』でなかったとしても、私はリズを求めていたでしょうね」


「君、執着強すぎない? リズが既婚者だったらどうするつもりだったのさ?」



 ありもしない世界の自分の話など時間の無駄だと思うが意外とフロイド様やリオネル殿下が乗って下さった。フロイド様に至っては私がフロイド様に出会う前に別の男性と結婚していた場合を想像してブツブツ言いながら時折魔力が溢れ出ている。


 父親であるバーセル侯爵に頭を叩かれ我に返ったフロイド様はすかさず私の手を取り、今がどれほど幸せな事なのかを語り始めてしまった。これには侯爵も呆れてしまい、続きを促す。待って、フロイド様を何とかして!?



「爆発事件は間違いなくクレプス教が行った事なのか?」


「〝神罰が下される〟クレプス教の常套句だが、だからこそそれを利用した何者かの犯行の可能性もあるのでは?」


「あっ! その事ですがクレプス教で間違いないです」



 フロイド様の愛の言葉を聴きながら陛下とリオネル殿下方の話にも耳を傾けていたらクレプス教の仕業か判断するには早いという感じの話。でもそれは間違いないと思う。



「操られていた男が爆発四散する前ある男の声が響きました」


「だが、魔力残渣が無いのならその男を特定することは出来ない。何もなかったんだろう」



 すかさずリオネル殿下が反論する。確かにあの時までは操っていた人間を辿る事は出来なかった。記憶を読み取る事も同じく不可能。なら、どうしてクレプス教と判断できるのか。



「私も『イェルサの民』です。つまり精霊からは基本的に愛される体質で殿下と同じく近くにいる精霊は例え主従関係を他の人間と結んでいようと協力的になります」


「それは……そうなのか。で、それがどう関係する?」



 操られていた男の魔力はそれ程弱くはないが精霊召喚出来る程ではなかった。だからあの男と主従関係を結んだ精霊はいない。なのに下位の使役獣が本人にも知らないうちに男の影に潜り込んでいたのだ。使役獣から感じ取れる魔力は別の人間のもの。

 隠蔽魔術を何重にも施し徹底的に存在を隠していたその使役獣。



「なんかめっちゃ好かれまして」


『きゅー♪』



 にゅるんと登場したのは件の使役獣。

 白蛇に近いけど所々黒の斑点模様がある子蛇ちゃんは今の今まで私の服の下に隠れていたのだ。



「ぎゃぁぁぁ!! 蛇ぃ!!?」


「うっわ! お前こっち来んな!!」



 リオネル殿下、蛇がお嫌い? 素が出ておりますわよ?

 まだ小さいし円らな瞳なんて可愛いのに……。それにこんなに懐いてる。



「この可愛い子蛇ちゃん、使い魔としての能力はほぼありません。生まれたばかりで色んなものに興味を持っているうちにあの男にくっついて外に出てしまったんです」


『きゅー!』



 にゅるーんと伸びて首に巻き付いて頬ずりしてくる可愛い子。まだら模様で下位の存在であるこの可愛い子は生まれてすぐに召喚されたが契約はされずそのまま放置されてしまったらしい。その内消えると思っていたが何故か消えることなくそのまま留まり興味の赴くままそこらへんを動き回っていたそうだ。


 で、動いているうちに上位の存在が近くにいる事を知る。本能的に挨拶をしなければいけないと思った子蛇ちゃんは上位存在の元に向かった。そこにいたのは同じように白蛇の姿をした上位精霊とその精霊と契約を交わした人間の男。その男は何か命令を下して件の男を送り出したので面白そうだと思った子蛇ちゃんはひっそりついて行ったのだ。隠蔽したのはその上位精霊。知られたら契約した男に力尽きるまで酷使されるのが解っていたから逃がしてくれたようだ。



「この子蛇ちゃんの記憶と隠蔽を施した上位精霊の魔力を辿れば行きついたのはクレプス教会。クラシオン共和国内の中央大教会の一角、隠し扉のその向こう」



 子蛇ちゃんの記憶を辿りどこからやって来たのか見る。頭の中に子蛇ちゃんの見た映像が流れ、意識を集中させると、教会の地下に作られたもう一つの礼拝堂の前に大きな白蛇を巻き付かせ神に祈りを捧げるポーズをとる男の姿。そしてその男に仕える別の男にこう呼ばれたいた。



「〝コールドリッジ司祭〟。クレプス教宣教師であり司祭職にあるエヴァン・コールドリッジ。クレプス聖騎士団第三騎士団団長でもある彼があの男をここに向かわせたのです」


「コールドリッジ!?」


「〝血濡れのエヴァン〟か……!」



 ほう。この男、〝血濡れのエヴァン〟なんて物騒な名前で呼ばれてるのか……。そんな二つ名を持ちながら聖職者とは……世も末だな。



「記憶映像抽出。映し出せ」



 手を振りかざし部屋の白壁に子蛇ちゃんが見た記憶を映し出す。



「「「は!?」」」



 初めてやったが上手くいった。男の顔も声もはっきりわかる。



『シリル王国に現れた魔族に我らが神の鉄槌を! 邪悪なる王国に神罰を与え給え!!』



 恍惚とした表情を浮かべる男はまるで酔っているかのようだ。ちらりと周囲の顔色を窺えば、皆さん青褪めている。特にオールバンス様の顔は苦虫を噛んだかのように歪んでいる。



「……クレプス教司祭、エヴァン・コールドリッジ。奴が動くか」



 陛下の重苦しい声が、静まり返った室内に響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ